第五話「地獄のフレデリカ」
「あ、やっと終わったのね。どうだった?」
実技試験の会場を出てすぐのベンチに、フリッカが何やら本を読みながら座っていた。一体いつの間にそんかものを持ってきてたんだという感じだ
というかこの本に限らず、彼女の懐からは某猫型ロボットかよというくらい色んなものがホイホイ出てくる。きっと、俺の知らない便利な魔法が存在しているのだろう
俺は本を懐にしまう彼女を眺めながら、質問に答える。
「まあまあかな。なんか模擬戦闘とかいうのをさせられたんだが、とりあえず試験官ぶちのめしといた」
「ふうん……おそらく勝ち負けが評価の基準ではないでしょうけど、あなたならば大丈夫だと思うわ」
この魔法使い少女は随分と俺を過大評価する癖がある。これが俺を褒めてるというならまんざらでもないが、実情は最強使い魔召喚した私SUGEEEEの延長線上にある行為ってわけだから、素直に喜べない。
「フリッカはどうだったんだ? 模擬戦闘させられたか?」
「私がさせられたのは自由魔法表現という名のただの得意魔法お披露目会だったわ。適当に火属性の攻撃魔術をど派手にかましておいただけだけど、まあおそらく合格でしょうね」
凄い自信だ。とはいっても、別に彼女はホラを吹いているわけではない。実際に実力があるからこそ、その余裕がこういった発言を促しているのだろう。
「とりあえず合否を聞きに行くか。もう結果は出てるんだろ?」
「ええ。試験官がその場でつけた点数を合計して、基準点を満たしている者の半数を点数の高い順に合格とするそうよ」
「げっ。じゃあ俺とあんたしか基準点満たしてなかったら、どっちかは必ず落ちるのか」
まあ、それならそれで明日また受けに来ればいいわけだが、単純に面倒くさい。俺達は一番最初に立ち寄った、書類を記入しろと言われた場所まで向かった。
名前と受験番号を言うと、受付の職員は奥に確認しに行き、またすぐに戻ってきた。
「おめでとうございます、お二方とも合格です」
おお、めでたいめでたい。ってことは基準点を満たしたのは俺達だけじゃなかったってことか。特別とつく枠なだけあって、それなりに優秀な奴らが受けに来てるようだな。
「フレデリカさんは具象魔法学科への入学資格を持ちます。攻撃魔術が強魔級との判定で得意傾向認定されたので、攻撃魔術以外の専攻を選んでいただくことになります。特別生は得意傾向以外の専攻での必修単位を一学期分取得することで卒業認定を受けることができます」
フリッカが少し顔を歪めた。てっきり得意傾向の専攻でパパッと単位を取って終わり、というつもりがどうやらそうもいかないらしい。
「リョーヘイさんは近接戦闘学科への入学資格を持ちます。強魔級の重両手剣バランス型という判定で得意傾向認定が出たので、両手剣以外の武器で、バランス型以外の戦闘様式の単位を取得してください」
わけの分からない単語を次々とまくし立てられ、俺は混乱しそうになった。武器はバスタードソード以外のものにすればいいというのは分かったが、戦闘様式がどうとかいうのがいまいちよく理解できない。
あとでフリッカに詳しく聞くこととしよう。
俺たちは職員が入学手続きの方法と必要なものを詳しく教えてくれるのを聞いた後、一旦もとのボロ小屋まで戻ることにした。
「はあ……どうせ学校に通うなら苦手傾向の補強をしたかったのに、なんだか裏目に出てしまったわね」
その日の夕食時、フリッカはそうため息をついたのだった。ちなみに、この世界の食事はあまり俺の口に合わない。主食はライ麦のような作物から作られた味気のないパンで、飲み物として家畜化された魔物が出す牛乳に似たような乳がよく飲まれているのだという。白米味噌汁焼き魚が好物の俺としては少々苦痛だ。
フリッカはあまり料理ができないので、つけあわせとして彼女が唯一作れる根菜を煮込んだシチューのようなものが毎日毎食食卓に上がった。最近は使い魔なんだから料理をしろということで俺が毎食用意しているが、俺も料理はからっきしだったので彼女の見よう見まねでできるようになったシチューを毎日作っている。
魔法を使って料理をしたらいいのではと思って挑戦もしたが、どうやら苦手中の苦手分野に相当するらしく、まるでうまくいかなかった。
