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9.名前

 エレニアと別れて巣に戻った後、寝床で子狼の遊び相手になってやっていたが、先ほどの説明が頭から離れずにいた。

 今はこうして楽しそうにコロコロしててキャンキャン吠えてるのに、あとニ、三ヶ月もしたら……

 何だか少し怖くなったような気がした。この子急に狼の本能取り戻して僕のこと襲って来ないよね?寝てる間に首かじられて死ぬとか嫌だよ?

 この子が成長していく過程はよく分からないけど、本来ならものすごく険しいんじゃないかな。この子だって既に親から独り立ちをした身なんだろうし、もう狩りの本能やスキルには目覚めているはずだ。ならば、その新芽を枯らすのは非常に良くない。

 明日からは、自分の食料は自分で用意してもらおう。きっとこの子ならば、小さな鳥くらい何てことなく捕まえられそうだ。

 そう考えていると、子狼がそわそわし始めた。何だと思っていたが、子狼が背を丸くして座ったその瞬間、過去の記憶や本能的な直感が結び付く。

 素早く子狼を抱き上げ、巣の外に出す。子狼は間もなくして、俗に言う小さい方の排泄をした。

 危ないところだった。僕の寝床でされたら堪ったもんじゃない。ドラゴンだって怒るだろう。

 無事排泄を終了した子狼は、なおも焦りの表情を消せない僕の顔を見て、高い声で吠えた。……このワルガキ……。

 だが、一つの疑問が晴れることになった。この子女の子だ。

 ずっと名前を付けてあげたいと思っていたので、そのために性別を知りたかったのだが、そんなにじっくりと観察するのは何だか抵抗があって、やらなかった。ズバリ言えば種族が違うとはいえ性器をまじまじと見るのは生理的に不可能だ。

 寝床に連れ戻してから、腹ばいになって目線の高さを同じくらいに合わせる。鼻先を噛まれた。

 この子結構ないたずらっ子だな。ならばそれにちなんだ名前を……

 いたずらっ子にちなんだ名前?

 無理だ。ボキャブラリーの棚が小さ過ぎる。

 こういう時は直感に任せるのが一番だ。

 この子の鳴き声って、すごく高い声してるから……『ベル』。決まり!

 ざっくりしすぎだろうか。でも悪くないでしょう?

 僕の内のドラゴンが何だか言いたげだ。何々?お前も名前欲しい?

 毎回『僕の中のドラゴン』って呼ぶのもさすがに面倒だ。

 うーん、種族名は何て言ったっけ、『ブルータルドラゴン』?

 …………『ブラウ』。どう?

 何か言いたげな感覚は未だ無くならないが、そっちが気に入らなくても僕はこれで呼ぶからな、ブラウ。お前に名前を考えるだけの気楽さがあれば任せるけどさ。

 目に映るもの全てに襲いかかっちゃうお前にはその繊細さも無いだろう?

 ……これ以上言ったら本当に怒られそうだ。左腕がピリピリしてきた。こいつの怒りは絶対にヤバい。絶対に、ヤバい。

 ベルと名付けた子狼はまだコロコロと寝床で転がっている。落ち着きも無く遊び回るその様子を見ていると、本当に図鑑の説明文のように強くなるのか心配になる。しかし虫を前足で押さえてかじりついた時の表情は本物だったから心配する必要は無いのだろう。そう信じたい。

 だいぶ暗くなってきた。月明かりだけでは少々暗すぎる。竜の眼が暗闇に強いのは何度も体感してきたが、人に近い生活をするならばこの暗さは不快だ。

 僕は寝床から立ち上がり、巣の中に落ちている手頃な枝を拾い集める。しかしどうも数が少ない。爪があれば木から枝を切り落とすことができたが……。

 自分の手を睨みつける。と、気付いた。早くも爪が伸びてきている。一瞬暗さゆえの見間違いかと思ったが、それに触れて確信に変わる。まだ何かに突き刺したり、何かを掻き切ったりするには頼りないが、人の爪よりかは使えそうだ。

 しかし、やっぱりこの程度では木の枝を切り落とすなど不可能なので、諦めて地に落ちた枝を拾い集めることにした。

 ベルも後ろからついてきている。独り立ちした割には結構べったりだ。

 両手いっぱいに枝を抱える頃には、ベルの姿は見えなくなっていた。どこかに行ってしまったのかと思ったが、巣の方からごそごそと物音が聞こえるし、多分そこにいるんだろう。

 大量の枝を持って巣に戻ると、ベルが小さな木の枝の山を作っていた。どうやら僕の視界の外でしっかりと枝を集めて巣に持ち帰っていたらしい。この子意外と賢い。アサシンって言うくらいだし、仲間との連携もしっかりと取るくらいの頭脳ならこれくらいは容易いのだろうか。

