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■第12話 距離


 

 

ヒビキは広げるノートをアキラの肩越しに覗き込み数学の公式の説明をする。

 

 

右手を伸ばして ”三次方程式の解と係数の関係 ”を出来るだけかみ砕いて

教えるも、アキラの左側に胡坐をかいて座っているヒビキの腕がアキラの

二の腕に軽く触れているその状況がどうしようもなく照れくさくて意識し

まくって、アキラは三次方程式どころではない。

 

 

『じゃぁ、コレ解いてみて。』 そう声を掛けられ、ヒビキの意外に男ら

しい指でさされた問題に、上の空真っ最中のアキラは『えっ?!』と素っ

頓狂な声を上げた。


慌てて高速で教科書をめくるも、どの数式を当てはめてこのまるで異国語

のような ”α ”や ”β ” が羅列するそれを求めたらいいのか皆目見当もつ

かない。

 

 

ヒビキは眉根をひそめて呆れ気味に笑う。


そして、ぽつりと呟いた。

 

 

 

  『お前の記憶力は、ほんと・・・ どーしようもないな・・・。』

 

 

 

なんだかやけに感情が込められて発せられたその一言に、アキラは申し訳

なさ半分・開き直り半分で『なによっ!!』と口を尖らせる。

 

 

『だから、ココは・・・。』 脱力しながらも、再び少し身を乗り出して

数式の説明をするヒビキ。ふと改めて見ると、アキラとの距離はあと数セ

ンチで体と体が触れ合ってしまいそうに近いではないか。


チラリと視線を流すと、アキラのショートボブの毛先が健康的に日焼けし

た頬をかすめて小さく揺れている。不満気に尖らせたその唇は、さくらん

ぼみたいにぷるんとして荒れひとつ無くて柔らかそうで。

 

 

 

思わず、見惚れていた。


囚われてしまったかのように、そこから視線を動かせない。

 

 

 

すると、アキラが少し身をよじらせてヒビキから少しだけ離れた。


我に返ったヒビキも背を反らせその距離を開ける。ヒビキの目に入ったのは

照れくさくて仕方なさそうに頬も耳も首も真っ赤に染める、アキラの困り果

てたような俯き顔だった。

 

 

 

互いの心臓が、狂ったように鳴り響いた。

 

 

  どくん どくん どくん どくん


  ドクン ドクン ドクン ドクン

 

 

 

ふたり、言葉を紡げずに俯いてしまう。


先程まであれだけ無意識で近付いていた距離が、今は意識しまくって恥ずか

しくて逆に不自然な程にぽっかりと二人の間にその空間を作って。

 

 

アキラは勝手にヒクヒク動いてしまう表情筋に困ったように眉根をひそめ、

体育座りをして脚を抱え込み顔を膝と膝の間にうずめる。


ヒビキはそっと顔を背け、痒くもないのにポリポリと首の後ろを掻き毟った。

 

 

すると、そのどうしようもなく恥ずかしく居た堪れない空気に、アキラがガバ

っと立ち上がり早口でまくし立てた。

 

 

 

  『ちょ、ちょっと休憩!休憩!!


   アタシ、アイス買いにコンビニ行ってくるよっ!!』

 

 

 

真っ赤な顔をして息継ぎも無しに発すると、立ち上がった際にテーブルの端に

膝をぶつけた反動でシャープペンシルが転がってラグの上に落ちた。


このままの空気で二人きりで宿題なんか出来ないと感じたヒビキも、その案

に賛同し慌てて大仰にコクリコクリと頷き早口で返す。

 

 

 

  『そ、そうだな・・・ ぅん。


   一旦、休憩しよう休憩・・・。』

 

 

 

アキラはソファーの背もたれに掛けてあったパーカーを羽織ると、ケータイ

と財布を握り締めて足早に玄関へと向けてリビングを出て行きかけた。しか

し思い出したように振り返って、照れくさそうにヒビキへと一瞬だけ視線を

向けると『なにがいい?』 とアイスの希望を訊ねる。

 

 

急に訊かれて、口ごもるヒビキ。


本当はアイスなんて別に食べたいと思ってなどいなかった。ただアキラとの

仲直りの口実だっただけの、それ。


普段あまりアイスなど食べないヒビキには、その具体的な固有名詞などすぐ

出てこず、口から出るのは『え~っと・・・。』という迷い音だけで。

 

 

中々明確な返答が出来ずにヒビキは視線を泳がせた。

すると壁掛け時計の針はもう夜の10時を回っているのが目に入った。

 

 

 

  (こんな時間にひとりで行かせるのは、ちょっとなぁ・・・。)

 

 

 

  『僕も行く。


   お前のセンスは当てにならないからな。』

 

 

 

ヒビキも立ち上がって、ツンと顎を上げてそう言い放った。

 

 


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