本編
主人公の語り口調です。
令嬢なのに令嬢言葉を使っていないと疑問に思う方もいるかもしれませんが、心の中だからと言うことで納得していただければ幸いです。
読みにくい方もいるとは思いますが、御了承ください。
私の両親は政略結婚だ。
お互いの家が価値ある取引をするために結婚と言う契約を交わした。
母は夫となった父を愛そうと努力した。
けれど父はそんな母を愛そうとはせず愛人を囲った。
そして父は愛人の生んだ息子を跡取りにすると言い出した。
母との間に出来た私と言う一人娘に継がせずに。
そんな父に母は疲れたのだろう。
そしてその母を慰めたのがこの国の王だった。
国王は一人息子が誕生すると同時に妻を失った。
出産とは命がけなのだ。
それから国王は後妻を迎えていなかったが、母を慰めているときに愛情がわいてしまったようだ。
臣下の妻を求めるのは国王としてしてはならないと諌めていたようだが、父が愛人の生んだ息子だけでなく愛人一家を家に連れてきたことによって、母が離婚考えるようになり枷が壊れた。
国王は母に気持ちを伝えて離縁した後、後妻に入ってほしいと願った。
苦労させるだろうが自分と乗り越えてほしいと、母の行き場の失った愛を自分に向けてほしいと、そう願ったらしい。
母は悩んで悩んで、決断した。
実家に離縁することを相談し、国王から後妻を申し込まれていることも包み隠さずに話した。
実家も愛人のことは思うところがあったようで、離縁が成立した。
そして離縁から1年後、母は国王の後妻になった。
私は母と父から生まれた一人娘。
今年10歳になった。
普通は離婚後は父に引き取られるのだろうが、父の愛人には息子と娘がいたため、私は不要だと母に引き取られることになった。
父から愛を感じたことはなく、母からは愛されているのを知っていたし、父のための政略の駒として使われるくらいならと私は不満はなかった。
ただ母が後妻になるときに、私も連れ子として王宮に向かおうと言い出すまでは。
一介の貴族だった娘が、自分が嫁ぐわけでもないのに王族になれと言われて喜べるはずがなかった。
正確には王族ではないけれど、それに準ずる扱いになるのは目に見えている。
そしてそれ相応の扱いがあるのならば、責任も生まれる。
王族とは国のため、民のために誰よりも率先して身を犠牲にしなければならない立場である。
勿論貴族もそうであるのだが、王族は比ではないくらいに身を捧げる。
何事にも自由はなく、誰よりも有能でなくてはいけない。
昔愚王がいたせいで、身分ある無能は害悪であると歴史を学ぶときに身分あるものは言い聞かされる。
国の頂点たる王族は特に言われるのだろう。
己が血には愚王の血があるのだから、己を諌め、そうならぬように努力しようと。
私に愚王直系の血筋はなくとも、周りからは他の王族のような努力を求められるだろう。
王族として完璧であれと。
そして私はそれに耐えられるのだろうか。
今までだって家庭教師に色々教えてもらってきた。
悪くはないが良くもない、それが家庭教師からの私への評価。
別に努力しなかったわけではない。
家の名を落とさぬために出来る限りの事はしてきたと思う。
けれどこれから求められる努力は、それこそ死に物狂いになるだろう。
今まで出来なかった事を出来るようになるために、汗と涙を流し、寝る時間も消費して、己の何かを削ってまで努力する。
周りから何を言われても負けない強さも必要だ。
そこまでしてなる王族とは、そんなに意味があるだろうか?
