8、犯人を探し出そう
女将さんが指さした少年に俺が視線を向けると、彼の頭の付近が一瞬光った。
ここ最近、光ることがとても多い。
しかも、その光は問題解決の手助けをしてくれるのだ。
偶然なのか、誰かが手助けしてくれているのか分からないが、非常に有難いことである。
俺は少年の顔をじっくりと見て、過去の記憶をほじくり返す。
どこかで見た顔だ。
そう、ニュースではなくネットにアップされていた顔…。
(そうだ!あいつは小学校で同級生の給食に毒を盛って捕まった奴だ)
ネットに出ていた名前が正しければ、太田武だ。
動機は、人が苦しむ姿を間近で観察したかったとかいうふざけた理由だ。
十四歳未満であったため逮捕はされなかったが、あれから二年経過しているので今は中学生だろう。
二年で顔が劇的変わることは考えにくいので間違いない。
俺は近くにいた警備兵と女将さんにそれとなく少年のことを話した。
さすがに異世界から来たとは言えないので、俺が以前いた国での話ということで誤魔化した。
それから俺たちは少年を尾行することにしたのだ。
シャドウヒルの一件に区切りがついたのは夜になってからだ。
少年はライノックへ戻る一行と一緒に町へ向かった。
どうやらライノックで生活しているようだ。
女将さんは店に戻らないといけないので、最近入ったという見習いの女性給仕とベスを連れて中に入って行った。
ベスはまだ幼いので、女将さんに預けることにしたのだ。
(あの見習い給仕さん、どこかで見たような気がするんだけどな…。気のせいかな)
◇ ◇ ◇
その後少年は、町の高級宿に入って行った。
今、隣にはリリと警備兵のクレイダーマンさんがいる。
まだ少年が犯人と決まったわけではないが、尾行を継続する。
犯人は最初、家畜で実験を行い次に村人に対して毒を使った。
規模が徐々に大きくなっているので、次に毒を使うとすればライノックじゃないかと思ったのだ。
深夜、人々が寝静まった頃、井戸に毒を入れると思われる。
宿の裏手にも警備兵が配置されていて、太田は厳重に監視されている。
しかし、彼が泊まっている宿はやけに豪華である。
「クレイダーマンさん、あの高級な宿は一泊いくらくらいで、どんな人が利用するんです?」
「アキトさん、俺のことはリチャードでいいよ。あんたの方が年上だし、なんと言ってもシャドウヒルを救った英雄だからな」
その英雄というのはやめて欲しい。恥ずかしい。俺は目立つのが苦手なのだ。
「この宿はホテルエルクンドといって、ライノックで一番高級な宿だ」
リチャードによると、領主の親戚が経営している宿で、利用者は貴族や大商会の主が多いらしい。
安い部屋でも一泊で金貨1枚もかかるらしい。
何故、少年がそのような大金を持っているのかは分からない。
少年が動き出したのは俺の予想通り深夜になってからだ。
裏口から出てきた少年は、人通りの少ない裏路地を進みむ。
「リチャードさん、この先には何があるんです?」
「この地区の人たちが利用する共同井戸だよ」
少年は、自分が泊まっている宿とは違う地区の井戸に毒を入れるようだ。
太田は、井戸端に立つとパーカーのポケットから小瓶を取り出して中に流した。
「リチャードさん、二手に分かれましょう」
他の警備兵は少年を追い、俺たちは井戸が毒に汚染されていないかどうか確認作業に入る。
確認方法はシンプルで、毒が入っていると思われる井戸水を用意していたウサギに飲ませてみた。
数瞬後、ウサギは苦しみだして倒れ、後ろ脚で必死に宙を蹴っている。
「毒が入ってるのは間違いないな」
「直ぐあとを追って少年を捕らえる」
「よろしく頼みましたよ」
リチャードは少年を見張っている仲間の元へ向かった。
次に俺は痙攣しているウサギをスキルで治療。人と違って、小型なので一瞬でウサギは元気になった。
(実験に協力してくれてありがとな)
ウサギにはお礼代わりにニンジンを与え、あとでリリが森に放つ予定だ。
その後、少年はすぐに捕らえられたが、魔法を使って抵抗し警備兵にケガ人が出る事態となってしまった。
