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5.竜のココロと僕の意思

 やっとオレの声が聞こえるようになったな。

 もしかして、僕の中の……

 お前の中なんかじゃねぇ。むしろお前がオレの中にいるんだ。

 間違いない。これはドラゴンの声だ。僕に語りかけてきている。

 お前を見ているとイライラしてくる。もっとこの体を有効に使えってんだ。

 そんなこと言ったって……

 頭の中で語り合う、何とも斬新な気分だ。

 翼の使い方くらい早く覚えてくれねぇか。それに爪だって折っちまいやがって。いつも狩りには爪を使ってたくせに。どうやって仕留めるつもりでいる。

 殴って動きを止めてから牙でトドメを刺せばいいと思って……

 それがお前にできるのか。

 ドラゴンのその一言に、僕は言い返すことができなかった。

 お前は優しすぎる。もう見ていられない。お前、オレの体を返せ。

 ドラゴンがそう言った瞬間、僕の左腕が強く痺れる。

 この程度の呪い、木の柵をぶっ壊すくらい簡単なことだ。

 僕の意識は徐々に蝕まれていく。もう前が見えない。

 じゃあな。


 慌てて飛び起きる。

 腕を振り回し、足を地面に立てるも、ガクガクと震えてすぐに転んでしまう。

 地に伏したまま、右手で自分の頬に触れ、左腕を見る。そこには、薄っすらと光をもった紋が刻まれているだけだった。

 ……夢?それとも、ドラゴンが好き放題暴れまわった後、また僕の意識が戻ったのか?

 深呼吸を繰り返し、胸を落ち着ける。ある程度落ち着いたところで、川に向かって歩き出した。

 水面に映る自分の顔は、不安な色に染まっていた。ただ、まだ寝ぼけているだけかもしれない。

 僕は川の中に頭を突っ込む。その勢いが強すぎて、体ごと川に転げ落ちてしまった。全身びしょ濡れになったが、おかげで眠気は覚ますことができた。……浅い川でよかった。

 しかしまだ頭が混乱している感覚がある。僕は川の中に座り込んだまま、意識を集中させる。

 ドラゴン……答えてくれ。お前は僕を押しのけて出てきたのか?

 ……どれだけ待っても返事はない。どうしたら確認が取れるだろうか。

 そうだ、エレニアだ。

 もし僕……ドラゴンが盛大に暴れまわったのなら、街にも何か噂されているかもしれない。そうなれば、エレニアだって何かしら知っているはずだ。

 僕は川からざっと上がり、そのまま街の方角へと走った。お腹は空いているが、それ以上に気になって仕方がない。

 昨日エレニアと会話をした場所にたどり着くと、そこには白衣の男が佇んでいた。背を向けているせいでよく分からないが、タバコでも吸っているのだろうか。

 僕は木の陰に隠れ、そこから覗き込むようにして、様子を伺った。

 すると、奥からエレニアが現れた。

 ナイスタイミング!男性は依然として背を向けたままだ。エレニアは正面を向いている。

 僕は木の陰から顔を出し、手を振った。エレニアは僕に気付いたようだった。

 彼女はフッと笑顔になり、近くに来る。そして僕に、「少し待っていろ」と言い、男性の方へと向かっていった。

 彼女は、男性といくらか会話をしたのち、男性をこの場から立ち去らせた。完全に姿が見えなくなったのを確認すると、彼女はこちらへとやってきた。

「どうしたんだ、こんな昼間に」

 この様子だと、特に何もなかったように見える。僕はホッと胸を撫で下ろした。

「あ、そうそう。今朝、何人かの人にドラゴンについて尋ねてみたんだが、全員が怖いと答えていた。それがもし、元人間で、まだ人間としての意思を持っていたらどうだ、と聞いてみたら、それでもまだ怖いと答えた」

 エレニアは急にそう言った。僕はおとなしく聞いていた。

「やはり、魔物と人間は解り合うことなどできやしないのだろう。両者の間に恐怖の壁がそびえている。楽しくおかしく一緒に暮らせるようになる、なんて、不可能なんだろうな」

 彼女は夢を語るような口調でそう言った。僕は彼女の人生を狂わせているのではなかろうか。

「さっきから浮かない顔をしているが、何かあったのか?」

 彼女が僕の顔を覗き込み、そう言った。……伝えるのが難しい。

「上手く伝えられないか。なら、無理に教えてくれなくてもいい。もしこの街の様子が気になった、と言うのであれば、答えは何も変化は無い。だ。何かに襲われたりなんかはしていない」

 それ僕が今一番知りたかったこと!

