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Flow Light フローライト ~扉の向こうの物騒な世界~  作者: 久河央理
第2話 bitter determination ~苦難の決断~
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苦み

       **



「ふぅ」

 一人事務所に残っていた景は、外で一件の依頼をこなした後、昼食を済ませて帰ってきた。

 昨夜から妙に天気のいい空を見上げつつ、キッチンに移動して湯を沸かす。


 すると、外から女性の声が聞こえた。

「景、いる?」

「いるよー、ゆかりちゃん」

 事務所のドアを開け、ゆかりは中へ入る。壁を伝い、怪訝な顔でキッチンを覗いた。

「……なにかあった?」

「あはは。別に? ちょっとした気分だよ」

「あら、そう」

 スッキリとした表情に変え、ゆかりは事務所のソファに腰掛ける。机の上に何かを並べはじめた。


「で、どうしたの?」

「新しくスイーツを作ったから、景に味見てほしいなって」

「いいよ。今回のコンセプトは?」

「抹茶スイーツよ。どんな人にも美味しく味わって欲しいの」

「ふーん。紅茶飲む?」

「気にしないで、すぐ店に戻るから」

 一人分のカップを持って、景もソファに腰掛けた。

 抹茶のケーキが乗った皿とフォークを手に取り、ゆかりのケーキを割って口に入れる。

「うん、美味しい。けど、抹茶が少し濃いかもね。苦い」

「やっぱり?」

「うん。俺からの提案としては、この抹茶クリームは普通の生クリームでいいんじゃないかな? それか、クリームチーズを混ぜるとか」

「あ、それでいいのか」

「いいと思うよ。スポンジの柔らかさも、その甘みも申し分ない。ただ、日本舌じゃない人が多いこの世界には向いてないね。まあ、濃いものが好みの人だっていると思うけど。仁とかね」

「ちなみに、景の好みは?」

「俺は甘い方が好きだよ」

「だよねー」

 分かっているくせに、彼女は聞いてくる。面白がっているのが見え見えだ。

「そうね。よし、ちょっと試してみるわ! あ、残りは仁たちにあげて」

「分かったよ」

「じゃ、ありがとね」


 嵐のように、ささっとゆかりは事務所を出て行く。それから景はキッチンに戻り、ケーキを二つ冷蔵庫にしまった。そして、紅茶の入ったカップに砂糖を加える。菓子が苦いなら、ドリンクを甘くするだけだ。

 この食べ方も割と好みである。

 ふわっとしたスポンジを特に味わいつつ、景はケーキを食べ終えた。口の周りに残った抹茶をペロリと舐める。

「ごちそうさまでした」

 フォークを置き、ゆっくりと紅茶を飲んでいると、二人の声が耳に入ってきた。帰ってきたのだ。

 四階の鍵を持って、景は外に出た。フェンスに体重を預け、下を覗いて声を掛ける。

「おかえり、手伝うよ」

「おう、景。食料頼む。ここまで取りに来いよ」

「ははは、了解」

 仁から言われた通りに車まで食料を取りに行くと、袋を抱えた一紀と目が合った。その目は少し警戒していることを訴えている。素直なことだと景は思う。

「はい、四階の鍵」

「あ、ありがとうございます」

 鍵を受け取った一紀は、軽く会釈をした後に階段を登っていく。


 景は何か、引っかかりを感じた。


 一紀は目を逸らさなかったのだ。だから、怯えているわけではないらしい。いや、そうじゃない。逸らさなかったというより、見つめていたのだ。何かを決断したかの様子で――。

 嫌な予感が景を襲う。

「……なにを」

「ん? どうした、景」

「仁、あの子は何を考えてんの?」

「おまえ……そういうところ、鋭すぎねえか」

「仁」

 ギラリとした瞳で、彼は仁を睨んだ。このような威圧的な姿勢は珍しい。仁に向けられたのは、初対面のとき以来だろう。

「……っ、俺に聞くな。一紀が自分で言う」

「……はぁ」

「何をそんなに」

「状況、分かってる?」

「分かってる。俺が一番良くな」

 景は首の後ろをガシガシと引っ掻いた。さらりと髪が揺れる。


 仁は彼が理解できなかった。だが、そんなことは今に始まったことではない。


「とりあえず、とっとと片付けるぞ」

「そうだねぇ」

 景も切り替えのできる男だ。器用すぎて、むしろ怖いほどに。


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