他人のふり
二つ目の店に着いた。服屋と英語で書いてある。
車を置いて、二人で店に入った。
「左奥が婦人用、その手前が紳士用。右奥が子供用、その手前がレジでさらに手前が下着類。この入り口近くは男女兼用だったはずだな」
「ずいぶん詳しいんですね」
「ここの他にはほとんど行かねえからな」
「常連ですか」
「そんな店ばっかだよ」
「ほえぇ」
近くの棚に目を向けてみると、ジーンズをはじめとしたズボンがあり、壁側にはシャツが並んでいる。
「仁さん、ここは流行とか季節とかはないんですか?」
「季節はねえな、年中こんな気温でこんな天気だ。流行は知らねえ。新しい服とかはそれなりに流行るんじゃねえの?」
「やっぱり、流行とかどうでもいいタイプです?」
「めんどくせぇし」
とても仁らしい。どこか和んで、一紀はふふっと微笑んだ。
「そろそろ買い物はじめますね」
「ああ。とりあえず、サイズから探さねえと」
「あっ、あのシャツ使いやすそう」
「聞いてんのか、オイ」
仁を無視して、一紀は棚の方へと走り寄った。水色と黄緑のシャツを手にとって、いろいろと見比べる。
「うーん、何色がいいかな……仁さん、どっちがいいと思います?」
「あ? どっちも変わんねえだろ」
素っ気なく答えた仁は、どこかバツの悪い表情を浮かべていた。
気に障ることだっただろうか。
「っ……マジかよ」
「え?」
一紀から目を逸らした先で、仁は何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔をしている。
「ど、どうしたんですか?」
「あ、いや」
何があるんだ、一体。一紀の開いた口が塞がらない。
「いいか。俺が次に『おい』と話しかけるまで、俺とは全くの他人だという振りをしてくれ。いいな」
「あの?」
「いいな?」
「は、はい!」
「ああ、服は三日分以上あるといいぞ」
「分かりました……」
本当に何事だろう。
仁は全身に「めんどくせえ」オーラを纏いながら、どこかに歩いて行った。すると、少ししてから大きな声が聞こえた。
「ジーン! えー、奇遇だなぁ! 買い物?」
「服屋ですよ、ここは。ジン様もいらっしゃるでしょう」
「あ、そっか」
「おまえら、ここに何の用だよ。こんなとこで服買うようなお家柄じゃねえだろうが」
「またまた~、ジーンはほんと冷たいなあ」
「うるせぇ」
どうやら、知り合いと鉢合わせていたらしい。あまり仲が良さそうには見えないが。
様子が気になって、チラリと棚の端から声のする方を覗く。
見つけた仁の周りには、二人の男性がいた。
一人は金髪のチャラそうな人だ。黄色が好きなのか、手袋も黄色を着用している。
もう一人は紺色の髪をした、燕尾服の男だ。執事ではないかと思われる。ということは、金持ちか何かだろうか。
というか……一紀にはもっと気になることがあった。
彼らはどう見ても「外国人」なのだ。だが、言葉は一紀も理解できている。
「おや?」
「っ……」
危なかった。執事がこっちを突然に振り返ったのだ。
「びっくりした……」
今は何事もなかったんだ、と自分に言い聞かせ、一紀はコーナーを移動する。
しばらくの間は心臓がバクバクとしていた。