私に根性がないとは言わないが、生まれが王族だから、自分の結婚相手が王族だからなど、何かしらの理由があれば心構えとしても違うだろう。
けれど母が再婚したから、と言う自分はおまけの存在だと思ってしまうと、どうしても原動力に欠ける。
かといってこのまま母の実家にいることは出来ない。
母の兄が爵位をついでいて跡取りはいるのに、出戻った妹の娘たる私は迷惑でしかないだろう。
義理とはいえ王の娘になる私の扱いに困るだろうし、伯父にも子供がいるため私を特別扱いするのは家族関係にもよろしくない。
私は伯父の家族をどうにかしたいわけではないのだ。
そうなると母の実家も出ていくことになる。
他の案として養子縁組だけれど、王族になることを逃げる私が養子縁組で貴族令嬢を続けようとすれば、周りからの目は厳しくなるだろう。
であれば、貴族令嬢として暮らしていくことは出来ないだろう。
王族になるか平民になるか、究極の選択だ。
私はそのどちらかになった場合の損益で決めることにした。
王族になった場合
利益
・生活に不自由しない
お金に困らず、使用人が世話をしてくれる
・お洒落が出来る
ドレスやアクセサリーなど、必要経費扱いになる
・周りが敬意を払う
王族に準ずる扱いを受ける
★死亡率
自分が有能で、尚且つ国に仇なさないと認められたときのみ確率が低くなる
損害
・何をするにも自由はない
その日すること事から何から決められた日々を過ごす
・将来が確定
高位貴族か他国との政略の駒
・王族としての義務
マナーや勉強、人柄、全てに有能でなくてはならない
・周囲からの威圧
完璧を求められ、出来なければ落胆される
★死亡率
自分が無能な場合と、国や王子に損害が及ぶと思われたときに病死する確率が上がる(暗殺や服毒)
平民になった場合
利益
・結婚、職業の自由
政略などないし、税を払う以外に義務がないから好きにいきられる
・友達が出来る
派閥など気にせず平民なら誰とでも仲良くなってよい
・勉強
平民としては高度な今まで勉強していたことが役立つ(職業選択の幅が広がる)
★死亡率
護衛がいないため、通り魔やならず者から身を守るのは己次第
損害
・平民の常識的
平民の暮らしを知らない
・今までのように暮らせない
お金がなく、使用人もいない
・お洒落が出来ない
自分で稼ぎそこから捻出するしかない
・身分あるものへの対応
貴族の前では足を折り、敬意を払わなければならない
★死亡率
護衛がいないため、通り魔やならず者から身を守るのは己次第
多分もっとあるだろう。
けれど今の私に思い浮かぶのはこのくらい。
どちらも一長一短。
利益に関してはどちらも魅力的である。
ならば、損害がいかに我慢出来るかが決め手になるだろう。
それから私は悩んだ。
猶予は母が再婚するまで。
いや、準備や心構えを考えれば半年が良いところか。
一月もする頃にはどちらの方が魅力的か大体決まってきた。
私は平民として生きていこうと考えた。
ただ、ここからが一番の悩み時。
損害をいかに損害にせずに済むか。
どう立ち回り、どう交渉するかに掛かってくる。
このまま放り出されれば、私は1週間もしないうちに野垂れ死ぬか、強姦や通り魔などならず者の手に落ちるだろう。
そうならないために、平民の常識と暮らしを学び、一人で生きていけるだけの力を手に入れなければならない。
先ずは知識として知ることから。
母の実家にある図書室で役立ちそうな本を探すことと、メイドや使用人に然り気無く雑談で聞き出すこと。
そして解ったことは、今までの暮らしが一変するということ。
平民は自分の事は自分で行うのが当たり前であり、家事など多岐にわたってすることがある。
それも働きながらだと言うのだから、大変である。
こちらを選択したのは間違いだったかと考え直そうかとも思ったが、王族になったときに生じる損害を考えればまだ良いだろうとこのままにした。
次に行うのはならず者から身を守るための護身術。
ただ母は私を王宮に連れていこうと考えているので、まだ平民なることを悟らせないようにしなければならない。
言い訳としては、守られる側の心構えを教えてもらうと共に、万が一に身を守るための護身術を習うと言うもの。
貴族令嬢のときはそこまで考えていなかったが、王族であれば普通より危険なときが増えるだろうからと説得。
そして母の実家で護衛をしているものから習うことになった。
それと同時に歌を習わされた。
貴族令嬢とは腹から声を出すと言うことを普段しないため、咄嗟に叫ぶことが出来ないことがあるそうだ。
それに王族になるのであれば腹から声を出すことによって、通る声が出せて良いのではないかという事であった。
歌を初めてわかったことは、今までの自分はどれだけ力ない声を出していたのだということ。
腹から声を出すと言うことがこんなに難しく、そして聞き取りやすい言葉を話せるようになるのだと解った。
これで下地が出来た。
ここまで予定通り半年で出来たのは行幸だろう。
