第七話「圧倒的成長?」
新しい友人と和気あいあいとした食事を楽しんだ後、俺は男子寮の自室で例の時間割を眺めていた。
「近接格闘理論と、近接格闘実践ってのは両方とも絶対取らなきゃいけないうえに毎日二コマ分の時間を使うのか。あとは高機動長物武器別講義っていうのとテクニカル型区分戦闘論から一つずつ選んで、他に何か取りたい授業があったらコマ被りさえなければ自由に、ってことらしいが……」
高機動長物別講義は、グレイブ技術【上魔級】という授業を選べばいいのだが、テクニカル型区分戦闘論というのから何を選ぶかで迷う。空中立体戦闘論とかカウンター論だとか色々あるが、中には水中戦闘論なんてものやトラップ論なんて名前の授業もある。ていうか水中戦闘はまだ分かるけど、トラップってそれ武器関係あんのか?
「見た感じ難易度も高くなくて実践でも使いやすい空中立体戦闘論を取るのがメジャーらしいが……単位取得難易度は上がるけど、環境適応戦闘論ってやつの方が汎用性は高いっぽいな」
まあ俺のスペックは余裕があるし、環境適応戦闘論を取るとしよう。ちなみにグレイブ技術【上魔級】と環境適応戦闘論は週二コマだ。
「あとは自由枠が余ってるけど、どうするかなぁ」
魔物学という授業にとても惹かれているのだが、別に取らなくてもいい授業なので、勉強の負担を考えるとどうしようかと少し悩んでしまう。
「まあでも、魔物について詳しく知っとくとあとで役に立ちそうだし、取るか。どうせ週に一コマだからそんな負担にならないだろ」
俺はパパッと時間割を記入し、夕食の時間まで一眠りすることにした。なんともありがたいことに、この寮では特別生も朝と夜の食事は出してもらえる。正規生は三食ついてるらしいが、払ってる学費を考えたら妥当なところだろう。
ほとんどの特別生は昼を抜くか、あるいは親の仕送りを節約しながら学食で済ませるらしい。俺はフリッカに小遣いを貰っているが、そんなに余裕があるわけではないので、無駄遣いするわけにはいかない。
入学式であれだけ居眠りしたというのに、あっという間に眠りに就いてしまった。
「ぬわああああん夕飯逃しちゃったもおおおん!」
俺が起きたときには部屋は既に真っ暗だったので、階下のロビーにある時計を見に行ったのだが、夕飯の時間はとっくに過ぎていた。それどころか、もうすぐ消灯時間だ。
「はあ、最悪だ。起きててもやることないし、また寝るか」
俺の一日は、驚異の合計15時間睡眠を経て翌日を迎えるだけのお仕事をしてさっさと終わってしまったのだった。
入学式から早くも二週間が経った。時間割の提出も無事に済ませ、ようやく学校生活にも慣れてきたという感じだ。
「おいリョーヘイ、ちょっと腹減ったからなんか食ってくるわ。次の実践は適当にペア見つけといてくれ」
スティーブはそう言って学食の方へ行ってしまった。おいおい、あいつまたサボるのか。スティーブは別に不良ではないのだが、よく学食で腹を満たしているうちに授業を切ってしまうことが多い。この二週間で既に五度目だ。
近接格闘実践は出席より試験の点数が重視されるからなのかしれないが、その五回のうち四回はこの授業の時間に何か食べに行っている。どんだけ食欲旺盛なんだ。彼と同じ授業はこの授業だけだから、もしかしたら他の授業も切っているのかもしれない。
正直彼の出席に関しては自己責任だから何とも思わないのだが、問題はこの授業の形式にある。毎回一人ペアを見つけて実践的な課題をこなしていくという授業内容で、普段スティーブとペアを組むことにしている俺は彼がサボると他の相手を探す羽目になる。
しかし、まだ初対面の人同士ばかりだった頃はよかったが、二週間毎日授業を受けてると、もうさすがに人間関係も固定化してきている。前の世界でもそうだったが、俺は初対面の人に声をかけにいくことに結構神経を使う。既にペアが決まっていて人を待ってるだけのような生徒に声をかけてしまった時の気まずさを考えると、気が重くなる。同じ年代の生徒だけならまだしも幅広い年の人がいるから尚更だ。
