1、転職先は異世界の宿屋
「平岡誠二殿、お入りください」
今俺は神殿の前に並ばされている。
名前を呼ばれたら前へ進み、威厳のあるオヤジが何かを調べてるようだ。
終われば女神ような美しいお姉さんに、どこかへ連れていかれる。
俺はついさっきまで通勤電車に乗っていたのだが、トンネルに入った途端虹色の光に包まれ、気がつけばここにいた。
知らぬ間に寝ヲチでもしたのかと思ったが、そうではないようだ。
なぜなら同じ電車に乗り合わせていた乗客たちもいるからだ。
みんな何が起こっているか分からないようで口をパクパクさせている。
だが、自由に声を発することはできない。
お姉さんに質問され、それに答える場合のみ発言でき、それ以外は口を開いても声が出ない。
聞かれたことに答えるのみ。
なんらかの魔法でもかけられているのだろう。
「こいつは素晴らしい、平岡君だったかな、君は有望な勇者候補である」
オヤジが顔に似合わず満面の笑みを浮かべ、平岡の肩を叩いていた。
あいつは俺の後ろの席に座っていた奴で、方向幕や座席、寝台など鉄道車両のパーツ盗みを自慢していた男だ。そんな窃盗犯が勇者候補とは…。
「喜連明人殿、お入りください」
やっと俺の名が呼ばれる。
平岡が有望なら、俺も有望に違いないだろう。
勇者も捨てがたいが、ヒーラーもいいかもしれない。
俺は意外と人助けが好きだったりする。
「喜連殿、神鏡にてをかざしてもらえんかな」
「こうですか?」
俺が鏡に右手の甲をかざすと、左腕に絵文字が浮かんできた。
ヒエログリフだろうか、何が書かれているのかさっぱりわからない。
「こいつは駄目だ。使いものにならん」
オヤジから笑みが消え不機嫌なものとなった。
「これは〇紋、スキルも駄目、失格」
そしてお姉さんに視線を向け口を開く。
「例のところに捨てておきなさい」
「承知しました」
「そうだ、あの子も追放しなさい」
「御意」
俺は何が起こっているのか理解できないまま、部屋から連れ出されてしまった。
一体どういうことなんだろうか、俺は有望ではないということか。声が出ないかもしれないが、お姉さんに尋ねてみた。
「あの…」
意外なことに発言できた。
部屋から出されたので制限がなくなったのだろう。
「貴様のスキルがクソだからだ。失格紋持ちのゴミ蟲め」
お姉さんは姿に似合わず言葉が汚かった。
「最高位の大主神様が直々に召喚をなさったのに、スキルが使い物にならないなんて信じられん。この世界の村人でもあんなスキルは無いぞ、恥を知れ!」
俺は何も悪いことはしてないはずだが、何故か二人のお姉さんに怒られてしまった。
そして連れて来られたのは、古びた感じだがしっかりとした造りの建物だ。
「ここは昔引退した勇者が住んでいた宿屋でな、今は空家になっている。貴様は今日からここの主だ。宿屋を繁盛させて大主神様のために頑張りな」
「さぼったら地獄に送ってやるからな、失格紋野郎」
左側のお姉さんが俺を睨み恫喝してくる。
そういえば失格紋とはなんだろうか…、俺が尋ねる前にお姉さんが口を開く。
「そうだ、お前のスキルを教えておいてやる」
と言って右側のお姉さんがふくよかな胸の谷間から石板を取り出す。
それはタブレットほどの大きさがあるのが、どうやってしまってあったのか非常に興味がある。
どうやらそこに俺のスキルが書かれているようだ。
お姉さんはタブレットを操作するかの如く指を動かしていた。
「癒し、護り…、なんじゃこの組み合わせは」
左側のお姉さんに石板を見せたあと、ご親切に俺のにも見せてくれた。
そこにはヒエログリフの小さな文字が並んでいるように見える。気がする…。
実は、最近老眼が進んでいるので、目の前に石板を持ってこられてもぼやけて見えないのだ。
「あれじゃないか、不具合で同系統のスキルが出ちゃった的な?。都市伝説って言われてたのに、まさかこんなところでお目にかかるなんてな」
左側のお姉さんが、哀れなものを見るような視線を向けてきた。
それは一体どういうことなのだろうか。
「えっと、何がおかしいのでしょうか?それに失格紋とは?」
「お前の持つスキルの系統がダメなんだよ」
と言って嘲笑っていた。
体に刻まれる紋章は〇から五まであり、スキルを二つしか持たない俺は〇紋で、失格紋と言われているらしい。
俺は癒しと護りの二つを持っているが両方とも防御系に属する。
通常は防御と攻撃など、異なる系統のスキルを併せ持つらしいが、俺は二つとも同系統なのだ。
だが、これが異なる組み合わせであったとしても、失格に変わりない。
スキルがたった二つしかないというところも、お姉さんの笑いのツボを刺激したらしく「お前はゴミ屑だ」と笑いながら罵声を浴びせてきた。
大主神が召喚した者は最低でも五つのスキルを持つらしく、多い者では9つを超え五紋になるそうだ。それ加え属性があるらしいが、俺には関係ないということで教えてくれなかった。
普段は温厚な俺だが、ここまで言われると少々腹立たしい。
何かやり返してやりたい気分だが、肝心のスキルの使い方がイマイチわからない。
防御系のスキルで、この罵声を防ぐことはできないのだろうか…。
「すいません。スキルってどうやって使うのですか?」
俺は右側のお姉さんに尋ねてみた。