そして残り半年で母を説得し、義理の父になる国王へ協力を願う。
母の説得には一ヶ月掛かった。
いや、まだ説得しきれてはいないが、義父になる国王を説得出来たならばと仮の許可が降りた。
そして母と国王の逢瀬の日にお邪魔することになった。
申し訳なかったが、私の今後のためであると割りきることにした。
意外にも国王は頭ごなしに反対するのではなく、私の話をよく聞き、一緒に悩んでくれた。
国王とて王族の義務が嫌になったことはあるという。
それを義理とはいえ娘になるからと強制したくはないのだと。
平民にならずとも良いのではと色々提案もあったが、結婚は年齢的に出来ず、見習いメイドとして働くには母が後妻とはいえ后になることから扱いに困るだろう、母の実家はいればいいと言ってくれたがやっぱり扱いに困るだろうし、と私が却下させてもらった。
国王もそれを否定出来ず、悩んでいた。
そこで私は改め考えていたお願いをした。
まず、まだ義父になってもいないのに厚かましい事を願うが申し訳ないと謝った。
母の実家に頼んでもよいが、義父になる国王になんの相談もなく決めてしまうのは気が引けたため、願うことにしたと話す。
平民になるにあたり、成人まで住む場所と通いでもいいので手伝いの者を用意してほしいこと。
それまでにお金の稼ぎ方や家事など生活するのに必用そうなことを手伝いの者に教えてもらいたいこと。
一人で生きていけるだけの力がついたら、その後一切迷惑をかけないこと。
母はここまで私が考えていると思っていなかったのだろう。
泣きながら止めてきた。
国王は母を泣かせたくないのか止めたいと目が言っている。
けれどやはり無理に止めることをしなかった。
私の意思が強いことがわかったのだろう。
国王は母を宥め、双方納得いく条件を決めることで決定した。
母も私を苦しめたいわけではないだろう?と言った国王の言葉が決め手だった。
条件は後日決めることになった。
私は会瀬の邪魔をしたことを詫びて、一人先に帰った。
後日、王が出した条件は私には破格としか言いようがなかった。
まず住む場所。
国王の乳母だった人が夫婦で隠居したいと言っていたので、今までの恩返しを兼ねて王都に土地を用意した。
そこで長期滞在者用の宿を開かせるので、そこに住むこと。
乳母の旦那様が料理人なので宿での食事も問題ないだろうし、暇なときであれば教わることも可能だろうと。
平民の常識や町での歩き方など乳母が世話をするし、掃除洗濯なども完璧だと。
国王の乳母が平民の常識を知ってるのかと思ったが、乳母は貧乏な下級貴族出で、王宮に下働きで入ったが要領が良かったために皇太后様付きの侍女にまでなったのだとか。
そのため、元は平民のような暮らしをしていた事から平民の常識はあるし、下働き時代に掃除洗濯なども経験し、今回の条件にはピッタリなのだと。
旦那様も平民から王宮に仕えられるまでの料理技術でのし上がったタイプらしく、隠居生活は宿屋をやりたかったとこの話に乗り気らしい。
そして宿代は国王持ちにするので、結婚するまでは成人していようが住んでほしいと言うことだった。
これは私が家を借りて一人暮らしだと、母が心配するだろうからの処置だと。
私に都合が良すぎて逆に疑いたくなる。
けれど紹介された乳母夫妻は、穏やかな老夫婦と言う感じで、私の事も孫のように可愛がってくれる。
この二人とならいい関係を気づけそうだと、国王の計らいに感謝した。
次に成人するまでは生活費を出してくれるとのこと。
すぐに仕事はせず、平民の学校で良いので子供らしいことをしてほしいらしい。
ただ、基本の生活費は乳母に渡すので必用なものは乳母と買いに行ったりその都度もらうこと。
これから平民になるならと贅沢は出来ないくらいのお小遣い程度は渡す。
まぁ、祖父母と暮らしていると言う感じだと思えばいいと言われた。
それから、乳母の息子が冒険者をしているから護衛として宿に暮らさせる。
元は国王の側近候補だったが、昔冒険者を遊びでしていたときに性にあったらしく、そのまま平民暮らしを満喫してる私の先輩だと。
ずっと付きっきりではなく、慣れるまで町に出掛けるときや、宿の守りのための護衛なのであまり気にしなくていいとのこと。
月に一度、家族団欒の日を設けること。
王宮に来てもらうことになるが、成人までは出来たら成長する過程が見たいのだと。
私は迷惑をかけないと言ったが、家族になるのだから迷惑をかけてほしい。
この話だって、母の実家に頼らず国王を義父として頼ってくれたのが嬉しかったらしい。
国王は笑顔でそう言ってくれた。
男親と言うものは実父しか知らなかったので、こんな良くしてもらって良いのかと申し訳なった。
けど、後日紹介された義理の兄である王太子殿下に相談したら、家族を愛してる父親は普通それくらいするらしい。
なんならもっと凄いのもいるとか。
国王は息子にしか恵まれなかったから、私と言う娘が出来て甘やかしたいと言うのもあるのだろうと言われた。
こんな何とも破格過ぎる条件で私は平民になることが決まった。