六
四と五の他の人目線です。
雪のように白い肌。
陽光に輝く金色の髪。
閉じられた瞼。
陰を落とす睫毛。
すっと伸ばされた背筋に、服の上からでも分かる、緩やかに曲線を描く体躯。
冷徹の騎士と呼ばれ恐れられる、女王直属の女騎士。
中には悪魔や死神と呼ぶものも居ると聞く。
だが、その表現は正しくない。
アルバートはセドリックとシャルルの手合わせを見つめる……その瞳に映しているのはシャルルだけだった。
頬を赤く上気させ、輝かんばかりの大きく開いた眼を向ける。
握り締めたられた手は白くなるほど。
「……天使だ…………」
アルバートの瞳に映っているのは、天使だった。
美しく、残酷。
何の容赦もなく、何の表情も見せず、レイピアを振るう彼女を、天使以外になんと形容すればいい?
「……アフロディーテか?いや、でも、やっぱり彼女は……」
恍惚とした表情でそう呟きながら身体を震わせる。
生まれて初めて見つけた天使。
この世に神はいないと、身をもって知ったあの日、天使や神の存在を否定した。
だが、違った。
ずっと居たのだ。天使は。
見つからなかっただけで。
彼女を見つける為に、これ迄の人生があったのだと思えば、納得出来る。
理不尽だとこの世を憎んだ憎悪の炎も、小さくなった気がする。
「アルバート?」
自分の思考に落ちていたアルバートの意識を引き戻したのは、この国の女王のユリアだった。
「どうかしたの?」
シャルルとは違った、この世のものとは思えない美貌を持つ彼女ではあるが、彼女にはアルバートの心は動かない。
「あ、いえっ!シャルル様も、セドリック様もすごいなっ!と思いまして!!!見蕩れていました!!!」
アルバートの言葉に女王はふっと口角を上げる。
「……えぇ、そうね」
「…おや、こんな所に居られましたか」
二人の会話に割って入ったのは、隣国アクアベールの皇太子ノヴァと、神殿勤めのソレイユだった。
一瞬、アルバートの瞳が鋭くなったことを三人は気づかない。
「……サボりかしら、ソレイユ」
興が削がれたとばかりにアルバートから視線を外した女王が、ソレイユを軽く睨む。
「何をおっしゃいますか女王陛下。私の可愛い子猫が、野蛮な黒騎士と闘っていると聞けば、いてもたってもいられないでしょう?」
悪びれもなくそう言ってみせたソレイユにアルバートは小首をかしげた。
「……子猫?」
その小さな呟きにソレイユが目を細める。
「君ねぇ……一使用人如きが、話しかけられたならまだしも、自分から私たちに話しかけるなんて身の程知らず、大概にしておいた方がいいよ」
「あっ……」
ソレイユの指摘は当然のことだった。
ソレイユもユリアもノヴァも只の貴族ではないのだ。
一国の女王に皇太子、そして王族の血を引くもの。
使用人如きが声を掛ければ、不敬罪にとられることがある。
「然し、給仕係ともなれば多少の言葉も必要でしょう」
助け舟を出したつもりだろうか。
ローズピンクの髪をふわりと風に舞わせながら、ノヴァが言った。
「今は給仕中とは思えませんがね」
「私が、許可するわ。」
皮肉をなおも言うソレイユを女王が遮った。
ソレイユが目を見開く。
「どうせアルバートが私たちの傍にいる時は、口煩い貴族がいない時だもの。アルバート、好きに話していいわよ。」
「えっ?!はっ、え、あ、ありがとうございます!!!」
思ってもみない言葉にアルバートがすぐ様ぺこりと頭を下げた。
ソレイユはそれを見てやれやれと首を振ってから、
「ウィルが怒りますよ……」
と、結界内で審判を務めるウィリアムに目を向けた。
「模擬戦……ですか」
ノヴァが興味深そうに零すとソレイユが笑みを浮かべて答えた。
「えぇ。スピリグレイスの実力者の手合わせですので、退屈はしないと思いますよ」
だが、ノヴァは少し困ったように笑った。
「私の国では、女性が剣を持つこと自体無いので…………少し心配になります。彼女……シャルル様に何かあれば……と」
「ノヴァ様。心配は無用です。貴方の国と私の国は違いますから」
ピシャリとノヴァの思案をきる。
婚約者候補の隣国皇太子にはあまり宜しくない態度ではあるが、ユリアにはそれが許される。
ノヴァ自体そんなことを気にしないということもあるが、スピリグレイスは周辺国の中でも随一。他に追随を許さない国力を持っていた。ほぼ鎖国状態ではあるが、その威光は霞むことがない。
魔法が一因であることは間違いないが、それだけではないことは周知のことであった。
「……あぁ、セディも顔に傷をつけるのは無しだろうに。……あの馬鹿は」
ソレイユが笑顔のままセドリックへの暴言を吐く。
結界内ではセドリックの黒剣がシャルルの頬をとらえ、皮膚を破り赤い血を撒き散らせたところだった。
「今回は、シャルとの一晩がかかってるから、セドリックも必死ね」
「は?女王陛下?今なんておっしゃられました?」
ソレイユが女王の言葉に振り向く。
それを華麗にスルーして女王が笑う。
「セディも無駄なことを……でも、仕方ないのかしらね」
小さな呟きは誰に届くことなく消える。
結界内では決着がついていた。