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名前を呼んで

作者: ふもふも

俺が初めてその人の光に気がついたのは、太陽の光を浴びた図書室の一角。


彼女は光と共に現れた。




    ───────────────




彼は本を読んでいて、ページをめくる紙のパラリという音も分かるような静かな空間だった。

私はのんきに ─何かの絵画みたいだな─ なんて思った。


日頃図書室なんか足を踏み入れない私にも、初めて見た彼が『噂の人』だとすぐに分かった。

赤点を取った教科の補習のレポートに使う資料を取りに来ている程度の私には、永遠に関わりのない人だと思ってた。





「センパイ、今度は何やらかしたんですか?

「いや、やらかしてないから!

 バカだけど、四六時中バカじゃないからね!

 ただ手伝いってだけだよ。

 だいたい『図書室の(きみ)』こそ、こんなコピー室に何をしに来たのさ?

 ここは図書室じゃないよ」

少し薄暗い、紙とカビの混じる匂いのする部屋で、指定された資料を黙々とコピーする私。

後ろでは先生が切り取った印刷物を、必死でのりで張り合わせてた。

今日使うプリントを作り忘れたらしい。


このちょっとドジで人間味のある先生を私は嫌いではない。




「センパイを探してました。

 理由は秘密です」

「あっそ、なら一緒に手伝いなよ」

手はいくつあっても多すぎるという事はない。

それだけ早く終わるからね。


「わかりました」と頷く『図書室の君』はそれはそれは綺麗な顔で微笑んだ。





あの日絵画を思わせるような状況で、初めて出会った『図書室の君』は学校ではとても有名な子だ。


花岡 凪(はなおか なぎ)、一学年生。

繊細な顔立ちに、儚げな印象。

光に透かしても漆黒の髪は癖もなく、稀にみるキューティクルを保っていて、すぐに爆発する髪を持つ私を嫉妬させるレベル。

頭も良くて特進クラスにいる学校のエース。

大概図書室にいて本を読んでいて、どこか遠くを見つめているのがよく似合う雰囲気を持っている。

特進科なんて恐れ多くて、普通科の……それもなんとか下に食い込んで入学できた、万年落ちこぼれの私との接点は、普通に暮らしてたらほぼ皆無だろう。

それなのに、花岡はこうやってそばに寄ってくる。



「一体どうしたのだ!何が起こった?!」と言いたい。

特進科の女子には「身の程知らず」と罵られたり、普通科の女子にも「ちゃっかりしやがって!」と言われたり、バカな私にはいつの間に仲良くなったなんて、これっぽっちもわからない。


彼がなついているのはわかる。

でもなついてはいるけれど、なんとなぁ~く花岡からの『特別な好意』は感じてない。

ただそばにいる。

そんな不思議な関係だ。




「ところで何で私の居場所分かったの?

 先生にはいきなり拉致られたから、誰も知らないはずだけど?」

横で先生が「不穏な言い方をするな!」と言うけど、無視して花岡を横目で見る。

「..........『目が見えない何かが教えてくれた』って言ったら信じますか?」

「笑えない冗談だね。

 オカルトは苦手なんだ」

ブルリと身震いをする。

「でしょうね」と知ったような顔で笑う花岡は、今にも消えて居なくなりそうだった。


いつも感じる不安。

何に苦しんでいるんだろう?

