3、宿の開店準備をしよう
大主神から宿屋の運営を押し付けられた俺は、ベス、リリの姉妹と一緒に開業に向けた準備を始めた。
この家は引退した勇者が住んでいたらしく、建物自体は頑丈な造りとなっている。
お金もあったようで、この世界の家では珍しいガラス窓も備わっていた。
だが、修理が必要なところもいくつかある。
建物は二階建てで、お客さんが泊れる客室は上階にある九つの部屋である。
部屋の広さは俺の世界のビジネスホテルより少し広い程度だ。
ただ、一部屋だけは他の倍の広さがあり、賓客用といった感じの部屋となっている。
そのためか装飾品も豪華であった。
一階は俺たちの部屋や談話室、ダイニングやキッチンがあり、バーカウンターも備わっているので夜は居酒屋も開けそうだ。
常連客ができれば、場所は少々辺鄙なところだが、なんとかやっていけるんじゃないかと思う。
「ご主人様、寝具類は揃ってますけど少々カビ臭いですね。ベットは高級なものが使われています」
客室の様子を見て来てくれたリリが教えてくれた。
内装などに痛みはないので、拭き掃除をすれば使えるらしい。
ただシーツなどリネン類は変色している物があるので、一部は買いなおす必要がある。
リリがベッドは高級と言っていたので見てみると、固いバネを使った作りで、俺的には決して良いとは思えなかった。
「ベスはリリと一緒に寝具類を外で干してくれないかな」
「はい、ご主人様」「わかった」
と言って二人は客室の寝具類を干に行った。
キッチンも器具は揃っていたので特に問題ない。
ここに以前住んでいた勇者は几帳面だったのか、食器とナイフやフォーク類は磨き上げられていて、きちっと並べられていた。
開業までに揃えないといけない物は、リネン、食材、姉妹と俺の衣装だ。
俺はいま出勤途中のサラリーマンの衣装なのでスーツを着ている。
王宮に行くときなどはいいかもしれないが、普段着としてはやや無理がある。
しかし最大の問題はお金。
日本円がこの世界で使えるはずがない。
俺は宿の中を調べ、幾つかある刀剣類のうち装飾が施された二本を町で換金することにした。
「リリ」
「はい、ご主人様」
そとで毛布を干していたリリが駆け寄って来る。
「町に行けばこの剣を買い取ってくれるところはあるかな?」
「そうですね…」
リリは腕を組み考える。
「表通りにあるお店はあまり評判がよくないので、裏路地のお店なら適正な値段で買い取ってくれますよ」
「そいつはいい情報だ」
俺はリリの頭を撫でてあげるととても喜んでくれた。
ただ、涙ぐんでいるのが少し気になる。
(撫で方が悪かったかな…)
「どうしたんだい」
「ご主人様って、お父さんみたい…」
彼女は俺に父親を重ね合わせたようだ。
二人は両親と死別している。理由は話してくれないが辛い記憶だったに違いない。
洗濯が済んだので、俺たちは町へ行くことにした。
俺は道中、二人にこの国のことについて尋ねた。
ここはべスペア王国というらしく、名の通り王様が統治する専制国家である。
今向かっているのはライノックという町で、俺の宿はその郊外にあるらしい。
町までは歩いて三十分くらいだ。
遠くに町の建物がかすかに見えるところまで来たとき、目の前で女性三人が揉めていた。
というより、一人を執拗にいじめているようにも見える。
「ご主人、あれなに?」
妹のベスが心配そうに尋ねてきた。
「なんだろうな、助けた方がいいかもしれないな」
俺たちは急いで女性に近づく。
すると彼女たちはどこかで見たことある衣装を着ていた。
(あれは俺をいたぶったお姉さんが着ていたやつじゃねーか)
そこには例のお姉さん達と同じ衣装を着た子が叩かれたり蹴られたりしていた。
「お前の運をいじくる能力なんて使い物にならねーんだよ、クソが!」
「そうよ、運なんて自分の拳で掴み取るものでしょ。それにあんた性格暗いし気持ち悪いんだよ!」
「ご、、、、ごめんなさい。ゆ、、、、ゆるしてください」
いじめられている女性は土下座をして許しを請う。
俺はその光景をみて、ふと大主神の言葉を思い出す。
「そうだ、あの子も追放しなさい」
ひょっとするとあの子とは、目の前の女性ではないだろうか?
