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■第11話 アイス


 

 

『ぇ・・・?』 アキラはヒビキの口から出た ”アイスでどうだ? ”とい

う言葉の意味が分からず、瞬きを繰り返して見つめた。

 

 

すると、ソファーに浅く腰掛けていたヒビキはラグに直座りするアキラの隣

にストンと腰を下ろし胡坐をかくと、アキラが指先で渋々握っているシャー

プペンシルを奪い取りノートを自分の前にスススと引き寄せる。

 

 

 

  『ハーゲンダッツ、な?』

 

 

 

そう呟いてメガネのブリッジを中指でクっと上げると、アキラがあれ程頭を

ひねってもひねっても解けなかった問題をいとも簡単にスルスルと解き明か

してゆく。

 

 

 

  (宿題・・・ 手伝ってくれるんだ・・・?)

 

 

 

アキラは気付かれない程度に少しだけ目線をヒビキの横顔へと向けた。

 

 

今、二の腕が触れ合うくらいの至近距離で並んで座り宿題に目を落とすヒビ

キは、いつもの捻くれ者らしい飄々とした感情の読めない表情をしている。


しかし、銀縁メガネの奥の目は今日はどこかやさしいそれに感じた。

 

 

突然のこの成り行きに気付かなかったが、こんなにヒビキと近寄ったのは初

めてで途端に照れくさくなる。でも、ヒビキも自分と同じように仲直りをす

る機会を探していたのだと感じ、アキラは正直なところ心から嬉しかった。

 

 

 

  『ハーゲンダッツは高いよ!!


   せめて150円以内にしてよねぇ~・・・。』

 

 

 

”宿題を手伝う報酬はハーゲンダッツ ”というヒビキの提案に、本当は別に

それが買えない訳ではないけれど、いつもの喧々諤々とした遣り取りがした

くて敢えて大袈裟にイチャモンを付けてみる。


すると、滑らかに問題を解いていたシャープペンシルの手を一瞬止めヒビキ

はチラリと隣のアキラへと視線を向け『仕方ないな。』と小さく笑った。

 

 

あんなにふたりでいるのが気まずく重苦しかったはずのこの空間が、今は穏

やかでやさしくて、なんだかやけに心地良い。

 

 

 

 

   本当はお互い仲良くなりたかったのだと、知る。


   本当はお互い愉しくやっていきたかったのだと、知る。

 

 

 

 

アキラはなんだか急激に胸が詰まってしまい、ただただぼんやりとヒビキの

横顔を見つめていた。


すると、ヒビキは落ち着かなそうに眉根をひそめて1度乾いた咳払いをする

と再びメガネのブリッジを指先で上げ、ぎこちなくボソっと呟いた。

 

 

 

  『・・・ノ、ノート見ろよ・・・。』

 

 

 

アキラに無意識に近距離で見つめられ、その視線が照れくさくて仕方なくて

居場所無げに視線を泳がす。ヒビキも今夜突然急接近したふたりの距離に嬉

しさを隠しきれない反面、恥ずかしくてどうしていいのか分からず、しかし

必死に平静を装っていたのだから。

 

 

 

ふたりの間に、照れくさくてもどかしい時間が1秒ずつ秒針を刻んでゆく。

 

 

 

『僕が全部やったら意味ないか。』 慌てて二の句を継いで、ヒビキはノー

トを再びアキラの前へとズズズと滑らせ移動した。


『ん??』 目の前に戻って来てしまったあまり再会したくはないそれに、

小首を傾げるアキラ。『教えてやるから自分で解いてみろよ。』とヒビキは

シャープペンシルを指先で器用にクルクルと廻して小さく笑う。

 

 

 

  『ええええええええ!!!』

 

 

 

アイスの出費だけで面倒な宿題がチャラになると思っていた怠け者が、思い

切り不満の声を上げてジタバタと足掻いた。

 

 

 

  『ヤだよっ!


   どうせアンタ、ネっチネチ意地悪く教えるつもりでしょ~!!』

 

 

 

口を尖らせ目を細めてジロリと睨むその顔がまるで駄々を捏ねる小学生みた

いで、おまけにその酷い ”決め付け ”にヒビキは思わず吹き出して笑って

しまう。

 

 

『いいから、ほらシャープ持てってば!!』 頑なにシャープペンシルを持

つ事を拒絶するアキラに、ヒビキは笑いながら華奢な手を掴むと無理やりシ

ャープペンシルを握らせた。

 

 

 

 

   はじめて触れたアキラの手は、思った通りじんわり熱くて。


   はじめて触れたヒビキの手は、思った通りひんやり冷たくて。

 

 

 

 

ふたり、照れくさそうにその相手の温度に目を伏せた。


胸の奥の奥で、やけに心臓が騒がしく暴れて音を立てた。

 

 

 


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