初めての電話番
3
翌朝、事務所で仁のシンプルな和食を食べ終えた後、大掃除を始めた。デスクを移動するためだ。
仁の左隣にあった景のデスクをパーテーションの奥に移動し、埋もれていたデスクを一紀のものとして仁の隣に移動させる。
「仁ー、この資料どうする? 古いから捨てちゃっていい?」
「いや、段ボールにまとめとけ。何があるかわかんねえし」
「はいはい、警察みたいな溜め方だね」
「よく知らねえで言うな」
一紀はデスクを綺麗に拭き、仁は電話線を繋ぎ、景は奥で資料の整理をする。
「よし、これで平気だろ。確認できりゃいいんだが……」
まぁ無理だな、と続けて、仁も自分のデスク上を片付け始めた。
一紀も作業を続けていると、黒電話がジリリリッと鳴り始めた。想像以上に高い音だ。いや、感動している場合ではなく、出なければ。
「は、はい! もしもし?」
『ん、探偵事務所であっているだろうか?』
「はい、そうです。自分は新人で」
『そうか、なら良かった。シキザキに用があるのだが、彼は空いていないか?』
「景さんですか、景さんは……」
――俺は電話出ないから、どんなときでもね。
ふと、彼の言葉を思い出す。どういう意味が含まれているのか、一紀には全く分からなかったが、とりあえず出ないらしい。
ちょうど今、現在進行形で出られない状況だ。嘘ではない、大丈夫だ。
「景さんは今、手が離せなくて……自分が伝言を預かります」
『君が……分かった。では「十五時に来い」と伝えてくれ』
「分かりました」
『よろしく頼む』
ガチャッと電話機を置いた。
一安心しながら一紀が事務所を見渡すと、仁も景も自分を見ていることに気づいた。
「えっと、繋がりましたよ」
「ああ……」
仁は困ったように目を逸らした。状況を分かっていない一紀に、景が溜息交じりで問いかける。
「それはよかったけど、誰から?」
「あっ……」
聞き忘れた事実に気づき、絶望する。
なぜ、基本が抜けてしまったのか……。
「そんなに落ち込むな。問題はねえんだろ、景。一紀、相手の特徴は?」
「は、はい。えっと、女性です。凜としてて、ハキハキと話されていました」
「ああ、彼女かな。伝言は?」
「十五時に来い、と」
「了解」
返事をすると、景はまた奥に戻っていこうとする。
「あの、景さん」
「なに?」
「すいませんでした。この場所も取っちゃって」
一紀はどうしても申し訳なさが抜けずに、少し遡った謝罪もしてしまった。
これは笑われるのでは……と心配したが、景は予想とは違った笑顔を向けた。
「いいよ、俺あんまりデスク使わないし。閉じたところとか、結構落ち着かない?」
まさに、気持ちのいい笑顔だった。
「あいつ、上手く逃げただけだな」
「どういうことです?」
「目立たねえところ行ったら、何しててもいいもんな」
「……そういうことですか」
いわゆるマジトーンで一紀が返す。すると、
「そういうことじゃないよ」
わざとらしい声が、パーテーションの奥から聞こえてきた。
思わず笑いをこぼした二人であるが、すぐに仁が切り替えてホワイトボードを取り出してくる。
「なあ、町ンことをもっと教えようと思うが、昨日のことは飲み込めたか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。じゃあ話すぞ」
ペンを持ったところで、景が覗いて呼びかける。
「仁、その前に昼食にしない?」
「ああ、そうだな。そうするか」
「そうですね。仁さんの語り、長そうですし」
「おい。おまえなあ……あ、そうだ。一紀、行くぞ」
「どこにですか?」
「下だ。昼飯を買いにな」
颯爽と出て行く仁を追いかけ、一紀も事務所を出る。景は何も言わずに、キッチンへと向かった。