「リチャードさん大丈夫かい」
ケガ人の一人はリチャードだ。俺はすぐに手当てを終えると太田の説得を試みる。
「君は太田武くんだね?」
「なんだオッサン、お前も電車に乗ってたのか?」
「そうだよ。なんでこんなことをするだんい。君は大勢の人を殺そうとしてるんだよ」
「俺はなオッサン、毒薬を作る実験をしてるんだよ。神のお墨付きだぜ」
と言ってから、少年は首筋にある四紋を見せつけてきた。
「四紋だと!」
囲んでいる警備兵たちが発し動揺する。
「俺は神に世界に役立つ有望な錬金術師になれと言われている。だからその研究をしているんだ」
またあの神か…。
はっきり言ってボケているのではないだろうか。神鏡に頼り過ぎて神として人を見抜く能力が退化してる気がする。
「俺の邪魔をするということは神に逆らうことになる」
直後、少年の紋章が青色に光る。
(青は水属性だろうか…)
これは仕方ない。
俺は大人として、同じ世界から来た人として、子供の彼にきつめの教育指導をする決心をした。
直ぐに保護殻を少年に対して展開、どんな攻撃をするか分からないが、万次郎と同じように自分が発したスキルでダメージを受けてもらう。
それで少しでも、攻撃を受けた相手の気持ちが分かってもらえればと思うのだ。
その直後、殻の中が曇り始め湯気と共に殻が溶け始めた。
(酸による攻撃か?)
俺のレベルが低いせいか、殻は少年の発した酸によって溶けてしまった。
若干は彼に跳ね返ったと思うが、無傷なところを見ると万次郎とは違い、本人は酸に対する耐性があるようだ。
少年の攻撃を含め、殻が破られたのは女将さんの物理攻撃に続いて二回目だ。
防御殻を過信してはいけない。俺は肝に銘じた。
少年の攻撃方法が酸だと分かれば、兵士を下がらせる必要がある。
「警備兵のみなさんは下がって!」
俺は大きな声を出し兵を下がらせた。
下手に酸を浴びたら大やけどするからだ。
少年の攻撃は酸以外にもあるはず。
毒が混ざった液体を吹きかけてくる可能性だってある。
四紋はスキルが七つか八つ所持している。ならばまだ攻撃に使えるスキルを持っていてもおかしくない。
だが、水属性の攻撃は何があっただろうか…。
「俺は四紋だオッサン、まだまだスキルはあるぜ」
と言って俺を威嚇する。
いくら考えても水属性の攻撃は液体を使うものしか浮かばない。少年の言ってることはハッタリではないか。
そういいえば俺は有田と戦った影響で炎が使えるようになっているはず。
だとすれば…。
「君はおじさんには勝てないさ。君はスキルが無ければ単なるひ弱なガキだろ?違うか?」
「なんだと!」
「君のスキルは与えてもらったものであり、本来の君が持っているものじゃない。ならば、与えてくれた神の意志に従って、人のために使うのが筋だろ?」
本当に与えてもらったのか、元々持っていたのかは正直定かではないが、今はきれいごとを並べておくとしよう。
「うるさいぞオッサン!俺が四紋だからうらやましいんだろ」
「別にうらやましいとは思わないさ。逆に君が可哀そうに見えるんだ。君は今でも独りぼっちじゃないのかい?」
「うるせー、ぶっ殺すぞ」
図星だったようだ。
少年は顔を真っ赤にして怒っている。
「おじさんはな、この世界…、いや。国に来てからいっぱいお友達ができたぞ。だから君がうらやましいとは思わない。君も友達を作れば考えが変わるんじゃないかな」
自分で発言していて恥ずかしくなってきたが、これが少年の心に届いてくれれば、少しでも反省してくれればいいのだが…。
「オッサン、そうやって俺を怒らせようとしても無駄だぞ!魂胆はみえみえだぜ」
あれ、うまくいくと思ったのだがな…。俺の方がへこんできたぞ。
最近の子供はネットでいろいろと情報を仕入れてるので、一筋縄ではいかないのかもしれない。
この世界で純粋に育ったリリは、俺の言葉を聞いて感動したのか、鼻を赤くして涙を浮かべているし、警備兵の何人かも共鳴しているように見える。
俺の言いたいことはちゃんと伝わっていると思っていいだろう。
