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「曲者だー!」


そんな叫び声が上がった。

一瞬、部屋の空気がピリついたが、誰も何も発さない。カチャリと陶器が触れ合う音だけがする。

その音に目を向けると、長い銀髪を揺らした少女が小さく顎を上げた。


「気になるなら、見に行ってもいいのよ?シャル」

「……いえ、私の仕事は、女王陛下の護衛ですから」


女王陛下と呼ばれた少女はつまらなそうにティーカップに視線を戻すと、面倒くさそうに呟いた。


「なら命令よ、シャル、曲者を退治してきて」


その言葉に傍らに寄り添っていた女が腰を折り頭を下げる。長い金髪がさらりと流れた。


「御意」

「……紅茶が温いわ、新しいものを入れてちょうだい」


再び女王がティーカップに唇をつけた時、既に金髪の女は消えていた。



「曲者は?」

「シャルル様!!!現在庭の方へ逃走中であります!」


金髪の女が廊下に立つ兵に声を掛けると、兵は女の姿に目を開いて驚き、頬を赤くしながら言葉を返した。


「まてー!」

「女王は何処だ!!!殺してやる!こんな国、俺が終わらせてやる!!!」


最短で広い庭に出た女の目の前に、曲者と言われる男とそれを追いかける兵が現れる。

庭に出ると薔薇の香りが鼻をついた。

だが、香りを楽しむ暇もない。

曲者と言われるだけあって、足は早い。そして、美しく整えられた芝生は無遠慮に踏み潰されていく。

曲者は視界に女を入れると、懐から短剣を出した。


「退け!!!」


カンっと甲高い音が響く。

短剣は、曲者を追いかけていた兵の目の前の芝生に深々と刺さる。


「ひっ!」


引き攣った悲鳴は、曲者と追いかけていた兵の両者から漏れた。


「雇い主は誰。目的は何。5秒数える前に言え」


曲者の首筋にピタリとレイピアをあて、女は淡々と告げる。

曲者は怯えた色を瞳に浮かべながらも、口の端を上げた。

周りには城中の兵が集まってきているというのに、何がおかしいのか。


「言うわけねーだろ。なァ、綺麗なねーちゃん。アンタみたいな奴は、人を殺したことねーだろ?どーせ、この城にいんのは、本当の殺しを知らねー腰抜けばっかだ。そんな奴等に俺がやられると……」


女はふっと息を吐いた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛アっ?!!!」


直後曲者が悲鳴をあげる。

曲者の右腕は芝生に転がり、鮮やかな緑を赤く染めていた。

目にも止まらぬ勢いでレイピアを振り、ついた血を払うと、女は目を細めた。

その姿に、曲者は脂汗を流しながら震える声で叫んだ。


「シャルル·ジルコニー?!!真逆ッ、なんで、こんな所にっっ!!!」

「……雇い主などいない、独りで城に忍び込んだ莫迦で間抜けな鼠か…」


女は曲者の言葉は無視し、そう呟く。

そして、レイピアをおさめると、左手で腰に携えた剣を抜いた。


「シャルル·ジルコニーの名によって、お前を断罪する。女王陛下の命を狙ったお前には死を」


薔薇の香りは何処かへ行ってしまい、血の香りだけが辺りを漂った。


金髪の女……シャルルは、自らが切り離した曲者の首を一瞥すると、剣を片した。


「後片付け、宜しくね。庭師にも謝っておいて」

「は、はい!!!」


固唾を呑んでその場に立っていた城の兵達に声を掛けると、踵を返す。






その頃、女王がお茶を楽しむ城の一室の空気は再び凍っていた。

ある者は呆れ顔に溜息を、ある者は額に青筋を浮かべ、ある者はニコニコと笑い、ある者は不思議そうに首をかしげている。


原因はこの不思議そうに首をかしげている青年。

燃えるような赤い髪に澄んだ茶色の瞳を持つその男は、アルバート·アンダインといった。最近になり城に勤め始め、シェフ見習いでありながら、入れるお茶が美味しいと専ら女王の給仕係に徹している彼だが、如何せん頭は少し弱い。