人は消えてなくなったりしないはずなのに、花岡はいつだって儚い。

男のくせに消え入りそうで、水気があると溶けてなくなる綿菓子のよう。



「まぁその、何があったかは知らないけど、辛いときはいつでも待っているからさ。

 なんというか.....気にしない方がいいよ」

ちょっと不安になって、こっそり横目で見ながら声をかける。

「そうします」と言ってふんわりと笑う花岡。


青春だ!と言い出しそうな先生はとりあえず無視してやった。




一体何でお金持ちでもない、顔立ちだっていたって普通の私に、花岡は寄ってきているんだろう。

こういうキレイな人は、キレイな子と居るもんだ。

『美女と野獣』は聞いたり見たりするけれど、その逆の『美男とブス』は未だに私は見たことも聞いたこともない。

あの時図書室に行って目が合わなければ、花岡は一生関わりないはずの人なのだ。


私は『勘違いしたら絶っ対にダメだ』と強烈に言い聞かせた。


その思いを私は心にしっかりと叩き込んだお陰で、将来「センパイって本当イラつきますよね」なんて言われてしまうわけだけど。



とにもかくにもあの日あの時図書室が、私の分岐点であったことは間違いない。




    ───────────────




図書室は俺にとって、唯一安全な場所と言える。

でもそれは、完全に安全な場所とは言えない……。



小さな手が本を持つ手を撫でる。

ゾクッと鳥肌が立つけれど、何も言わない。

誰も気付かれないように軽く深呼吸をして、心を落ち着ける。


振り回されちゃだめだ。



机の下からクスクスと笑い声が聞こえる。

『ねぇ見えてるんでしょう?

 聞こえているんでしょう?』

太陽の光が体に当たっているのに、指先は血の気が引き冷たくなっていた。


『ねぇほら、見てよ』

膝の上に見知らぬ女の頭が乗り、嫌でも視界に入ってくる。


.....首から下がない。


『ビックリした?

 ビックリしたでしょう!

 あぁ可笑しい..........ねぇ?

 なんでなのよ?

 何で私は一人で居なくちゃいけないの?

 何で私は死んで、あんたは生きてるのっ!!』

ドロリと頭が膝の上で溶けだす。



あぁまた(・・)だ。

普通の人には見えざる者、俗にいう『霊』は、こうやって当たり散らす。

悔し紛れに八つ当たりをする。


助けて欲しいと願い、すがってくる。

何も出来ない俺に苛立ちと不安をぶつけてくるのだ。



その『霊』は周りの声が聞こえなくなる程の耳障りな笑い声を上げていたけれど、突然廊下の方を見つめ、小さくため息を吐いて不意に消える。


いつもなら体調が悪くなるくらい絡んでくるのに?


視線だけで周辺を確認する。

図書室の隅に何もせず立ち尽くしていた『霊』も居ない。


どういうことだろう?


図書室は日当たりが良くて『霊』が比較的少ない。

だからと言って、全く居なくなることはなかった。



部屋に響く「ガラリッ」という音に我に返る。

少し驚いてしまったけれど、本に集中しているフリをした。

それでも目の端に入るキラキラとした光。


初めて見る人だ。

上級生だろうか?


女の人は本を探しうろうろと歩き回る。

気付かれないように視線を動かすと、光が溢れるように図書室を満たす。


キラキラキラキラ。


窓の外にいた『霊』は、彼女が近付くのに気づくと慌てて逃げ去った。


こんな人が居るとは思わなかった。

ひどく感動した。



「何を探してるんですか?」

胸がドキドキする。

火に引き寄せられる虫のように無意識に近付き、声をかけていた。


「おぉうっ!

 .....ビックリしたよぉ」

俺を認識するとのけ反って驚く彼女は、軽く深呼吸しチラリと周りを見てからちょっと困った顔をする。

どうしたのだろうか?と不安になりながらも、言葉を続けた。


「俺、図書室入り浸ってるから、探すの手伝いますよ」

「実はねぇ赤点とっちゃって、提出物の資料を探してるんだ」

「あー」とか「んー」とか唸った後、恥ずかしそうに小声で話す彼女からは、相変わらずキラキラと光が溢れる。


本を探すフリをしながらさりげなく付いていく。

「えっと、2学年の方ですか?」

「そうだよ、キミは図書室くんでしょ?」

「図書室くん?」

横目で見ながら、フフフと笑うセンパイに思わず聞き返す。


なんだそれは?


