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7、宿の名前を考えよう

 翌日から数日間は、建物の傷んだ箇所の修理や接客の練習を行った。


「リリ、ベス、いい感じだ」

「ありがとうございます、マスター」


 四六時中ご主人様と言われるのは抵抗があったのと、客商売をするので、俺のことはマスターと呼んでもらうことにした。また、彼女たちと話すとき自分のことはおじさんではなく、俺と呼ぶことにする。


 彼女たちには、接客マナーも教えなければならない。

 そこで俺の世界にあったホテルを参考にする。心得から始まり、身だしなみや言葉遣いなど細かく教えておいた。


 ペンションのような宿で高級ホテル並みの接客が味わえたら、お客さんも喜んでもらえるに違いない。




 練習がひと段落つくと、ちょうどお昼ご飯の時間になっていた。


 この世界の食事は一日二食が主流らしく、朝食の次は夕方の五時から六時の間に夕食をとるらしい。


 労働時間の長い職種は三食のところもある。

 うちは、俺の食生活に合わせて三食とることにしている。


 この国は、わりと日本と同じような食材が手に入るので有難いのだが、料理の種類は極めて少ない。


 豊穣のクマ屋は種類が多い方だが、一般的な食堂はクマ屋の半分、酒場に至っては酒の種類三品に酒の肴が五品といった店も少なくない。

 

「お待たせ、今日の昼飯はチャーハンだ」

「凄いよマスター。ご飯が光ってる」


 お昼はスープ付きの本格的なチャーハンを作ってみた。

 俺は料理人ではないが、ひとり暮らしなので、ある程度は料理を作ることができる。


 それがまさか異世界で役立つとは思っても見みなかったが…。


「これだったら女将さんよりマスターに料理を教わったほうがいいかも!」

「駄目だ。この世界の料理や味付けは俺も理解していない。だからお前たちが女将さんの料理を覚えて、この世界のお客さんの口に合うものを作って欲しいんだ」


 俺はその料理を食べて、自分の世界の味付けとの差を研究したいと思っている。


「分かりました…」


 この姉妹は理解が早くて助かる。

 

「ところでマスター、宿の名前は決めたんですか」


 リリに言われて、俺は宿の名前を考えていなかったことを思い出した。

 明日が開業予定なので、今日中に考える必要がある。

 看板も作らないといけないから、今考えなければいけない。


 繁盛亭、ロッジ喜連、喜連ヒュッテ、明人の宿…、うーんどれもイマイチだな。


「マスター、ここって昔勇者様が住んでいたのでしょ?」

「そのように聞いている。お前たちもそうだろ?」

「はい、そうです」


 彼女たち現地人はみんなここに勇者が住んでいると今でも思っているらしい。


「マスター、勇者の隠れ家亭なんてどう?」

「なるほど」


 この家=勇者というのは知れ渡っているなら、いっそのこと勇者を屋号に入れるのも悪くはない。

 

 俺は深く考えるのは苦手なので、ベスが考えた名前を採用することにした。


 昼食を終えた俺たちは、裏山に入り看板を作るのに適した木を探すことにした。


「マスター、この木なんてどう?」

「そうだな」


 ベスが選んだのは幹回りが二メートルの木であった。


「それじゃ切り倒すから下がっててくれ」

「マスター、斧なんて使わなくても私の魔法で簡単に切れますよ」


 リリはそう言って魔法を唱え、器用に板になるように切り分けてくれた。

 

(おいおいマジかよ。この子俺より凄いじゃないか…)