オリバーは別のコマに実践を取ってるので、彼とペアを組むというわけにもいかないというのも痛かった。
「さて、どうしよう」
いっそのこと俺もサボればいいんじゃないかと思い始めてきた。うん、一回くらいなら問題な――くない、やめておこう。俺の性格だと、きっと一回サボったらずるずるとサボり続けてしまうに決まってる。
「あれ、君もまだ相手見つけられてないのかな?」
そうであるといいな、という願望が入り混じったような声で俺に話かけてくれたのは、俺と同じくらいの歳の少女だった。
少女の髪は後ろ髪ほど短い銀色のボブカットで、まだどこか幼さが残ってはいるが精巧な顔つきをしている。背はフリッカよりは高いが俺よりは低いといったような感じだろうか。何よりも印象的だったのは、彼女の着ている服だ。ブラウンのセーラー服に少し短めのスカートを履いている。この世界でこんな服を着ている子は初めて見た。
というかこんな可愛い子に突然話しかけられるとか、俺の時代がついにやって来たか?
「ああ、そうだけど……」
俺はあえてクールを装った。ここで鼻の下を伸ばしているようでは幻滅されてしまう。
「良かったぁ、私もいつも一緒に組んでる友達が休んでてどうしようかと思ってたところなの。私の名前はルリ。よろしくね!」
「俺はリョーヘイ・ヒナタだ、よろしくな」
変わった名前だねと言われたので、変わった服を着てるんだなと返した。
「へへ、ちょっと古いよね。でも、ルリはこういう服が凄く好きなの!」
今の流行ではないだけで、別に変な服というわけではないそうだ。まあ、よく考えてみれば俺も人のことを言えない格好をしている。黒い半袖のシャツと短パンに、上から明るい灰色のコートを羽織るという大雑把な服装だ。
教師が出席を取り始めたので、俺たちは少しの間口を噤んだ。
「それでは、今日は実際に自分の武器を使って模擬戦闘を行ってもらう。前回の授業で言っといたはずだが、もし武器を忘れたのなら素手でやりなさい。それでは武器にセーフティをつけるので、どちらか片方が相方の分の武器も一緒に持ってきなさい」
俺はうっかり人差し指にはめた指輪からから両手剣を出してしまいそうになったが、俺が今出すべき武器はこっちではないなと思い直した。俺は後から貰った方の、中指にはめた藍色の指輪からグレイブを取り出した。
「うわぁ、面白い魔法使うねぇ。そんなの初めて見た! てっきり素手なのかと思ったよ」
ルリはそう言いながら、スカートのベルトにくくりつけられていた武器を取り出した。
「ってキャラの割に随分物騒な武器持ってんな!」
彼女が取り出したのは、かなり巨大な鉄のハンマーだった。魔法で小型化していたのだろうが、腰につけているときは短剣ように見えたものが、実際は電子レンジくらいはある鉄槌だったというのだから驚いた。ていうかこれ、セーフティかけても頭なんかに直撃したら潰れちまいそうなんだが……。
「専攻の戦闘様式はパワー型か?」
俺の問いに、ルリは首を振った。
「ううん。得意傾向認定でパワー型って出ちゃったから、テクニカル型にしたよ? 得意武器は両手剣だったんだけど、今まで使ってなかっただけで実はハンマーの方がルリには合ってる気がするの!」
卒業したらハンマーのパワー型がいいなぁ、なんて言っている。彼女は見かけによらず脳筋スタイルのようだ。
この教室は実践用ってだけあって、相当広い。造りもとても頑丈だ。今ここにいる約60人全ての生徒が同時に模擬戦闘をできるほど広くはないが、三グループにも分ければ十分余裕を持って執り行える。
