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Flow Light フローライト ~扉の向こうの物騒な世界~  作者: 久河央理
第2話 bitter determination ~苦難の決断~
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一紀の決意


 全ての荷物を片付け、事務所で紅茶を入れて話の場を整える。

「で? 何を考えてるの?」

 一紀の正面に腰掛けた景が、足と腕を組んで訊ねた。先ほどより、少しは穏やかになっている。

「自分に、事務所を手伝わせてください」

「なるほど」

 景は表情を変えなかった。何の感情も出されないことが、とてもピリピリとした空気を作る。

「俺は反対だよ。君に何ができると?」

「電話係はどうかと……」

「仁か」

 デスクに座っている仁もまた表情を変えないで、景の背中に言葉を返した。

「電話を取ったり、スケジュールを管理してもらえば、少しでも楽になるだろ?」

「景さん、お願いします。何もしないのは、自分が落ち着かないんです」

 必死に頭を下げてくる一紀に、猛反対するのは何か違う気がしてくる。景は組んでいた腕をほどいて、膝の上に置いた。

「ただ掃除するとか、それじゃダメなんだね?」

「はい」

「なんでわざわざ、俺たちと必要以上に関わろうとするの?」

「これも必要なことだと思います」

 景は諦めた。そもそも、仁はこのことを認めているのだ。それに、自分は探偵事務所の中心というわけではない。

「まぁ、好きにすればいいんじゃない?」

 パァッと一紀の表情が晴れた。快晴だ。分かりやすいにも程がある。

「ありがとうございます」

「あ、俺は電話出ないから。どんなときでもね。すべて、君が通してよ」

「お任せください!」

「はいはい、よろしくね」

 話を切り上げると、景は自身のデスクに向かった。彼を目で追っていくと、その隣で仁が手招きしていることに気づく。


「なんでしょう?」

「これだ」

「黒電話……ですか」

「これも昔のモンだよな」

「み、見たことはあります。ここを回すんですよね?」

「受話器を取り忘れるなよ? あと、ダイヤルを回すときは端まで。回してみろ」

「こうですか?」

 9の数字の横にある穴に指を入れて、ダイヤルをグッと回してみる。そして指を離すと、クルクルと音を立てながら、穴は元の場所に戻っていった。

「思ってたより、戻り遅いんですね」

「そういうもんだ」

 わくわくしつつ、一紀は黒電話を眺めた。できれば、ずっとグルグルしていたい。

「後で好きなだけ触れ。だが、今はさっさとソファに座ってくれ、一紀。ちゃちゃっと大事なことを説明してやる」

「お願いします」


 言い残した仁はパーテーションの向こうに行くと、ホワイトボードを引っ張り出してきた。

 突然のホワイトボードという本格さに、一紀は立ったまま驚く。後ろから「ねえ」と呼ばれていることに、三度目くらいでやっと気づいた。

「あった方がいいと思うよ」

 景の方へと振り返ると、紙とペンを差し出された。一体、何が始まるのだろうか。

「あ、ありがとうございます」

「うん」

 彼から二点を受け取ってソファに座ると、仁がすぐにホワイトボードへ文字を書いた。


『 ヤード

  マフィア

  ギャング 』


「なんです、この物騒な単語は……」

「ここの有名な大きい(でけぇ)組織だ。ここ押さえときゃァ、とりあえずなんとかなる」

「詳しくお願いします!」

「おうよ」

 仁は再びペンをとって文字を書く。適宜キーワードを表しながら、詳しい話を始めた。

「まず、ヤードは警察組織だ。まあ、ここに法なんてねえがな」

「法、ないんですか?」

「ああ。人道的なものはあるが、明確な法はねえ。『襲うな』『傷つけるな』『殺すな』『奪うな』――その程度だ」

「それ、ええ……」

「まぁ、そうなるだろうな。次だ」

「えっ、はい!」

 とりあえず、景にもらった紙にメモをしておく。仁は少しだけ待って、話の展開を始めた。

「マフィアとギャングは大型の武装組織だ。物騒なイメージは合っている。マフィアの方は今日見ただろ? あの金髪が現当主の息子だ」

「ああ、あのチャラそうな人……って事は、彼らはみんな外国人の顔ですか?」

「そうだ。どれもこことは地域が違うからな」

「なら、あの女の子も?」

「女の子?」

「はい、長い赤毛をツインテールにした……」

 一紀は昨日会った彼女のことを思い出した。暗かったために良く見えなかったので、顔立ちが少し気になるのだ。

 探偵二人が考え込む。それぞれ、前髪に手をやったり、顎に手を当てたり――。

「ああ、イザベラのことだね?」

「あいつかよ」

 景が先に気づき、揃って笑い始める。何のことか、一紀にはさっぱり分からない。

「あははは、彼女こそギャングのお嬢様だよ」

「えっ!」

「つーか、あいつは『女の子』じゃねえ。あれで二六だぞ。俺らとそう変わらねえ」

「えぇーっ! っていうか、お二人ともいくつなんですか?」

「俺が二六で、景が二七だ」

「わーお」

「なんだその反応は」

「いや、もう頭がパンクしそうです」

「今のでかよ?」

 一紀が仁と夢中で話している間に、景が「そういえば」とキッチンから二つの皿を手に戻ってきた。


「疲れたのなら、ケーキでも食べる? さっき、ゆかりちゃんが持ってきたよ」

「食べたいです!」

「仁のもあるけど」

「もらう」

「はい、どうぞ」

 フォークを受け取り、一紀は早速「いただきます」と一口入れた。味わいながら、ゆっくりと首を傾げる。これは抹茶のケーキだ。


 …………?


「景さん。これ、思ってたより甘くないんですけど……」

「そうだね。俺別に、甘いものなんて言ってないし」

「性格悪い……」

「え?」

「なんでもないです!」

 例のにっこり笑顔に、思わず固まりそうになった。とりあえず、咄嗟に言葉を返せるくらいには慣れることができたようだ。そう思うことにする。

「お、これ美味ぇ」

 一紀の気も知らないで、仁はケーキに心を奪われていた。彼の好みにピッタリと合ったらしい。

「そうだろうと思ったよ。あとで彼女に言ってあげたら?」

「そうだな、これはたまに食いたくなるかもしれねえし……一紀はどうだ?」

「美味しいです。けど、ちょっと苦いですね」

「景も甘い方が好きだろ?」

「もちろん」

「俺だけかよ。絶対言わねえと」

 よほど好みだったようだ。



 ケーキを食べ終えた後、仁の説明会は夕飯の時間まで続いた。

 一紀が次々に質問をするものだから、もはや「ちゃちゃっと」の説明ではなく、本格的な授業になっていたことを一人おかしく思う景であった。

 今夜きっと、長々と話した内容の薄さに両者とも驚くだろう。


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