「うん、キミが図書室にいつもいるって噂で、学校では『図書室の君』って呼ばれてて、なかなか有名人だよ」

「.....なんかやだなぁ」

『霊』ばかり気にしすぎて、全く知らなかった。

学校内で一番『霊』が少ないから、いつも居るのは事実だけど、知らないところで話が上るのはあまり嬉しいものではない。



「よし、これでいいや」

本を手に取り、こちらを向いてセンパイは「時間を割かして悪かったね、ありがとう」と微笑む。

「いえ、俺は何もしてませんから」

微笑み返すけれど、実際は焦りを感じていた。

このままサヨナラをしたら、もう関わらないかもしれない。



「あの、その勉強教えましょうか?」

慌てて何かのきっかけを得ようと声をかける。

「え?悪いよ!」

ブンブンと頭を左右に振るセンパイ。

「あ、俺、後輩なのにすみません.....偉そうに」

「いやいや、そういうことじゃなく!

 周りもこわいし!」

「こわい?」


センパイも俺の周りに居た『霊』が見えるのだろうか?


「女子にイビられるなんてこわいよ。

 キミは憧れの『図書室の君』なんだからね!」

ワタワタとするセンパイはチラリと周りを確認した後「今だって充分まずいんだよ?!」とこっそり呟く。

チラリと周りを見回すセンパイの動きにようやく視線を感じて(あぁ、なるほど!)と納得した。

『霊』の方がちょっかいを出してきて目障りだった分、このあからさまな視線が気付けなかったのだ。



でも俺だってこんな人、滅多に出会えないと思える。

なんせ、生まれて初めて見たんだから、安易に「サヨナラ」なんてことなんてできない。

せめて俺を見て『図書室の君』なんて馬鹿げた名前ではなく、『花岡 凪』という名前を思い出してほしい。


「それじゃ他所でやりましょう。

 その内容なら俺わかりますんで」

センパイの持った本をチラリと見て、有無を言わさぬよう畳み掛ける。

現実から目をそらすために勉強に向かっていた事が役に立った。


「えっ?ちょっと!?」と慌てるセンパイを無視して「荷物持ってくるんで、第一校舎の入り口で待っててください」と伝える。

こういうときは勢いだとどこかで聞いた。


センパイから離れると、廊下や教室に普通に居る『霊』。

追い縋るように手を伸ばしてくる姿に少し顔をしかめる。

でも足取りは軽い。


あの溢れる光を知ってしまった今、気付かれないように息を殺して我慢する事なんてもうできない。

存在に気付かなかったのが不思議なくらいだ。




    ───────────────




自分の教室の前をセンパイが歩く。

俺と目の合ったセンパイは、片眉をひょいっと上げた。

なかなか器用な眉だ。

でもそれが嬉しい。


センパイが俺を認識していてくれる証拠だ。



あの図書室での出会いからだいぶ打ち解けてくれた。

偶然を装って何度も会いに行った甲斐がある。


確かセンパイの次の授業は美術だったはず。

俺がセンパイの授業を把握してるとか知ったら、センパイは引くだろうな。


朝からずっと、まとわり付いていた『霊』が、煙のように消えていなくなった。


やっぱりセンパイはすごい。




「お、キラキラ先輩か」

不意に聞こえた呟きに、そばの椅子に座り、だらしなく足を組んで頬杖をつく男に目を向けた。

緩くしめられたネクタイ、茶色くはねた髪はパーマなのだろうか?