「この板を看板用にして、残りは家の補修用にしましょう」

「リリ、お前魔法が使えたのか?」

「はい、十歳になれば魔法を覚えることができるんですよ」


 リリはライノックで路上生活をしている時に、いろんな人に魔法を教えてもらったらしい。


 その多くは生活をしていくうえで役立つものだ。

 話を聞いている限りでは、火属性の魔法が得意なようである。

 今、木を切り分けたのも炎を微調整して熱で焼き切っていた。


 木口や木端こばが薄っすら焦げているのは魔法が原因だったようだ。


「凄いじゃないかリリ」


 俺は彼女の頭を撫でてあげた。


「マスターも練習すれば魔法が使えるはずですよ」


 なるほど、俺も頑張れば魔法使いになれるってわけだな。


「上級の魔術師さんがいれば教わることができます」

「わかった。いい情報をありがとな」


 板を持った俺たちは森から山道へ出て宿を目指した。

 少し下ったところで人が倒れていた。


「マスター、誰か倒れてますね」と言って、リリとベスが小走りで駆け寄って行く。


「息はありますが、かなり衰弱してますよ。これは毒にやられています」


 リリは倒れていた子を介抱しながら状態を知らせてくれた。

 その子は耳がやや尖がった見目麗しい少女であった。しかし、服装は男の子用である。


「女の子か?」

「いえ、この子は男ですよ。だってアレがついてます」


 俺とリリは股間のあたりに視線を移す。


「そうか男の子だったか…。待ってろ、すぐ楽にしてやるから」


 ほんの少しだが耳が尖ってるのが気になる。


(エルフの血でも引いているのだろうか…)


 俺は癒しのスキルを使って男の子の治癒を試みた。

 全身を淡い光がつつみ、目の下にあった紫色のクマがゆっくりと消えてゆく。


 それは毒が抜けていることを意味していた。

 土色をしていた肌も徐々に赤みを取り戻した。


「これで大丈夫だろう。リリ、水を口に含ませてやってくれ」

「はい、マスター」


 リリは水筒の栓を抜き男の子の口元を湿らせる。


「しかしリリ、なんでこの子が毒にやられていると分かったんだ?」

「ライノックで路上生活をしている時に学んだのです」


 幼い姉妹が路地で生きていくためには自分たちでその術を身につける必要がある。


 二人はあの町で、生きていくのに必要な知識の多くを学んだのだろう。

 だが、そこまでの知識があるのに俺の宿で瀕死の状態であったのは謎である。

 そこは、本人自ら話すまで尋ねないつもりだ。


「…ん…ん」


 ややあって、男の子が意識を取り戻した。


「あ…、ここは?」

「山道で倒れていたから助けたんだが、何かあったのかい?」

「そうだ、勇者様に助けてもらおうと思って山を越えてきたんだ」


 また勇者様か…。


 肝心の勇者様はかなり前に俺の宿から姿を消しているようだが、いまだにみんなが探しにくるのは何故だろうか…。


「残念だが、もう勇者様はいないんだ。坊主、俺でよかったら相談に乗るぜ。何があったか話してくれないか」


「うん、村の人たちがみんな倒れたんだ」


 この子は、山を越えたところにあるシャドウヒルの村から来たそうだ。

 数時間前から、村の人たちが次々と倒れて苦しみだしたらしい。

 それで、この子が勇者様に助けを求めに行かされ、俺の宿にたどり着く前に力尽きたというわけだ。


「坊主、名はなんていうんだ?」

「僕はリック」

「そうか、おじさんは喜連明人だ」

「珍しい名前だね。アキトって呼ぶね」


 またファーストネームのパターンだ。

 もう慣れたが…。


「リリとベスはライノックに行って、警備兵にこの事を伝えて救援部隊の派遣を要請してくれ」

「はい、マスター」「うん」

「俺はリックと一緒に村へ行って治療を行う」

「はい、マスター」「うん」


 俺はリックとと共に山を越えシャドウヒルへ向かった。

 村に入るとあちこちで人が倒れており、中には瀕死の者もいる。


 動ける者が数名いたので手伝ってもらい、重傷者から順に治療を行うことにした。

 

