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3.会話

 目を開けたにも関わらず、周囲の確認をするのが難しかった。どうやら夜みたいだ。上手く時間を潰せたようである。……と思い込んでいるだけかもしれない。もしかしたら今は既に深夜なのでは……?

 心配になり飛び起きる。近くを流れる川に頭を突っ込み、頭に残る眠気を吹き飛ばす。

 そしてすぐさま街の方向へと向かった。もう暗闇にも慣れたものだ。

 街を遠目から見てみると、まだ明かりがたくさん点いている。見た感じ深夜ではなさそうで安心した。

 昼間彼女と約束したあの場所へと向かう。しかしどう待っていようか。彼女がもうあの場に既にいるのであればいいのだが。

 人の理性を持っているとは言えドラゴンはドラゴン。人里近い場所で人を待っていれば、どう襲ってやろうかと作戦を練っているように見られないこともないだろう。そもそも人目にはつきにくい場所だが、万が一のこともある。

 とりあえず、昼間も隠れた丈の長い草の裏に隠れて彼女が来るのを待つことにした。


 ……のんびりと寝息を立てること1時間、目を開けると、彼女が僕の顔をやれやれといった風に見下ろしていた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。昼間も寝ていた上さっき昼寝までしたというのに。

「お前は本当にドラゴンなのか?なんだか人間みたいだな……」

 彼女は小さく笑うと、その場でしゃがみ僕の頭を撫でた。

 ……一応、僕元人間の子どもなんです。女性から頭撫でられるとすごく恥ずかしいよ。

 僕も彼女と目線の高さを合わせようと、その場に座る。が、僕の種族はどうやら脚が短めで座高が高いようで、結果的に彼女を見下ろすかたちになっていた。

「器用だな。人の子どもを見ているような気分だ」

 元々そうですからね。間違ってはいませんよ。

「さて、昼間の続きをしたいのだが……いいか?」

 僕は自信ありありに頷いた。さっき果物集めてる最中に、どうやって動けば伝わりやすいかを考えていたのだ。

 その後、色々な動き方を試して彼女に伝えていった。ちょっと教えては彼女に確認をお願いして、と繰り返し、やっと言いたいことを全て伝えることができた。

「要するにお前は元々人間で、どうしようもなくこの森に住んでいて、そして私たちの街を襲ったドラゴンから街を守ったということは全く知らないと……。治療中に見えた紋もそれだったのだな。ふむ、中々突っ込みどころが多くて困るな……」

 ですよね。僕も頭いい人に聞きたいですし。あわよくばすっかり元通りになりたいと思いますよ。

「どうりで人の言葉が分かるわけだな。にしてもそんな黒魔術が発展している国などどこにあるのだろうか……」

 ……え?

「この街では黒魔術は禁止されているのだ。それもかなり昔から、らしい。……お前の疑問に答えられたか?」

 もうこの人僕とのコミュニケーションに慣れてきている。答えられてます……けど、一体どういうことだ?まだ全てには答えられていない。

 僕がこうなっているのも、黒魔術の呪いがあるからで、その呪いは間違いなく街の中でかけられたものだ。腕には時々紋が現れるから忘れることはない。今も少しピリピリと痺れている。

 となると、この街は僕が元々いた街とは全然違う場所、ということになる。別の答えを出せば、禁止されている黒魔術を、陰でひっそりと研究している人がいた、ということになる。

 そもそも僕は、目が覚めた時点で森の中にいた。最初は兵士たちが僕を近くの森の中に放り捨てていったと考えていたが、もし街単位で違う場所なのであれば、そんな無駄な労力は使わないはずだ。

「まぁそう悩むな。この街の名前は『アーツェ』と言う。覚えはあるか?」

 アーツェ……?……しばらく考えてみたが、何も出てこなかった。おそらく、初耳だ。僕が住んでいた街の名前も思い出せないから、結果的に何も分からない。

 そう言えば僕の自分の名前も分からない。もしかしたら、ドラゴンになったその時に抜け落ちた記憶は、ほとんどが僕の個人情報だったのではないだろうか。今思うと、家族がいたのかどうかも怪しい。まぁ路上生活していたくらいだから一人という可能性の方が高いが。もしかしたら一家全員で路上生活していたのかもしれない。

 それもきっと、黒魔術師たちの思いやりなのだろうか。

「まぁ、お前が誰であれ、どこから来たであれ、今のお前はこの街にとっては一応ヒーローみたいなものだ。だが見た目が見た目なだけあって、そう扱われていないだけだがな」

 一応ヒーロー。本人に自覚がないんですもの。それで呼ばれても振り返って返事をできる自信はない。

 だけど、このドラゴンの力を使って人を守れたということは、この力を正しく発揮できていることになる。実験としては成功になる。僕にとってはどうでもいいことなのだが。

「ところでお前、これからどうするつもりでいるんだ?」

 これから……?