ついでに物覚えも悪い。そして、世間知らず。

人当たりがよく明るい性格であるが為、周りが甘やかしてきたせいもあるのだろう、アルバートは女王に紅茶を出しながら笑顔で聞いてみせた。


「あの金髪の女性は何者なんですか?」


本来ならば、一介の使用人が女王に話しかけること自体が不敬である。

空気が凍りついたのも、仕方がない。


女王は湯気のたつティーカップに口をつけてから、黄金に紫の溶けた色の瞳でアルバートを見つめると、小さく溜息をついた。


「ウィリアム、アルバートに説明を。私と、シャルと……この場にいる者全員分」

「よろしいのですか?」

「えぇ、偶にはこんなことあってもいいでしょう」

「そうですか」


ウィリアムと呼ばれた亜麻色の髪の青年は、女王にすっと頭を下げるとアルバートに向き直った。


「些か、勉強不足のようですね。今回は特別に私がお教えしますが、今後このような事がないように。」

「はいっ!」


嬉しそうに声を上げ笑ったアルバートに呆れ顔を向けながら、ウィリアムは説明を始めた。


「先ず、我らの主であり魔法と自然に愛されたこのスピリグレイス国の女王、ユリア·エーテル·キャンドリア。四歳の頃に王の座につかれました。陛下の銀髪は、この国の王族である証でもあります。」

「流石に俺も知ってますよ!」


その言葉に常にニコニコと笑みを浮かべていた長い白髪の青年が声を上げた。


「知らなかったら、今ここで斬り捨てられていたよ。ねぇ?セディ?」

「……女王陛下のティータイムを、血で汚す程、無粋ではないつもりですが」

「そう?じゃあ、その殺気はしまっておいてよ。お茶が不味くなる」


女王と茶の席についているのは二人。

長い白髪の青年と、静かに紅茶を飲み続けるローズピンクの髪に焦げ茶の瞳を持つ青年。


その場に他には、白髪の青年にセディと呼ばれた黒髪に黒い瞳の精悍な顔つきをした騎士と亜麻色の髪にオッドアイのウィリアム、そして給仕のアルバートがいた。


「女王陛下のお隣に座られますのが、隣国アクアベールの皇太子である……」

「ノヴァ·アクアスタリス、君の入れるお茶は美味しいね、いつもありがとう」


ローズピンクの青年改め、ノヴァがウィリアムの言葉を引き継ぎ微笑んだ。その姿に空気が少し和む。


「次は私だね。ソレイユ·サン·キャンデル。神殿の守り人をしているよ。男でしかも使用人と仲良くする気は無いけれど、どうぞよろしく〜」


ウィリアムが口を開く前に白髪の青年、ソレイユが言った。あたりは優しいが、壁を感じさせる言葉である。アルバートが困ったように眉を下げると、ウィリアムがこほんと咳払いをして付け加えた。


