立ち位置とお礼
雨の降りそうなほど暗い曇り空の下、二人は階段を降りる。
「いらっしゃいませ……あら」
店に入ると、エプロン姿の女性がカウンター越しに出迎えた。彼女は焦げ茶色の真っ直ぐな髪を、オレンジのリボンで一つに束ねている。
「いらっしゃい。あなた、八神一紀さんよね?」
「あ、はい! 八神一紀です。探偵事務所でお手伝いをすることになりました」
「そう……立ち位置、決まったのね」
「立ち位置ですか?」
「ええ。この間、景が『さあ、ただの来訪者だよ』とか言ってたから」
仁が小さく「やっぱそうかよ」と溜息混じりに言った。一紀はとりあえず笑っておく。
「あ、私も紹介しないとね? 成田ゆかりです。よろしく!」
「よろしくお願いします、ゆかりさん」
「一紀って呼んでも?」
「はい! 是非、そう呼んでください」
「やったぁ」
ゆかりは無邪気に笑った。包容力のある、優しそうな人だ。
「それで、お昼よね? 買っていくの?」
「ああ、買っていく」
「分かったわ」
ゆかりが一足先に店の奥へと戻る。二人もショーケースの前に向かった。
ここは、持ち帰りも店内での食事もできるらしい。随分と広いようだが、何を売っているのだろうか。
「あっ!」
ショーケースを覗いた時、一紀はつい声をあげた。
中にあったのは、おにぎりだ。この世界に踏み込んだあの日――仁が持ってきてくれたのは、きっとこの店のものだ。
「美味しかったです、おにぎり! なんか、とても安心する味で……あ、あと、この間のケーキも美味しかったです! 苦かったけど」
「あはは、やっぱり苦かったかぁ」
「俺は美味いと思ったぞ」
「仁はそう言うだろうって、景が言ってたよ」
「あいつ……」
一紀はまた笑いながら、ショーケースの中を覗く。そこには七種類のおにぎりがあった。おかか、鮭、焼きたらこ、明太子、昆布、ツナ、日替わり肉だ。どれも美味しそうである。
「今日の日替わり肉は、豚肉の生姜焼きよ」
本当に美味しそうである。
「俺は、日替わり肉と昆布と明太子で頼む。景は……焼きたらこ、と鮭でいいだろ。一紀は?」
仁はまたしても急かしてくる。
「えっと、日替わり肉とツナで」
「はいはーい」
ゆかりがパパッとおにぎりを包む。それを受け取って、一紀は驚いた。
あれ? すごい混んでる。
ランチタイムの始まりであった。