 ……どうしていけばいいんだろう。

 食べ物、住処、生活の中で積み上げられている行為が一斉に頭の中に表れる。特に心配になったのは食事だ。

 僕はこの森で狩りをしたことはまだほんの数回しかない。空腹を紛らわせるためにはいつも果物を食べていた。

 動物を狩ることだけならば、ある程度の覚悟は決まっていたから、そこまで嫌悪は無いのだが、問題はその後、解体だ。

 皮を剥ぎ、脚を取り、頭を取り、骨と内臓と食べられる部分を別々に分ける。当然先ほどまで走り回っていた動物だ。血も大量に出るし、生々しい臭いだってする。こればかりは慣れることができない。

 そんな甘えた生活なんて、長く続けられるはずがない。かと言って、厳しい環境でドラゴンらしく生きていくのも難しい。野生で生きていくのに、人間の常識や甘ったれた思考は自らを滅ぼすだけだ。体で何度も何度も経験してきた。ならば、いっそ人間であった頃の記憶なんて全てなくなってしまえばいいのに。

「……悪いことを聞いてしまったかもしれないな。すまない。もしこの先どうしようかあてもなく迷っているのなら、この街のことを見守っていてくれないか?」

 この街を見守る?それは……いいかもしれない。元々僕がこの姿になったのも、人を助けるためだ。それならば、本望である。

 頷く僕に対し、彼女は言葉を続けた。

「私だって、お前が危険なドラゴンでないことは街の中でできる限り広める。食べ物に困れば、いくらかは助けられるかもしれない」

 ……僕は首を横に振った。そんなことはしなくていい。面倒なだけだ。

 仮に、「あのドラゴンはみんなを守ってくれる救世主なんだ」と意気揚々に語ったところで、「そんなはずがない」と一蹴されることなど目に見えている。僕にかけられている呪いの存在だって、黒魔術が禁止されているこの街では信じられない可能性も高い。さらに言えば、黒魔術で生み出された悪魔だと言う人も出てくるかもしれない。

 それならば、端から諦めておけばいい。余計な悲しみはない方がいい。僕が人間だったなんて、信じられる証拠などどこにもないのだから。

 元々僕に黒魔術をかけた国からも遠いこの場所なら、なおさらである。それに、現に今僕がその街にいないことが、必要でないとされたことを意味するのだろう。もしくは、僕の意識が回復するまでの間はこのドラゴンが勝手に……?

「そうか……なら……せめて、何か手伝えることを教えてくれないか。私一人だけでも、お前の味方になってやりたい」

 手伝う、味方になると言うのは、僕自身に対しての恩返しなのだろうか。それならばありがたく受け取りたい思いではあるのだが、僕には助けた記憶が無い。それなのに堂々と受け取るのはいささか気がひける。

 しかし、彼女は僕に真剣な眼差しを向けていた。胸に手を当てて語った彼女には、嘘が全く見えなかった。そんな彼女の思いを踏みにじる行為は、僕にはできない。僕は、ゆっくりと頷いた。

「お前は、私と初めて目を合わせた時、自らの爪を全て折った。あの時、確かにお前から優しさを感じたのだ。同時に強さも。私に全身を使って必死に思いを伝えようとする姿も、見ていて自然と心が穏やかになったのを感じていた。お前には特別な力がある。そう確信した。だから、お前の味方になりたいのだ。たとえこの街の者たちが敵に回ろうと、私はお前の味方でいる。忘れないでほしい」

 特別な力?確かに僕は、人間の知識や技術を持ったドラゴンとして見えるかもしれない。正確には、人間らしさを犠牲にして、ドラゴンの力を得た人間なのだが。これは明らかに特別だと言える。しかし、彼女が言っているのは一概にしてこのことでは無いのだろう。

「もう一つ、聞いてもいいか?」

 彼女はそう言って僕の顔を見た。僕が頷くと、彼女はそのまま続けた。

「お前には名前はあるのか?」

 ない……正確には思い出せない。

「無い、もしくは思い出せないのなら、また新たな名を持つのはどうだ?」

 それも良さそうだ。それにおもしろそうだ。

「私が名を付けても構わないか?」

 構わないが……彼女はなんだか恥ずかしそう……?だ。

「それなら……『イーリス』とかはどうだろう?」

『イーリス』……悪くない響きだ。気に入った。

 そのことを伝えると、彼女はさっきよりも恥ずかしそうに言った。

「そうか、それならよかった。……っと、そう言えば私が名乗っていなかったな。私は『エレニア・フィジア』だ。よろしくな。イーリス」

 彼女はエレニアというのか。思えば今覚えている名前は、自分のイーリスと、彼女のエレニアだけだ。人間だった頃知り合いだった人の名前は本当に一切洗い流されてしまっているらしい。

「今日は遅くに付き合ってもらって悪かったな。またそのうちここで会おう」

 僕は笑顔で頷いた。実際笑顔に見えたかどうかは別として。

 そのまま僕は踵を返し、時々振り返りながら森の中へと帰って行った。彼女は僕が見えなくなるまで見送ってくれていた。

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