俺はまた例にもれず最後のグループになった。他の生徒の戦闘を見学することも勉強になるからしっかり見ておけ、という教師の指示に素直に従う。
「特別生ってだけあって、皆レベル高いなぁ」
ルリの言葉に俺も無言で頷いて同感を示す。俺は今のうちに何か一つでも技を盗んでおくか、と重両手剣やグレイブを使っている生徒の戦闘に注目する。おっ、あのグレイブを垂直に床に叩きつけて跳躍するのとか結構使えそうだな。
ていうか、こうして見ると結構素手で戦っている生徒が多い。武器を忘れたら素手しかないってのもあるのだろうが、中にはどう見てもお前絶対元々武術が得意傾向だろって奴もいる。投げ技絞め技で剣を持ってる相手に戦う様は結構面白い。
「でもなあ。将来的に戦うのは人じゃなくて魔物相手なんだから、何とも言えないよな」
「いきなり魔物と戦ったら危険だからねぇ。でも、特別生の中には魔物と戦ったことのある人もいるんだって」
凄いよねぇと呟くルリだが、一応魔級とはいえ魔物と普通に戦ったことのある俺からすると、そんなに危険だとは思わない。いや、もちろん一般人にとっては危険だろう。しかし、特別生くらいの実力があるなら大したことはないと思うのだが、念には念をってことなのか。
二番目のグループの番が終わったので、とうとう俺たちの番がやってきた。模擬戦闘と言っても勝敗はなく、決められた短時間好きなように戦うだけだ。中には相手をぶちのめして気絶させてしまった生徒がいたが、教師が治癒魔法を使えるようで、特に大事には至っていない。
開始の合図とともに、俺は地面を軽く蹴ってグレイブを両手で握り、左下から右上へと切り上げながら間合いを詰める。ルリは切り上げた切っ先に向かって鉄槌を叩きつけようとしたので、俺は勢いに任せてグレイブを右手だけに持ち替えながら体の後ろへと逸らす。
ルリがそのまま槌を地面を叩きつけると、その反動で彼女の体が宙へと跳ね、槌を振りかぶる体勢になった。上方から頭を狙うつもりのようだ。
ふむ、白か……。
「っと危ない」
俺はバックステップでそれを避けた。再び地面に叩きつける体勢になった彼女に、隙ありとばかりに右手に持ったグレイブで、彼女の左手側からハンマーを持つ腕の上へ逆一文字に横薙ぎを入れる。しかし、ルリはすかさず鋭いバックステップとともに、サマーソルトキックで俺の一振りを上方へ弾いた。
俺が体勢を崩したところに、ルリはアッパー気味に彼女の右半身側からハンマーを振り上げた。
くそ、バスタードソードなら刀身の幅を利用して防げただろうが、グレイブだと防げても勢いを殺しきれないうえに武器自体が折れてしまいそうだ。
俺はガードを諦め直撃を受ける覚悟を決め、ダメ元で自身の体が鉄鋼である様をイメージし、足腰に思い切り力を入れた。
「とりゃあああああああっ」
ルリの掛け声とともに、凄まじい打撃音が響いた。ハンマーが俺の体にぶち当たった音だ。
だが、俺の体には傷も痛みもないし、それどころかその場に踏みとどまったまま少しも体勢を崩していない。秘儀「鋼鉄の身体」だ。安直ネーミングだが、今考えたのだしそれ以外良い名前が思いつかなかったのでしょうがない。
「おお、なんとなくいけそうな気がしてたけど、まさか本当に上手くいくとは」
「えええええええっ!? どういうこと!? 確かに思いっきりヒットしたのに!」
ルリの驚き方からも、別に彼女が手加減していたわけではないということが分かる。っていうか上手くいったから良かったものの、これそのまま受けてたら気絶不可避ものだぞ……本当に見た目によらず脳筋な少女だ。身体を鋼鉄に見立てた俺も大概だが。
そんなわけで、模擬戦闘によって出会ったルリという少女のおかげで、俺は新たな秘儀を習得したのだった。美少女とお知り合いになれて新たな能力まで身に着けて、今日は本当にいいこと尽くし! 俺の成長のためにサボってくれたスティーブに、圧倒的感謝。