「はぁ?そんなことも知らねーのおかよ、バカじゃねーの?」
「こいつ頭が湧いてるんだよ。臭うもん」
この世界に来たばかりだし、今朝ちゃんと風呂に入ったのだが…。
「まぁいい、教えてやる。至極簡単、イメージするのさ、イメージ」
と言って、お姉さんはなぜか右手を握りしめ拳を作った。
そして拳がわずかに輝きを放つ。
「例えばあたしが持っているレアスキルの増幅は、こうやって軽く殴ったとしても」
「ぐはぁ…」
ドスンという鈍い音と衝撃が体全体に伝わり、やや遅れて激痛が体を襲う。
お姉さんは拳を俺の腹に軽く当てた…、はずなのだが、実際は格闘家にでも殴られたんじゃないかというほどの威力であった。
とても痛い…、そして俺は息ができなくなり、両手で腹をおさえて跪く…。
「特別に実演してやったんだ、分かりやすかったろ?」
二人のお姉さんは腕を組み、俺を再び嘲笑う。
(なるほど、スキルの使い方は分かったぞ、しかし腹がいてぇ…。オヤジ狩りに遭ったらこんな感じなのかな…)
罵声の次は暴力ときた。もう我慢の限界だ。
怒りが頂点に達した俺は、無意識のうちにお姉さんを吹っ飛ばすことをイメージしていた。
すると間を置かず「ドーン」という音と共にお姉さんたちは空の彼方へと消えていった。
(なんだこのスキルは…。確か防御系と聞いていたが…)
それと腕の紋章が光った気もする…。
次に俺は腹の痛みを和らげるために、心地よいものをイメージ。
すると不思議なことに痛みが緩和された。
今回は紋章が光ることはなかった。
(気のせいかだったか?)
こうして俺は、この世界でのスキルの使い方を理解したのである。
(外にいても仕方ない、中に入るかな)
俺が扉に近づくと何故かそれは少し開いていた。中に誰かいるのだろうか?
ゆっくりと入ってみる。
木窓が閉じられ、薄暗い室内で殺気を纏った男が一人の女の子に襲い掛かろうとしていた。
「ウヘヘヘヘ、さぁお嬢ちゃん大人しくするんだ」
「いや!こないで!」
女の子は涙を浮かべている。
(この男、見たことあるぞ)
確か電車の中で女子小学生にいたづらをしようとして捕まった奴だ。確か田中という名だったはず。
まさかこんな奴まで来ていたとは…。早く止めなければ。
「おい田中!何やってるんだ」
俺は声をかけ、奴の行為を制止しようとした。
田中は苛立ったのか、殺意に満ちた視線を俺に向けてくる。
だが、俺を見たとたん見覚えがあったのか、やや落ち着いた感じで口を開いた。
「なんだ、お前も来てたのかこの世界に。どうだ一緒に楽しまないか?」
お前も加われと俺を誘ってきた田中の手には、ナイフが握られている。
「俺はよ、神に聖職者向きだって言われてんだよ。スキルが六つ三紋だ。俺の行為は全て神のお墨付き、これは神聖な行為さ」
こいつのどこが聖職者向きなんだろうか…。
「聖職者なら、子供に乱暴するのがよくないことだって分かるだろう」
「なんだよ、俺様の神聖な行為を邪魔する気か?いい度胸だ。神に代わりお前を正しい道へ導いてやる」
田中は躊躇いもなくナイフで俺を刺そうとしてきた。
俺は無意識のうちに護れと念じていたようで、左腕の紋章が急に熱くなる。
視線を向けてみると、それは黒く光っていた。
(一定の条件下でスキルを使うと光るようだな、それより今はナイフだ)
「何が神だ、俺の宿で暴れるんじゃない!」
すんでのところで俺はナイフを交わした、というよりナイフが俺を避けた。
「どうなってやがる。お前も何かの能力者か??」
能力者?田中が何を言ってるのか分からないが、こいつを無力化するなら今しかない。俺は体勢を崩した男の腹部に間髪入れず拳を叩き込んだ。
(今のはお姉さんが使っていた増幅スキルに似てないか?)
まるでさっきの俺を見ているかのように田中は腹をおさえ地面にうずくまる。
「これで懲りたか?」
少し間を置き、田中は視線を俺に向けてきた。
目は血走っており、違法な薬物でもやっているかのような感じだ。
「何が懲りただ」
田中は話し終える前に再びナイフを俺に向けてきた。
だが、何度刺そうとしても俺にナイフが当たることはなかった。
全てナイフが避けて行くのだ。
(こいつはナイフを使えないようにしておいた方が良さそうだ。他でも悪さをするに違いない)
俺は右手に力を込めると同時に手刀をイメージして男のナイフを持っている腕に叩き込んだ。
ベギっという骨の折れたような鈍い音と共に田中の右腕がぶら下がり、床にナイフが落ちる。同時に男は悲鳴をあげた。
「いてーーーー!貴様よくも…、次にあったら絶対殺してやる!」
捨て台詞を吐きながら、田中は外に飛び出していった。
ナイフが俺を避けていたのは、スキルが発動していたとみて間違いないだろう。
一連の出来事を整理しようとしたが、目の前で震えあがっている女の子を安心させるのが先と思い、声をかけることにした。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
俺は優しく話しかけたが、女の子は震えたままであった。
異世界の宿屋で素敵な出会いをするお話を書いてみたいと思い初めてみました。
気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いいたします。