「最初に何も説明なかったよなぁ。ところでさ、戦闘様式だとかバランス型だとかの意味がよく分からなかったんだが、ありゃどういうことなんだ?」
先ほど疑問に思ったことを聞くと同時に、俺は皿に残ったシチューをパンで掬い、口に放り込んだ。フリッカも俺の動作を真似てパンを口に入れる。
「別に難しいものじゃないわよ。個人個人の得意分野、適正を見極めて効率的に戦えるように便宜上分類しているだけ。汎用的な戦い方よりも何かに特化した戦い方のほうが、パーティを組むっていうことの性質上活躍しやすいの」
なんだか余計分からなくなってしまった気がする。抽象的な聞き方をしたのが問題だったかもしれない。
「武器の分類とか戦闘様式とかって、どれくらい細かく分類されてるんだ?」
「武器に関しては分けようと思えばいくらでも分けられるけれど、一般的にはまず大きく近接武器と遠距離武器を区別する……これだけじゃ大雑把すぎるから、次に各武器で似たような性質を持つ武器をまとめた呼称を使うの。冒険者養成学校の専攻にもこの分類が使われてるわ」
例えば両手剣と言っても重両手剣と軽両手剣があるが、それらはひっくるめて両手剣扱いなんだそうだ。片手剣という分類はなくて、短剣というカテゴリーに二刀流も盾持ちも全部分類されてるのだという。ここらへん適当過ぎてどうしても理解に時間がかかりそうだ。
一応冒険者養成学校の近接戦闘学科が専攻として定めているのは、両手剣、短剣、高機動長物、殴打武器、体術の五つだという。高機動長物というのが分かりづらかったが、具体的には槍とか棒とかがこれにあたるらしい。というか体術って、魔物に通用するのか……?
「戦闘様式はほぼ固定化されてるし、暗記しておいても損はないかもしれないわね。パワー型、テクニック型、スピード型、バランス型って感じに分かれていて、この四つのどれに当てはまるかを文字通りの観点から判断されるの」
ただし、パワー型だからテクニックがなかったりとか、スピード型だからパワーがないとかそういうことではないらしい。基本的にどれか一つの項目の性能を犠牲にしつつ、特定の項目の性能を底上げするよう魔法で制御するのだという。残った一つの項目はその中庸程度の性能を保てれば十分だそうだ。全ての性能を底上げできると、一ランク上のバランス型扱いになるのだという。
つまり、俺は強魔級の両手剣バランス型と判定されたが、俺のパワー、テクニック、スピードはぞれぞれの上魔級の特化型と同じ水準だということだ。
稀に二つの項目を底上げしつつ、一つの項目を中庸に保つもしくは犠牲にしているという傾向の者もいるらしいが、基本的に一ランク上のバランス型に至るまでの通過点みたいな位置づけなので、特に分類としては存在してないという。
「一応具象魔法使いも武器と戦闘様式を決めておくのだけれど、使用魔法の傾向の方が重視されるから、学校ではそこら辺に指定はないのよね」
フリッカの武器は杖だが、ワンドは分類上短剣扱いだそうだ。基本的に杖は物理攻撃には用いない――具象魔法を素早く効率的に発動するための媒体なのだ――が、いざというときにはテクニカル型という傾向で臨戦するつもりらしい。一応先端が刃状に加工されているが、対人性能はあっても対魔物性能はないだろう。
「なんだか面倒だな……もうあのグレイブでいいや。あれ、両手剣じゃないよな?」
「グレイブは高機動長物だから、それでいいんじゃないかしら」
「じゃあそうするか。様式はよく分かんないけど、薙刀を自由自在に操るのかっこよさそうだしテクニカル型にしとこ」
「単純ね……まあ、好きにするといいわ。特別生は専攻傾向を得意傾向の一ランク下の実力でこなせれば、単位取得に問題はないそうだから、大したことないわ。私たちが本気を出せば苦手傾向だって強魔級なんだし」
本気を出せば、という発言は本気を出せない人間臭をプンプン漂わせているが、しかし彼女のそれは真実だ。実際彼女は一番苦手な傾向を得意傾向と判断されたのである。並の人間とは文字通りレベルが違うのだ。
「私は……まあ、復習がてらに防御魔術でも専攻するのも悪くないわね」
いやー本当は王魔級だけど目立たないように上魔級に抑えなきゃいけないのよねー面倒だわー、とかなんとかほざいているフリッカをみると、なぜかこの時だけ彼女の目鼻口が顔の中央に寄っているように見えた……なぜかは分からないが。