 なんにせよ、協力してくれるのは非常にありがたい。

 土を浅くお椀状掘り返し、干し草みたいなものと枯葉を並べる。そこに枝を積み上げ、それに向かって弱めに火を吹くと、火は案外簡単に点いた。

 ベルはその火と距離を置いていた。さすがに火は怖いか。

 しかし明かりは確保できた。夜の冷たい空気も幾分か暖まる。

 試しに、火に触れてみる。やっぱり熱い。竜の体とは言え、さすがに熱いようだ。でも火傷を負った時みたいなヒリヒリした痛みは無かった。さすがは竜の鱗。

 枝を集めた疲れか、火の暖かみによる安心感からか、段々と眠気がやってきた。

 僕はその眠気に任せ、寝床について目を閉じる。ベルが腕の中に入り込んで丸くなる。こいつは本当に甘えん坊だな。

 そして、僕の意識はそのまま眠りに落ちていった。


 狼が視線の先を走る。颯爽と駆け抜けるその姿は野生の美しさを見せていた。

 翼を広げ、宙へと体を浮かせる。たった数秒で、狼が小さく見えるほど離れる。

 狼の視線の先、そして自らの視線の先には、黒い暗雲に覆われた暗い大地。そして正面には黒いドラゴンの姿。

 禍々しいオーラをその身にまとい、何者も寄せ付けまいとするどす黒い凶器のような殺気。

 あいつだけは許さない。そう固く胸に結びつける。

 牙を剥き、風よりも速く黒いドラゴンへと突撃する。

 ぶつかり合う互いの爪。鱗。

 次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

 奴は腕を上げ、爪を向けこちらへと急降下する。

 体は鉛のように重く、起き上がろうにも起き上がれない。

 奴の爪が眼前に迫る。ガードのために腕を出すも、間に合わない。

 ……殺られる。


 飛び起きる、とはまさにこのことだろう。

 僕は体の下にバネでも置かれていたかのごとく上体を跳ね上げ、右手を首に、左手を胸に当てる。……なんともない。

 荒い呼吸と、飛び出そうなほど強く拍動を繰り返す心臓を整えながら、自分が夢を見ていたのだと思い至る。体は冷や汗でびっしょりだ。

 ベルの弱々しく鳴く声がする。そちらを見やると、丸くなって怯えた様子でこちらを見ていた。

 僕はベルを怖がらせないようゆっくりと抱き上げ、頭を撫でてやった。ベルは僕の顔を控えめに舐めていた。

 ベルを抱いたまま近くの川へと向かう。キラキラと朝日を反射するその光景は、心を穏やかにしていった。

 ベルを川辺に下ろし、僕は川の深いところまで歩いていく。冷たい刺激が、火照った体を冷やしてくれた。

 顔を川の中に突っ込み、そのまま水を飲む。一気に飲んだせいで頭が痛くなる。しかしそのおかげで寝ぼけた頭は冴え渡った。

 顔を上げて空を見る。薄く雲がかかり、ところどころに青空が見える綺麗な空だ。まだ明け方ということもあり、若干暗く、薄紫がかったその感じは、神秘的、と表現を選ぶにふさわしい風貌を漂わせる。

 僕は川から上がり、水を飲もうとして川に顔から落ちたベルを川辺に座らせてから自分も座る。まだ鼓動は収まりきっていないが、気分は落ち着いた。

 久々にあんな夢を見た。今でも記憶にしっかりと残っている。

 あの黒いドラゴンはなんだったのだろう。そして、奴に対して誓った内容。『あいつだけは許さない』。あれは一体?

 考えても仕方がない。だが、疑問点が多すぎるせいで探究心が旺盛になる。

 それでも日が昇るまで考え続けるなんてのは時間の無駄だ。僕は巣へと戻ることにした。

 後ろからベルが走ってついてくる気配を感じながら朝の森を歩く。中々優雅な気分に浸ることができた。

 巣に着いて、さっきは気付かなかった異変に気付いた。

 昨晩の焚き火の後と見られる灰が、寝床のすぐ近くに倒れて来ていた。悪い夢を見たのはこいつの仕業だろう。

 焚き火を焚いたまま寝るのはもうやめよう。そう心に誓った。毎朝こんなことをしていたら身が持たない。心も変な気を起こしそうで心配だ。

 灰を片付けてもう一度寝床へ横になる。ベルは遊びたそうにしているが、今はそんな気分じゃない。それでも仕方なく、焚き火用の木の枝をポイっと投げてやった。ベルは木の枝を追いかけて行った。

 急に訪れた静寂の中、僕は自身がドラゴンであるということを再認識していた。

 夢の中でまで空を飛ぶようになったこと、どうやって体を動かせば上手くバランスがとれるのか、とかもちゃんと意識していた。

 真っ先に仕掛けた攻撃は爪による突き。人間ならば思い付くことはない。

 ブラウの意思なのかもしれない。そもそもあの夢自体もブラウが見せていたものかもしれない。

 そう考えると、ブラウは僕に何をすることを望んでいるのだろうか。

 また僕の詮索癖が始まる。結局僕は、陽が高く昇るまで考え事をし続けるのだった。

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