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Flow Light フローライト ~扉の向こうの物騒な世界~  作者: 久河央理
第2話 bitter determination ~苦難の決断~
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全部、水分。


 朝食を終えた余韻の後、一紀は景の片付けを手伝おうとした。

 机に残った食器を下げると、景に困った顔をされる。

「いいよ。難しいことじゃないし、シンクも広くない。それより、早く出かけてきたら? ねえ、仁」

「んー、そうだな」

 仁はグッと背筋を伸ばす。なんだか面倒くさそうだ。

「あぁ、食料買ってきてね? ほとんど使っちゃったから」

「あいよ。行くか、一紀」

「あ、はい!」

 仁に続いて事務所を出ようとしたところで、一紀は思う。

 何を買い揃えればいいのだろう? そもそも、どこに住むのか?

「自分には何が必要なんでしょうか?」

「ん? ああ、服と布団くらいだな」

「ああ……」

 どこまで質問しようか悩んだまま、一紀は納得のいかないような顔をする。その表情を見て、仁は頭を掻いた後にこう提案をした。

「寝床が気になんなら、見て行くか?」

「いいんですか?」

「問題ねえよ。片付けておいたからな」

 ほら来い、と鍵を振り回す仁は事務所を出て、そのまま階段を上がって行く。


 思っていた以上に近い場所だった。

「ここだ。四階が俺たちの部屋になってる。こっちではちゃんと靴脱げよ……って、生粋の日本人に言うのもおかしいか」

「あはは……ええ、ご心配なく」

「ほら、入れ」

「お邪魔しまーす」

「おめぇも住むんだっての」

「はっ」

「フッ、ハハハ……」

 仁は笑いを堪えて、いや堪えられていないが、とにかく壁の方を向いてしまった。

 どうしようもなくなった一紀は、とりあえず中に入ることにする。


「広っ」

 玄関から広かった。

 それもそうだろう。三階の事務所と同じ面積の部屋だ。

 靴を脱いで上がり、ドアを開けてみるともちろん広々とした空間――本当に生活空間なのか、ここは。ソファも机もないじゃないか。

 唯一あるのは、キッチン横のカウンターとバーチェア二脚くらいだ。モデルハウスを見に来た気分になる。

「おい、何か変なモンでもあるか?」

 仁が遅れて部屋に入ってきた。何事もなかったような顔をしている。

 いや、きっと何事もなかったのだ……笑いを引き起こした元である一紀はそういうことにした。

「いえ、逆です。物が少ないなって」

「あー、そうだな。ほとんど事務所で過ごしちまってるから、ここに物が必要ねぇっていうか」

「もしかして、毎日の食事は事務所で……?」

「いや、ここでも食うぜ? たまにだが」

 たまに、だった。

「ついでだから、いろいろ教えといてやるよ。まず見て分かると思うが、入って右にあるのはキッチンだ。そういえば事務所と配置が逆だな」

「冷蔵庫の中は」

「んあ? 昨夜の時点では、酒、茶、水、牛乳……」


 全部、水分。


 彼らはたまにどころではなく、ほとんどここを使っていないらしい。寝に帰っているだけだろう。

「次いくぞ。左っ側は便所や風呂がある。詳しいことは後でいいな。よし、次だ」

 彼は手短に済ませるぞといった速さで話しているが、正直なところ時間のかかる部屋ではない。

「玄関抜けて正面、ここは各部屋だな。右から景、おまえ、俺」

「真ん中ですか」

「真ん中ですよ」

「っ? っ?」

 突然の敬語に一紀は固まった。「似合わない」を通り越して、もはや「恐ろしい」。

「……悪い。まあ、入れ」

 言葉が出ないまま、言われた通りに部屋へと入る。

 置いてあるのは、ベッドとタンスのみの洋室だ。

「ここを使っていいんですか?」

「ああ。綺麗になってるだろ?」

「ありがとうございます」

「分かったか?」

「はい! 行きましょう、買い物」

「おう」


 事務所の前を通り、階段を降りていく。

 仁が通りかかる頃に、ちょうど景が出てきた。互いの持った鍵を交換して、何か言葉を交わしている。

「探偵か……」

 真っ直ぐな仁、掴み所のない景――探偵としては、いいコンビだ。

「あ、いってらっしゃい?」

 景がニコッと微笑んでくる。一紀は下から引きつった笑いで返した。降りてくる仁がギョッとした顔をする。

「ひっでぇ顔だぞ」

「き、気のせいでしょう」

「ふーん、行くぞ」

 階段を降りると、隣の土地に向かった。そこは、駐車場になっているようだ。

「車ですか」

「そうだ。距離もあるし、量もある。乗れ、置いてくぞ」

 景から受け取っていた鍵は、車のものだったらしい。

 仁がエンジンを付けたシルバーの車に乗り込む。アニメで見たような古い仕様の車だ。

「古い型の車っぽいですね」

「さあな。この町自体、一紀にとっては昔のようだろ」

「まあ、否定はしないです」

「4年はでけぇよ本当に」

「はい」

「折りたたむ携帯電話とやらができたと思ったら、なんだ、こう、直接画面に触れて操作するやつになってるしよ」

「ああ、一気にガラケーからスマホになりましたね」

「ガラケー?」

「折りたたむやつをそう言うんですよ」

「ほーう」

 仁は唐突に車を発進させた。一紀は慌ててシートベルトを着ける。その文化もないようであった。タイムスリップしたようで、本当に慣れない世界である。


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