この男は.....と頭を巡らすけれど、名前が出てこない。


「きみ、センパイの光が『見える』の?」

あの光は普通(・・)の目は見えない。

突然声をかけたのが驚いたのか「は?」と不審げに見られたけど、そばの椅子に座っていた男は軽く左ほほを上げた。

「まさか中間テストも終わって、まだクラスにいる人間の名前も覚えてないわけ?」

呆れるように放たれた言葉ではあるけれど、顔はにやついてるままだ。

「図書室君も『見える』から、いつも変なのにまとわりつかれてんだな。

 なるほどね、キラキラ先輩と一緒にいるわけだ」

納得したように頬杖をつき見上げながら「俺は尾瀬 銀二(おせ ぎんじ)だよ」と自分の名前を告げた。


また『図書室君』か。

いったいどのくらい俺はその名前で呼ばれているんだろう.....イヤだな。



「尾瀬君は『見える』のに、付きまとわれてないよね」

改めて自分の疑問を尾瀬に問う。

本人から『見える』ことを言われるまで、全く気付かなかった。


『霊』は反応が嬉しい。

だから俺のように見える人に寄っていく。

自分はここに居るんだと確認でもしたいのだろう。


そう思っていたのに、なぜ?



「当たり前。

 あんな面倒なの、そばに居させるわけないし」

両腕を上に突き上げて体を伸ばす尾瀬は、どうやら意図的に『霊』を近づけずにいられるらしい。


どうすれば良いのかわかるのなら知りたい。

俺だってこんな生活はもういやだ。


センパイと一緒に居て、わずらわしく感じてしまう『霊』のいない普通の生活を知ってしまった。



「どうすれば出来るのか教えてよ」

「あーー?そんなの簡単。

 『来るな!』『消えろ!』って念じればいいんだよ。

 一般的にもお祓いだとか、色々あるだろ?

 要は『どのくらい相手より気持ちが強いか』だ。

 あいつら実体はないからな。

 ま、図書室君は無理だろうけど」

ニッと笑う尾瀬は立ち上がり、俺を軽く見下ろす。


俺より頭ひとつ分大きいだろうか?

にやついた顔で見下ろされると、ちょっとムカッとする。

悔しいから言わないけど!


「どうして?」

「図書室くんは嫌がりながらも、心の隅で『可哀想に』なんて同情的だ。

 そんな『迷い』があるなら追っ払うことなんて、できっこないわな」

俺の胸をこぶしでトンッと突くと、尾瀬は教室から去っていった。





「居るかどうかは別として、センパイはオバケとか幽霊って嫌いですか?」

光のある方へ歩き、印刷室で見つけたセンパイの手伝いをして、廊下を一緒に歩く。

「メチャクチャ苦手。

 てか、知ってるでしょ?」

センパイは腕を擦る。


だから?

だからセンパイの光は強いのだろうか?

光は……センパイの光は、あんな綺麗な光が拒絶の光なのだろうか?



「だからね、いるって言われるとこでは『ごめんね』って思ってるんだ」

続くセンパイの言葉にハッとする。

「『私は何も力がないです。ごめんね。どうしても怖いから、悪いけど出てこないでください』って思ってるんだ。

 怖いの本当に苦手なの」

心持ち眉尻を下げて「怖がりだよね」と言いながら微笑むセンパイは、やっぱり溢れる光のように優しかった。


そうか、俺はどっち付かずだった。


センパイのように思うこともしない。

尾瀬のように突き放すこともできない。


『霊』は弾き飛ばされているのではなく、センパイの気持ちに納得して、自分から消えているのかもしれない。


そう思うと心が楽になった。




    ───────────────




結局なんだかんだ、尾瀬 銀二とは共に行動するようになった。

尾瀬は「俺とお前が居ると、女の子と仲良くなれるチャンスが増えんだよね」とか言ってへらりと笑う。

結局のところ俺も尾瀬に『霊』を追い払ってもらったりして、初めてまともな学生生活を送れるようになったから、あまりこだわらないことにした。

一緒にいると、案外尾瀬は楽しいやつで『尾瀬くん』から『銀二』と呼ぶようになるのはもう少し先の話。


そして、センパイを好きなのだと自分自身が気付くのはもっと先の1年後くらい。

俺の気持ちに全く気づかず、他の男と付き合おうとするセンパイを落とすのには、それから2年もかかる一大事業だった。



光は今でも俺を包んでいる。






色々と逃げた回った結果の短編でした!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一行。二人はうまくいってそうでなによりです。 [気になる点] センパイ落とすとこ、そこカットなのね……。
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