「ソレイユ様は女王陛下と唯一血縁の残ったキャンデル家の嫡男で在られます。神殿で国中の魔力の管理をなされています。」

「魔力……へぇえ………」

「我が国には魔法は有りませんから、分からないことばかりですよ」


スピリグレイスには魔法というものがある。人によって使える魔法も、能力の差もあるが、大半の民が何かしらの魔力を持つ。

これはアクアベールのみならず、周辺国には無いものだった。


「おや…、アルバートはこの国の出身だったはずですが……」

「莫迦ですみません!」


ウィリアムが言外に「国の者なら当然の知識」と匂わせるとアルバートはぺこりと頭を下げた。


「それでそこに立っている仏頂面の、黒髪黒瞳のでかいのが騎士団団長のセドリック·ディース·ウェリア。侯爵家嫡男だっていうのに、恋人のひとりもいない寂しい奴だよ」

「神聖なる身であるくせに、女性を侍らせているアンタに言われたくはありませんが」


仲がいいのか悪いのか分からない二人である。

それを無視してウィリアムがアルバートに向き直った。


「私は女王陛下付き第一執事のウィリアム·ウェル·リデル。この城の雑務は全て私が担っております。何か問題があれば、すぐ報告するように。」

「はーい」

「返事は短く」

「はい!」

「ちょっとちょっと、可愛くて逞しい私の騎士は?」


ほぼ話が終わったかと思われた所でソレイユが不満そうに口を挟む。


「私の、じゃないでしょう。シャルは女王陛下の騎士です」


すかさずセドリックがそう加える。

その時、それまで沈黙を守っていた女王のユリアが、小さいながらもハッキリとした声を発した。


「シャルル·ジルコニー。私の騎士よ。私に害を成すものは容赦なく殺す。私が命じれば誰でも殺す。この国一番の女騎士。私が幼い頃から、私に仕えているの」

「それは、とんでもない方ですね!」

「シャルへの侮辱は私への侮辱ととるから、覚えておいて」


そこでユリアは初めて笑みを見せた。

儚い見た目に反し、ゾッとするような笑みに再び沈黙がおりる。


「女王陛下、そろそろ部屋に戻りましょう。お体に触ります」


鈴のなるような声だった。

ふわりと風邪がしたかと思うとアルバートの隣にシャルルが立っていた。淡い金髪がアルバートの目の前で揺れる。


「それじゃあ、私達もお暇しようかな」

「ユリア様、美味しいお茶をご馳走様でした。」


ユリアが立ち上がりシャルルの手をとると、ソレイユとノヴァも立ち上がり一礼した。





「綺麗な人なのに、凄いんですね〜!シャルルさん!」


残されたアルバートは隣に立つウィリアムにそう言った。するとウィリアムは静かにアルバートを睨みつけると、冷たく言い放った。


「シャルルに余りに関わらないように」






「女王陛下、お茶でも入れましょうか?」


ユリアを自室まで連れていき、ソファに座らせる。

シャルルの言葉にユリアは「要らないわ」と答えるとシャルルに座るよう促した。もちろん、シャルルは座らない。主である女王と共に席を共にするなど、言語道断であった。


「シャル、アルバートを呼んで頂戴。二人分のお茶を入れさせて」

「先程の給仕係ですか?」

「そうよ、私はシャルとお茶が飲みたいの。命令よ」


命令と言われれば、シャルルは拒否できない。内心では不満を抱えながらも、アルバートを呼び寄せる為部屋から出る。


その時、頭に激痛が走った。


『もう少しあの場に居たかったわ。シャルは少し過保護なのよ』


「……えっ」


『貴方が先に私を裏切ったのよ』


脳裏に敬愛する女王陛下の姿が映る。だが、こんな姿は見たことがない。


「……っ?」


広い廊下の壁に背をあずけ、座り込む。

騎士として有るまじき醜態だが、頭の痛みは収まらない。


「……シャルル様っ?どうかしたんですか?」


先程の給仕係の声が聞こえる。

アルバートと女王陛下に名を覚えられた幸運な給仕係。


(女王陛下に害を成すものかどうか、確認しないといけないのに)


そう思うものの、身体中が熱く、指も動かすことが出来ない。それなのに、脳裏には記憶にない映像が流れ続ける。



『シャルル様、俺、分かってはいるんですよ。でも、それでも恋焦がれてしまうんです』



「誰か!誰か来てください!!!」



アルバートの叫び声を聞きながら、シャルルは目を見開いた。


(私は、シャルルじゃない。……何で?じゃあ、真逆……この世界は……っ)


そこで聞き慣れた一言が脳内に響いた。


『哀恋グレイス〜誓いを貴女に〜』


間違えることなどない。

自分が好きだった乙女ゲーム。



(私は、シャルル·ジルコニーだけど、シャルル·ジルコニーじゃない……え、これが言わゆる乙女ゲー転生?)



国一と言われ、冷徹の女騎士と呼ばれるようになったシャルル·ジルコニー。

十数年目の人生で、転生者であることが発覚しました。

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