だが、この少年には届かない。
現代社会が、子供の心をひねくれさせてしまったようだ。ということにしておこう。
俺の説教に呆れた少年は再び酸攻撃を俺に放ってきた。
対する俺は、炎を放ち酸の毒液蒸発させる。毒の蒸気のせいで、視界がやや悪くなった。
(よし、今の間だ。)
俺は蒸気が拡散する前に少年の元に近寄り、増幅スキルを使って少年のみぞおちに拳を叩きこんで動きを一時的に封じた。
少年から見れば、蒸気で視界が悪くなってる中から突然オッサンが飛んできた感じに見えたはずだ。
「人の命を大切さを身をもって体験するんだ。毒の水を飲んだ人の苦しみを君も味わうべきだろう」
俺は少年の頭を鷲掴みにし、口を開けさせ、彼のポケットに残っていた小瓶を取り出し、口の中に流し込んだ。
目を見開いた少年は殺意に満ちた目つきで俺を睨みつける。同時に彼の体がけいれんし始め、もがき苦しみだした。
やがて地面に倒れ込み口から泡を吹く。
「毒の飲まされた同級生の気持ちも分かったかい、太田君」
少年の意識が途切れる直前、俺はスキルを使って彼の毒を命に別状がない程度まで薄めた。
「…オッサン。お前を絶対殺してやる」
反省するつもりは全くなさそうだ。
この少年の心はかなり病んでいるようにも見える。幼少期に何かあったのだろうか…。
今は何もやっても無駄というか逆効果かもしれない。
成長して、考え方が変わることを祈るしかない。このまま大人になれば命をなんとも思わないサイコパスになってしまう。
「それとオッサン。今まで隠していたが俺は貴族だ。お前ら平民が手を出していいと思ってるのか」
力の次は地位を利用するつもりのようだ。
(なるほど、態度が変わらない原因の一つはこれかもしれないな。だが、)
「太田君、証拠はあるのかい?貴族の証の。他国から来た君がいきなり貴族になれるはずがないだろ?」
少年は不敵な笑みを俺に向けてきた。
「神は俺を貴族跡取りとしてこの世界に送り出してくれたんだ。お前とは違うんだよ喜連のオッサン」
また神か…。オーマイゴッドである。
しかし、この子も俺の名前を何故か知っている。
まぁ、言いふらしているのは神本人か取り巻きの女神だろう。
俺のことを馬鹿にしている光景が目に浮かぶ。
そして少年は貴族の証を俺に見せてきた。
だが俺は、そんなものを見てもよく分からない。単なる雑な造りの貨幣にしか見えなかった。
しかし、それを見たリチャードは驚きの顔をする。
「リチャードさん、これは本物なのかい」
「ああ、この方のはアルフレッド男爵のご子息ということになる」
「だが、人種が違うだろ?」
俺と少年は、どう見たって東洋人だ。
だが、町の人たちは、俺の世界でいうところの白人か黒人である。
「確かに人種は異なるが、証がある以上はどうすることもできない」
そもそも、ある日突然やって来た子供を何も考えずに受け入れるってのもおかしい。
俺がその点についてリチャードに聞いてみると、神が人を地上に送ってくるのは割と普通のことらしい。驚いた俺は、彼に異世界について知っているか確認したが、それは知らない様子だ。
この世界のどこかで、能力のある人を神が探してきて、加護を与えて地上に戻し、人々の役に立たせていると信じられている。
俺は本当のことを言いたかったが、彼らが信用するには時間がかかるだろうし、貴重なお友達を失いたくなかったので黙っておくことにした。
ここでボッチになってしまったら、太田君と変わらなくなってしまう。
「ということは、まさか放免する気か?」
「残念ながら…。まだ死者もでていないしな…」
少年は立ち上がると俺たちを跪かせた。
「喜連のオッサン。貴族の俺を殺そうとした罪は重いぞ。死をもって償え」
彼は警備兵が持っていた剣を取り上げ、構える。
「マスター!」
リリが泣きそうな声で叫ぶ。
おかしい。なんで俺が窮地に追い込まれてるんだ?
お読みくださいましてありがとうございます。
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