 僕は大げさに安心した素振りを見せる。

「なんだ、ドンピシャか?悪い夢にでもうなされたのか?」

 それもドンピシャ。

「私もお前のことが大分分かるようになってきたな。ドラゴンと会話してる女医なんて、この世界に私くらいしかいなさそうだ」

 これを会話と呼べるのであれば、だが。

 でも、何事も無いようでよかった。僕の思い込みで済んでくれて本当に助かった。

「知りたいのはそれだけか?」

 僕は頷いた。そして、彼女に小さく頭を下げると、森の中へと帰って行った。


 今日やるつもりでいることを頭の中に並べる。

 森の探索、空を飛ぶ練習、狩り。

 どれから取り掛かろうかと考えているうちに、自然と足は崖を登っていた。最初は何事かと思ったが、どうやらドラゴンが空を飛ぶことを強く意識しているせいで、僕にも影響が出ているらしい。

 確かにこれが得策かもしれない。空を飛ぶことを覚えたら、狩りにも探索にも使える。行動できる範囲を大幅に広げられるのであれば、メリットは大きい。

 崖の上までたどり着き、空を見上げる。夜の星空から一転、雲ひとつない青空が広がっていた。そして、今度は真下に目を向ける。目がおかしくなりそうな絶壁。高さ的には20mほどだろうが、実際目にしてみると分かる怖さ。

 昨日と同じ不自然な興奮が訪れる。この興奮に身を任せて、僕は崖から飛び出し……たかった。

 ドラゴンのため息が聞こえた気がした。仕方ないじゃん!紐なしバンジージャンプとか僕からしたら自殺行為だぞ!

 崖から五歩ほど下がり、深呼吸をゆっくり三回繰り返す。

 ……大丈夫。しっかりと翼を広げ、空気をつかめば真っ逆さまに落ちることはない。それに、滑空ならできたではないか。……もしかしたら夢の中で滑空していただけかもしれないが。

 くよくよ悩んでいても仕方がない。

 自分の顔をぴしゃりと叩く。そして崖に向かって大きく踏み出した。

 崖の淵に足をかけ、空に目がけて体を投げ出すと同時に、翼を目一杯広げる。そのまま重力のおもむくままに僕は下に落下する。

 僕は翼に意識を集中させ、上手く風に乗れるように調整する。すると、体がふわりとした感覚に包まれ、僕の体は緩やかな角度で滑空をしていた。その間、僕にはとても長く感じられたが、地面との距離を見るに、崖の上から見た景色と大差なかった。ドラゴンが手助けをしてくれたのだろうか。

 なんとか成功だ。だが、まだ滑空をしているだけ。今度は羽ばたいて、自らの力で高度を上げなければならない。

 翼に力を込め、勢いよく上下に動かしてみる。翼はバサッと音を立てた。しかし高さはあまり変わっているようには見えない。むしろ下がっているような気がした。

 もう一度、さっきよりも強く羽ばたく。より一層大きな音が出て、僕の体は少しだけ上昇した。

 ほんの少しの進歩だが嬉しかった。僕はその感情のまま、翼を羽ばたかせる。体は素直にぐんぐんと高度を上げて行った。よかった、なんとか成功だ。

 そして、僕はそのまま緩やかに滑空を続けた。着地するタイミングや場所を見失ったというのが本当のところだが、それならそれで空からの景色を楽しんでおこうと思った。

 人間のうちには一度も見ることがない景色に、一度も体験することのない、自らの翼で飛ぶという感覚。元々人間であった僕にとって、これは何事にも代えがたい楽しみになっていた。

 しばらくそのまま飛び続けていると、岩肌が露出した場所を見つけた、森から外れた山の麓だ。ここまで来るのは初めてのことだが、今の僕にならここから家に帰ることもできるだろう。

 比較的岩が少なく、更地になっている場所に向かって着地する。その際、バランスを崩して地面に顎をぶつけてしまったが、幸い怪我にはならなかった。さすがドラゴンの鱗。

 山の方面には、大小様々な岩が転がっており、また大量の砂が地面をざらつかせていた。こちらに行くのはまた今度でいいだろう。

 今は森の中を探索するのに専念したい。ここから家に帰ろうとして歩けば、それなりに探索にもなるだろう。

 僕の危なっかしい探索は、ここから始まったのだ。

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