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■第1話 12年ぶりの、その姿

  

   

  

それは、目を閉じると浮かぶ遠く幼い記憶。

 

 

近所の河川敷の名もない雑草が生い茂る斜面に、小さな背中を丸めてしゃが

み込む姿がある。目をキラキラ輝かせてありふれた緑色の中に点在する小さ

な小さな蒼色を優しく摘んでいるその横顔。その蒼色は朝露にぬれて花びら

を揺らしながら差し込んで来た朝陽にまるで微笑むように佇んでいる。

 

 

 

  『アキラちゃん。


   言葉は生きてるから、いいことばっかり言うといいんだよ。


   そうすれば、その通りになるんだよ。』

 

 

 

まるで夢物語のようにぼんやり朧げに耳にしたその言葉と、彼から差し出さ

れたツユクサの小さな小さな花束が、いまでも心に残っている。

 

 

 

  (あれは・・・ アタシの初恋なのかな・・・?)

 

 

 

読みかけの文庫本に挟めていたツユクサの栞にそっと目を落とし、アキラは

それを指先で掴んで目の高さにかかげた。ゆっくりと視線が下から上方へと

移動し、一点で定まってそのフィルムコーティングされた蒼色を見つめる。


こどもの頃に初恋の男の子から貰ったツユクサを押し花の栞にして、17才

になった今でも大切に大切に宝物として持ち続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

”ギョッとする ”とは、こういう状況のことを指すのだとアキラは思い切り

しかめた片頬で、目の前に飄々とした面持ちで立つヒビキを眇めた。


自宅1階の廊下奥にある洗面所。その更に奥に浴室への引き戸があり、脱衣

所と風呂場があるのだが。

 

 

夜8時。


入浴を済ませたアキラは、あとは寝るばかりと緩いTシャツとショートパン

ツ姿で洗面所へ続く引き戸を開けた。買ってからだいぶ経ったTシャツは首

元がよれてだらしなく弛み、こぼした何らかのシミも付いてくすんでいる。


ショートパンツに至っては、ウエスト部分のゴムも心許ない状態でそれが逆

に寝るには腹部を圧迫せず丁度いい具合なんだと、自分に言い訳して。


首から提げたバスタオルの端を掴み、ガシガシと乱暴にショートボブの髪の

毛の雫を拭きながら引き戸を開け現れたアキラの目に映ったのは、洗面所で

歯を磨く ”その姿 ”だった。

 

 

ヒビキは、その隙だらけで緩すぎる格好のアキラに一瞬目をやりすぐさま素

っ気なく目を逸らすと、まるでアキラなど見えていなかったような涼しい顔

を向けた。


年頃の男女がこんな狭い空間で鉢合わせしているというのに、全く以って意

識の ”い ”の字も感じられないその横顔に、不本意ながらもアキラの方が

過剰に意識してしまい、髪を拭いていたバスタオルを再び首から提げ咄嗟に

胸元を隠し、露わになっている緩いショートパンツから覗く太ももをモジモ

ジと居場所無げに擦り合わせた。

 

 

すると、真っ直ぐ洗面所の鏡に顔を向けたままその飄々とした横顔はボソっ

と呟いた。それは歯ブラシを咥えている為、くぐもって響く。

 

 

 

  『名前とおんなじで、男みたいだな。


   キモい反応するなよ。


   お前みたいな凹凸無しになんか、僕は1ミクロンも興味ないから。』

 

 

 

その低く抑揚ない声色に、アキラは目を見張り固まる。そして一気に真っ赤

になると爆発するようにその場から飛び出して行った。

 

 

 

  『ムカつくムカつくムカつくムカつく・・・。』

 

 

 

首元のバスタオルを再び掴んで前髪を乱暴にモシャモシャと乱れ拭きながら、

怒り狂うアキラはリビングを通って母親が立つキッチンへと向かう。


その足音は絵に描いたようなイライラ感が溢れ、ドシンドシンとまるでゴジ

ラが街を踏み潰して回るようなそれでフローリングを通して振動が響く。


一人娘アキラの耳障りなそれに、母ナミは顔をしかめて『うるさいわよ!』

と不機嫌そうに一言吐き捨てた。

 

 

 

  『ねぇ、なんで?


   なんでアタシに ”アキラ ”なんて男の子みたいな名前つけたの?!

 

 

   ってゆうか、なんでアイツと一緒に暮らさなきゃなんないの?

 

 

   ヤだよ~・・・


   アタシ、アイツと絶対的に相性悪いってばぁ~・・・

 

 

   ムリ!


   ホントのホントに、アタシ。本気でムリだからぁ・・・。』

 

 

 

母ナミにすがるようにその腕を取りユラユラ揺らすと、夜のリラックスタイ

ムを愉しむために淹れたナミお気に入りのハーブティーのティーカップまで

揺れてユラユラと小さく波打つ。


マロウという名のそのハーブティーは、最初鮮やかなスカイブルー色でそこ

にレモンを数滴たらすとピンク色に変化する美しいものだ。

ブルーが少しソーサーに毀れ、ナミは更に眉根をひそめてアキラを睨んだ。

 

 

『そんなこと言わないのっ!!』 しがみつく娘を鬱陶しそうに振りほどき、

ナミはリビングのソファーに深く腰掛け目を瞑ってゆっくりとハーブティー

の香りを愉しむと、どこか勿体付けるようにしずしずとカップに口を付ける。

 

 

 

  『マキちゃんが入院する間、ヒビキ君ひとりになっちゃうんだよ?

 

 

   気の毒だと思わないの? まだ17よ?17・・・

 

 

   アンタと同い歳なのよ?


   アンタがひとりぼっちで3か月も生活することを想像してみなさい。』

 

 

 

そのナミの強い語気に、アキラは不満気に口を尖らせ黙りこくる。


ヒビキの母マキコが入院することとなり、父親は海外赴任中で簡単には帰国

できないため高校生の息子をひとり置き去りには出来ないと、予定入院期間

の3か月だけアキラの母ナミがヒビキの面倒を頼まれたのだ。

 

 

ナミとマキコは仲の良い母方の従姉妹であり、よってアキラとヒビキは再従

兄弟。俗に言う ”はとこ ”という関係だった。


幼い頃に遊んだ記憶はあるものの、ヒビキ一家の遠方への引越によって暫く

会ってはいなかった。今回顔を見合わせたのが12年ぶりという、酷く長い

歳月が流れていた事実に驚き、互いの ”成長 ”という名の変貌っぷりに言

葉をなくす程だった。

 

  

 

  ”名前とおんなじで、男みたいだな。


   キモい反応するなよ。


   お前みたいな凹凸無しになんか、僕は1ミクロンも興味ないから。”

 

 

 

先程のヒビキの言葉を思い出し、再度苛立つアキラ。


そして、同時にふっと遠い記憶を甦らせていた。

 

 

 

  『カズキ君はあんなに優しくてカッコ良かったのに・・・。』

 

 

 

ヒビキの兄、カズキの想い出に小さくため息をつくアキラだった。

 

 

 


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