 スキルを使って治療中、周囲を見てみると家畜や犬も倒れていることが分かった。

 やや回復して、話ができるようになった者に聞いたところ、最初は家畜が倒れ今朝になって村人が次々に倒れたそうだ。


 リリは毒が原因と言っていた。

 だとするならば、井戸水に鉱毒でも入り込んだか、あるいは誰かが意図的に毒を入れたかだ。


 最初は家畜や動物で試し、効果があったので次は人で実験してみたという感じだろう。さて犯人は誰だろうか。


 症状の出てない者は二人いるが、彼らは今朝村に帰ってきたばかりだそうだ。

 本当だとすれば、家畜で試すときはこの村に居なかったことになる。


 わざと森に隠れていたということも考えられるが、とりあえず対象から外しておこう。


 次に村人以外の者がうろついていたかどうかを尋ねたところ、三人が見慣れない少年を見たと言っていた。


 他の者にも聞き取りしたが、今のところ怪しいのはその少年である。


  ◇ ◇ ◇


 全員の治療を終えたのは日が西に傾き出した日の入りにはまだ時間がある頃だ。

 四十人を癒し終える頃には疲労感が俺を襲いはじめ、全村人五十人を癒し終えたらぶっ倒れそうなくらいの疲労感が俺を襲った。


 村人の次に、まだ息のあったタフな家畜も助けたので余計に疲れたのだ。


 人だけ助けても、家畜がなければ生活に困る人が必ずでるので、出来る限りのことをしたかったのだ。

 

 だが、この疲労は半端ない。

 推測だが、マナや魔力の類を使い切ったのだろう。

 もし、体の状態を数で見ることができれば、マナの残量は限りなくゼロに近いはずだ。


 今後スキルを使う場合は注意が必要である。

 自分の限界が分かったことは収穫ではあるが…。


「マスター!」


 ぼーっとしていた俺の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。

 リリである。


「大丈夫ですかマスター。顔色が悪いですよ」

「マスター疲れてる」


 リリとベスが俺を心配してくれた。


「これを食べな」


 誰かと思えば女将さんだ。

 シャドウヒルの惨状を知った町の人たちが、警備兵と一緒に応援に駆けつけてくれたのだ。

 これは非常に助かる。


 全員を癒したとは言え全快させたわけではない。

 本当にマナや魔力という物が存在して、それが途中で尽きてしまうと困るので、命に別状はない程度までしか回復させていなかったのである。


 ここからは、応援に来てくれた人たちに治療を交代することとなった。

 そして俺にはもう一つ仕事がある。犯人探しだ。


 俺は疲労を回復させつつ、犯人がいないかどうか注意深く探った。

 放火や毒物事件などを起こす者は、現場がどうなっているかもう一度様子を見に来る者が少なくない。


 だとすれば、応援に来ている人の中に犯人が混ざっていてもおかしくない。

 女将さんは町の人たちの顔を覚えているので、一緒に見てもらっている。


「喜連さん、あそこだ」


 女将さんが指さした方向に視線を向ける。


 するといたのだ、この世界には似つかない服装をしている少年が一人。

 そして、少年の頭の付近が一瞬光った。


(あいつに間違いない)


 きっと俺と同じ電車に乗っていたのだろう。


  ◇ ◇ ◇


 その頃、近くの木によじ登り双眼鏡でアキトの様子を見ている怪しげな女性がいた。

 

 運を司る女神フォルトゥーナだ。

 

(アキト様、私が少年を光らせたのに気づいてくれたかな。でもなんだか疲れてるようね。大丈夫かしら…。でもあの疲れ切った表情も素敵だわ)


 もう少し続きを見たかったフォルトゥーナであったが、運悪く女将と目が合ってしまった。


「ゲッ」

「何がゲッだい。あんた店サボって何やってるんだい」

「お、、おお女将さんの手伝いをしようと思って…」

「そんなウソが通じるわけないだろ」


 ボコっという音と共に「ウギャ」っという不思議な声が響き渡った。


 女将から特大のゲンコツを喰らった女神は頭をかかえしゃがみ込む。

 フォルトゥーナはクマ屋で働いて地上のお金を稼ぐことにしたのだ。

 目的はアキトの宿へ客として泊まるためらしい……。

9/13 リックの登場シーンを少し変更いたしました。

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