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4.『イーリス』

 僕は巣に戻ってからずっと夢見心地でいた。

 一番の要因はイーリスという名を貰ったことだ。頭の中で繰り返し唱えてみる。その度にどんどん気に入っていった。口に出して言ってみたくなり、発音したら口から出たのは猛々しい竜の声だった。……ちょっとヘコんだ。

 しかしそんな楽しい気分だってずっと浸っていられるわけではない。

 食べ物のストックはもう果物しかない。近いうちに肉を食べた記憶もない。そろそろ体が訴えてくるだろう。

 明日は狩りをしよう。そう決めた。

 エレニアとの会話で、僕の中である程度の覚悟が固まったような感じがしたのだ。今の僕にならばきっとできる。

 例え元人間であれ、ドラゴンであることに違いはない。それだけは避けられない事実なのだ。

 ならば、いい加減腹を括って無駄な雑念など捨て去らねば死ぬ。大げさかもしれないが、極論を言えば間違っていない。

 空を見上げた。葉っぱが生い茂っていて、夜空があまり見えないが、隙間からは綺麗に煌めく星々が見えた。そんなまばらな星空を眺めているうちに、葉っぱに邪魔されない、一面の星空を見たくなった。

 僕は衝動のまま体を起こし、森の中の高い場所、切り立った崖の上を目指して歩く。

 本当は飛んで行きたいのだが、翼の動かし方がまだよく分からない。広げて滑空するくらいしか、まだ上手くできず、背中の翼が邪魔に思えて仕方がない。僕の中のドラゴンはそんな様子を見て笑っているだろうか、それとも「そんな簡単なこともできないのか」と呆れているだろうか。教えてくれよ……僕の中のドラゴン……。いつも僕の行動を見ているのなら、教えてくれたっていいじゃないか。

 ……時々、僕が姿を借りているドラゴンに語りかけられているような気分になる。語りかけられて、という表現よりも、怒鳴りつけている、の方が近いかもしれない。

 自分でない何かが、頭の中をジロジロと観察しているような緊張感が、常に僕を襲っている。狩りの時や、何かに襲われている時なんかはそれがもっと強くなる。そんな時には、左腕の紋が生み出す痺れも痛いくらい強くなる。竜の戦闘本能、というやつなのだろう。

 当然向こうは、僕のことを押しのけて表に出てこようとしているのだろう。それを許せば、竜の本来の力を全面に発揮し、高い戦闘能力を生み出すことが可能だ。だがしかし、人を襲う可能性だってある。今まで一度も開放したことはない。もし開放してしまったら、僕の人格も、今のドラゴンのように内側に閉じ込められたまま出てこられなくなるのではないかと、恐れている。こんな恐怖は今までになかった。

 ただ、このドラゴンもいつもトゲトゲしいわけでもなく、大人しくしている時には、なんだか親しげな雰囲気を醸し出す時がある。なんというか、ニュアンス的には「果物ばっかり食べてて、そろそろ肉の味を忘れそうだ」とか、「ゴロゴロ考え事ばっかりしてないで、いい加減狩りにでも出かけたらどうだ」とか、大概からかっているような感じだ。実際そんな感じなのかどうかはわからないが、バカにされているのは明らかである。

 なんだかんだ考えながら道なりに歩いていると、木々が少ない崖の上に出ることができた。早速真上に首を上げてみる。

 そこには想像を超える景色が広がっていた。

 かつてこんな星空は見たことがなかったと言えるくらい、その夜のとばりは美しかった。竜の眼の視力もあるだろうが、今まで、夜になったらモンスターの襲撃に怯えたり、この先どうして生活しようかと考えていたりの繰り返しだったため、ゆっくりと空を見上げる余裕がなくなっていた。そんなストレスの中で見上げる夜空は、僕の心の黒い(もや)を幾分か消し去ってくれた。

