1.困惑の目覚め
……あれ?
なんだか……変な感覚……?
というか……懐かしいというか……
この声は……『人間』?
首をそっと持ち上げ、細い目で周囲を見てみる。
どこを見ても、黒いカーテンに囲まれていた。明らかに人工物だ。
となれば今僕は……
人間の街にいる!?どうして?なぜ?僕は、僕は人間から恐れられ、忌み嫌われているはずの『ドラゴン』なのに!
それなのに今人間の街に……?夢か?
痛い。頬に爪を立てたら、鋭い痛みが頬を刺激した。
ならなぜ今ここに?思い出そうと、頭を抱えて考える……ん?
頭に何か巻かれている。この手触り、包帯だ。それに、今僕がいるのはベッドの上。人間よりは大きくなったかなとは思っていたが、まだまだ人間たちとさほど変わらない大きさらしい。
となれば、治療までされたというのか。軽くパニックになっていてよく見ていなかったが、腕にも胴体にも包帯が巻かれていた。黒っぽい体色のため白い包帯がよく目立つ。
ふと周りに耳を澄ますと、周囲の人間たちの声が止んでいるのに気が付いた。マズイ、刺激したか?
音を立てないよう慎重に寝そべる。今ここで派手に動いたら殺されかねない。さっきちらっと見えた。カーテンの隙間から、腰に剣を据えた男が見えた。というかその剣の鞘がカーテンの内側にひょいと抜き出ている。正直言って怖い。本当襲うつもりなんか無いからその剣だけは鞘から抜かないで。
まるで王政を敷く国の門番みたいな荘厳な雰囲気が漂っている。これだけで僕が歓迎されていないのは明らかだ。
しばらくおとなしくしていると、ドアが開き、誰かの慌ただしい足音が聞こえた。
「どいてくれ。もう下がってもいい」
「何?お前正気か?あの腕と手見ただろ?お前の首なんか1発でブッ飛んじまうぞ?」
「そんなにやわじゃないさ」
僕はそんなことしないってば……。第一、今この状況は何なんだ。向こうも怖がっているようだし、僕だって向こうが怖い。何だかバカみたいだ。
カーテンの隙間から手が伸びてきた。僕は思わず、情けなく短い悲鳴を上げてしまった。
僕はただもうじっとしていた。誰なんだよこの人……。
少ししたら顔が見えた。僕の様子をおそるおそる確認している様子だ。向こうも一応警戒はしているらしい。
「……お前たちはこの部屋から出て行け。被害を受けるのも、最悪私だけで済ませられるようにな」
「バカかっ!そんなこと簡単にハイ分かりましたなんて言えるはずがないだろう!」
「うるさい、だったらその剣を私によこせ。一応剣技くらいなら使えるさ。それにこの様子じゃあ襲っても来ないだろうよ」
「……ったく本当にお前は困ったやつだ……分かったよ。その代わり絶対に死ぬんじゃないぞ」
男の声は、渋々と言った感じだった。それに対し女性の声はかなり威圧的だ。
ドアが閉まる音が響いてから、女性はカーテンの内側へと滑り込んできた。金色の髪を持つ、整った顔の長身の女性だった。
「……」
数秒間、彼女と目を合わせた。結構強気だったが、やはり多少は怖いのか、表情は固い。
その沈黙を破ったのは彼女だった。
「お、お前は……不思議なやつだな」
……へ?そんなこといきなり言われても……
そうだ、彼女が恐れているのは襲われるからと思っているからだ。それならば、敵意がないことをしっかりと提示しよう。
僕は上体をゆっくりと起こし、それから自らの爪を噛み切った。彼女はその様子を怯えたように眺める。
すべての爪を折り、爪がなくなった手を彼女へ向けてみる。
「お前……なぜそんなことを……」
やっぱり完全に信じてはくれてないみたいだな。となれば、知性があることを知らせてみよう。
僕は頭に巻かれている包帯を取った。ドラゴンの手だとあまり器用に動かせないが、なんとか取ることができた。それを手のひらに乗せ、もう片方の手でそれを指差し、首を傾げて見せた。
「それは包帯だが……私が巻いた。怪我をしていたから……というかお前、私の言葉が分かるのか?」
待ってましたと言わんばかりにこくこくと頷く。
「驚いたな……まさかそこまでだとは……。こ、言葉を話すことはできるのか?」
ブンブンと首を振る。と、頭の中で石ころが転がり回ったかのように頭痛が走った。
「グッ……」
頭を押さえ、必死にこらえる。こんな痛み初めてだ。
「おい、まだ完治していないのだからあまり激しく動くんじゃない」
彼女は心配そうに、僕の頭をすっと触った。
……触った?
彼女が僕の頭に触れている。
多分、後で今この顔を見たら吹き出してしまうだろう、と、思うくらいにはキョトンとした顔をしていたことだろう。
「どうした?お前が危険じゃないと分かったんだ。何がおかしい?」
えっ、あんなちょっとで信じてくれるのか。お人好しが過ぎるのでは……。と思ったが、ドラゴンにとって大事な攻撃手段の一つを、自らの手で失うのは普通のドラゴンは絶対にしないことだと思ったのだろう。実際そんなことをするバカなドラゴンなんかいない。僕だって爪を折ってから後悔したんだから。
「お前は私の患者だ」
患者……?患者か……えっと、この怪我は何だ?どういう経緯でこんなボロボロに……
「おーい、生きてるか?」
さっきの男の声だ。心配して見に来たのだろう。
「……少し、話したいことがある。歩けるか?」
彼女はカーテンを開け放つと、男が声をかけてきた方の扉とは別の位置にある扉を開けた。
「こっちだ。できるだけ慎重にな」
ベッドからそっと降りる。立ち上がろうとして脚に力を込めると、若干の立ちくらみを覚えた。頭を打ったりでもしたんだろうか。
彼女について行くと、誰の目にも留まりそうにない小道に出た。そのまましばらく彼女の背中を追い続ける。全く後ろを振り返らないのは、やはり僕を信用してのことだろう。
「この辺りなら問題なさそうだな」
そう言って彼女が立ち止まったのは、街の外の森だった。
「さて、少しだけ話を聞きたいのだが、いいか?」
僕は、わけの分からぬままにこくりと頷いていた。