これは助けなければいけない。
「ちょっと君たち、その子は嫌がっているじゃないか。暴力はよくないよ」
すると右側にいたお姉さんが俺を睨みつけてくる。
「はあ?お前には関係ないだろ、すっこんでろオッサン」
「わ、、、、私を追放しないでください!」
必死に懇願するが、二人のお姉さんは容赦なく蹴り倒していた。
「ご主人様、あの人可哀そうです。血が出てますよ」
リリが不安そうな視線を向けてくる。
「おじさんが止めるから安心なさい」
俺は彼女のまわりに透明な防御殻ができるようにイメージした。
すると。
「痛てーーーー」
彼女を殴ろうとした左側のお姉さんが透明な固い物を殴ったようで、右の拳を左手で覆い涙を流していた。
そして異変に気付いた反対側のお姉さんが俺の胸ぐらを掴む。
「オッサン、何やってんだ。これはあたし達女神の問題さ、外野が手出しするんじゃねーぞ」
このガラの悪いお姉さん達が女神だったとは驚きだ。
品がなさすぎる。
「女神かなにか知らんが、俺の目の前で弱い者いじめするんじゃねー!子供が怖がってんだろうが」
女神に向かって生意気だと言わんばかりの表情となったお姉さんは、空いている左手を光らせ、俺目がけて殴りかかってきた。
(あの光、増幅スキルで俺を殴る気だな)
俺は咄嗟に鋼をイメージし防御を試みた。
一瞬後、鋼鉄を拳で殴る音がしたと同時に女神は俺を掴んでいる右手を離して、激痛が走っているであろう左手をおさえてしゃがみ込んだ。
俺はその間に、暴行を受けてボロボロになっている女性に声をかける。
「大丈夫かいお嬢さん」
彼女は口が切れて血が滲み、手や足にも青あざが出来ていた。
俺は「今すぐ楽にしてやるからな」と言って、姉妹の時と同じように心が落ち着くようなイメージをする。
やわらかな光が彼女を包み、傷はゆっくりと癒えていった。
俺のスキルは女神を癒すこともできるようだ。
「立てるかい?」
俺は優しく声をかけ、右手を差し出すとなぜか彼女は赤面している。手を掴んで立ち上がると深々と礼をし。
「た、たた、助けてくださって、あああ、、ありがとうございました」
そして彼女は赤面したまま、恥ずかしそうに森へ走り去っていった。
どうやら人と話すのが苦手なようだ。
「いっちゃいましたねご主人様」「うん、いっちゃった」
「大丈夫なのかな…。それよりも町へ急いでいくとしようか」
「はい」「うん」
姉妹は可愛らしく返事をした。
俺たちが現場を立ち去ろうとすると背後から女性がおどろおどろしい声で呼び止めてきた。
「待てオッサン。あたし達をこんな目に会わせてタダで行かせると思うか?」
そういえば女神の存在を忘れていた。
俺を連れてきた女神の行動パターンからすると、新なスキルか魔法を使って攻撃してくるに違いない。
俺は彼女たちが吹き飛ぶところをイメージしつつ振り返ると、予想通り襲いかかってきた。
「子供がいる前で暴れるんじゃねー女神ども!」
俺はいつでもスキルを発動できる状態だったので、女神の攻撃が届く前に二人は空の彼方に吹き飛んで行った。
「ご主人様凄いです!」「ご主人凄い」
「これでもう安心だ。さて買い物に行くとしよう」
「はい」「うん」
俺たちはライノックを目指し再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
その頃、森の中ではひとりの女性がアキト達をじーっと見ていた。
(私を助けて下さったあの方に何かお礼をしなければ…。でも出て行くのは恥ずかしいな…。名はなんていうのかしら。運命の人だわ…)
運を司る女神フォルトゥーナは、あがり症で人見知りの自分に腹を立てつつアキトを見守るのであった。
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