 しばらくそうして空を眺めていたら、段々と眠気がやってきた。僕は空を眺めるのをやめ、崖の方へと近づく。

 真下には森が広がっている。遠くには、先ほど見たよりも明かりの数が減った街が小さく見えた。

 ここから翼を広げて飛び降りてみれば、飛ぶ練習にはなるだろうか。明日試してみよう。僕の中に、不自然な興奮が現れる。おそらくドラゴンが原因だろう。

 だが僕は崖を徒歩で降りることにした。不自然な興奮も、一気に冷める。僕にまでスカッとしない気分が襲ってきた。感情もある程度リンクするみたいだ。

 寝床に到着すると、果物を一つだけ口に放り込み、ある程度噛み潰した後、それを嚥下した。小腹が空いた、というやつだ。夜食も欲しくなる。

 満足とまではいかなかったが、食べ過ぎるのもいけないので、僕はそのまま眠ることにした。目を瞑ると、さっきの星空がまぶたの裏に貼りついていた。


 ……オレの身体を使っているニンゲンが眠った。

 こいつ、確か、イーリスって名前を貰ってたっけ。さっき崖下を覗いたから、もしかしたら飛ぶのかなって興奮しちまって。それなのにイーリスのやつ、そのまま振り返って、わざわざ歩いて崖を降り始めた。……つまらないことこの上ないっての。

 確かにオレはイーリスに比べたら頭も悪いし、何かとすぐに力で解決しようとする癖はある。でも、逆にイーリスは慎重すぎる。このままじゃお互いストレスなだけだ。どうにかしないといけない。でもどうしたらいい?

 オレは、どういうわけかこの体を動かせない。動かそうとしても、いつもいつもビリビリと痺れる。なんなんだ一体。

 もし、イーリスの知識とオレの行動力や力が合わされば、かなりの強さを誇るに違いない。そう思って、オレはイーリスの手助けをしようとしてるのにな。

 狩りの時だって、獲物の隙を見抜けないし、地形を生かした立ち回りだってできてないし、やっと放った攻撃もかすめるだけで終わってしまったり。正直に言ってセンス無い。全然ダメ。

 強いやつに襲われてる時なんてもっと怖い。変な逃げ方するし、翼はただ邪魔になってるだけ。今まで逃げ切れたのもほとんど奇跡だ絶対。

 オレの体を使う以上、せめてオレにストレスが少ないように動かして欲しいものだ。いい加減にしないと、お前の意識も食っちまうぞ。聞こえてるか?イーリスさんよ。夢でオレの言葉を聞いてるんなら、ちゃんと頭にブッ叩き込んでおけよ。オレ、強いやつが好きなんだ。弱いやつなんかには興味ねぇ。一緒に甘ったれた生活をしよう!なんてバカなことは言うんじゃねぇぞ。ドラゴンになった以上は、それ相応の覚悟を決めろ。じゃねぇとすぐに死んじまうぞ。そんなこと、頭のいいお前ならわかってるだろう。自然界とニンゲン界は全然違う。それこそ天と地の差だ。お前、ニンゲンにしてはオレらに近い生活してたんだから、いけるはずだろ。期待してるからな。


 ……目を開ける。まだ周囲は暗かった。しかし、若干空が明るみ始めているのは見て取れた。

 今の夢はなんだったのだろう。いつもなら目が覚めてすぐに夢の内容など忘れてしまうのに、今日の夢は、まだ頭の中でこだましている。

 僕の中に巣食うドラゴンが、僕に語りかけてくる夢。……本当に夢だったのかな。

 夢にしては声がはっきりと聞こえ過ぎた。本当に耳で聞いているみたいに。でも、現実にしては何かが足りない。

『強いやつが好きなんだ。弱いやつなんかには興味ねぇ。』『ドラゴンになった以上は、それ相応の覚悟を決めろ。』……『期待してるからな。』

 思い出すと、頭が熱くなった。同時に左腕も痺れる。これは一体何だ。

 よくない予感がする。まさか、ドラゴンが?

 ……そのまさかだぜ。

 突然、頭に声が響き渡った。

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