第四話「実技試験とか知らないけど、多分合格したぜ」
「というわけで、これより実技試験を開始する」
筋骨隆々の試験監督の男性が、険しい顔をしながらそう言った。口頭試験という名の面接を行ったのち、何らかの基準でグループ分けされた受験者たちは、希望学科ごとに数名ずつ実技試験を受けることになった。
俺は、試験前にフリッカの言っていたことを反芻する。
『この試験は、せいぜい上魔級程度の実力があれば合格できるわ。人数によっては不十分な場合もあるから、あなたの出力限界は一応強魔級にしておくけれどね』
実技試験にはいくつかの科目があるが、俺は試験官との模擬戦闘が科目として充てられた。武器は持ち込みのものを使用していいそうだが、刃の部分にセーフティとして分厚い毛皮がかけられた。試験官は木刀を使って受験生の相手をするそうだ。
ちなみに、相手をするのは先ほどの筋骨隆々な男ではなく、受験生それぞれに割り当てられた別の試験官だ。
「番号十二番、前へ」
俺は自分の受験札を確認する。俺の番号は十九番。模擬戦闘の試験を受けているのは三人だから、連番で呼ばれるわけではなさそうだ。
「名前を」
「スティーブだ」
そう名乗ったのは、十二番と呼ばれた受験生。俺と同い年か、あるいは少し年上だろうか。背は俺より一回り大きく、ガッシリとした体つきをしている。明らかに貴族と分かるような恰好をしており、上質な黒革のジャケットを羽織ってズボンも黒色で統一している。全身真っ黒なために、その金の短髪はやけに目立つ。その表情にはどこか余裕があり、力強い目付きをしている。
貴族なのに特別生を狙うということは、よほど自分の実力に自信があるんだろう。
この世界の冒険者志望がどれくらいの実力を見せるのか気になるな。
試験官とスティーブは地面に大きく描かれた長方形の白線内で、互いに少し距離をあけて立つ。スティーブは、刃にセーフティをかけてある短剣を、二本構えていた。いわゆる二刀流というやつだ。対する試験官は、そこそこの長さの木刀を左手に構え、右手には少し小さ目な木の盾を装備している。
「それでは番号十二番の実技試験を開始する!」
その合図とともに、二人は臨戦態勢に入った。試験官は一気にスティーブへと間合いを詰め、容赦なく木刀を彼の胴へ叩きつけようとする。スティーブは左手の剣を使って、試験官の剣を腕ごと左側へ受け流す。そのまま彼は右手の剣を試験官の頭へ叩きつける。試験官は受け流された勢いのまま前転でそれを躱し、振り返りながら左腕をスティーブに向かって鋭くぶん回した。
スティーブは右手の勢いでそれを受け止めると、地面を蹴りつけその場で高くジャンプした。
「なんだあれ、すげえ!」
俺は思わず叫んでしまった。
明らかに物理法則を無視した跳躍力が、いわゆる魔法の力であることを理解するのには少々時間がかかった。
スティーブは空中で体を捻り、体を回転させながら左手と右手の剣を連続で試験官に向かって叩きつけた。攻撃の来る方向が唐突に変わったために、試験官は彼の剣を防ぎきれず、二連撃を顔面に打ち込まれてしまった。その場に倒れこんだ試験官の顔からは、鼻血がだらだらと垂れていた。
「そこまでっ! 番号十二番は武器のセーフティを返却し、速やかに受験者待機室へ戻るように!」
スティーブはドヤ顔でその場から立ち去った。彼の実力がどのレベルに相当するのかは分からないが、俺個人の感覚では彼は余裕で合格のように思える。
打ちのめされた試験官は、治癒魔法担当の職員に連れられて奥のほうへと去っていった。
「それでは次、番号十六番、前へ」
ということは俺は最後か。ギャラリーなしというのは少し寂しいが、裏を返せば思う存分暴れられるということでもある。
「名前を」
「オ、オリバーです」
何やら自信なさげな返事をしたのは、俺より二つか三つ下の歳であろう、背の小さい茶髪の少年だった。スティーブと何やら何まで対照的で、みすぼらしい服装に華奢な体。不安げな表情で彼の相手をする試験官を見つめている。その試験官は先ほどの試験官と同じような装備をしており、オリバーと名乗った少年も左手に剣を持ち右手に盾を持っているので、両者とも同じような構えをとっている。
「それでは、番号十六番の実技試験を開始する!」
瞬間、オリバーは目にも止まらぬスピードで相手の懐へと迫る。試験官はその速さについてこれず、思わず尻餅をついてしまった。オリバーはそのまま剣を振り下ろすが、試験官はすんでのところで横に転がったために、初撃はあえなく躱されてしまう。
しかし、オリバーは手を休めることなく連続で剣を振る。その速度は猛烈で、試験官は盾で防ぐので精いっぱいだった。剣にパワーが足りないために、決定打は打ち込めていなかったが、それでも明らかに相手を圧倒しているのが分かる。
このままではトドメをさせないことを悟ったのか、オリバーは一旦後ろに下がって間合いを取る。すかさず試験官は立ち上がってオリバーに向かって突撃するが、既にオリバーは動き始めていた。試験官がその動きに反応しようとしたときには、もうオリバーは彼の背面を取っていた。そのまま後頭部に一撃を見舞われ、試験官は気絶。戦闘は呆気なく終了した。
オリバーはなぜか申し訳なさそうな表情をしながら、その場から立ち去って行った。
「なんだあいつ、自信なさそうな顔してたから弱いのかと思ったらめちゃくちゃ強いじゃねえか」
とはいえ、わざわざ特別性枠を狙ってまで冒険者になろうとするやつが弱いわけないか、とも思った。
それに、あくまでこの試験は対人戦であって、冒険者に必要とされるのは対魔物の戦闘力だしな。
「最後、番号十九番。名前を」
「良平です」
俺は返事とともに白線の内側へと足を踏み入れた。俺の対面には、前の試験官と同じく左手に木刀を持ち、右手に盾を構えた男が立つ。俺は自分のバスタードソードをしっかりと構えた。こうして見ると俺だけ桁違いにでかい剣を持っているが、魔法のおかげか持っていても特に苦痛は感じない。
「それでは、番号十九番の実技試験を開始する!」
俺は合図とともに、先ほどのオリバーの猛スピードで間合いを詰める姿をイメージする。彼の速さにはほんの少しだけ劣っているが、ほぼ同等の速さでの移動に成功する。
俺はリーチの長さを生かし、右斜め下から地面を引きずるようにして左上へと思い切り剣を振りあげる。盾で防いだ試験官だったが、俺の剣の勢いに耐えられずそのまま上空へと打ち上げられた。
俺はとどめだと言わんばかりに、スティーブの跳躍を頭に思い描きながら地面を蹴った。武器の重量もあってか彼ほどの高さのジャンプはできなかったが、リーチの長さを鑑みれば十分な高さだ。
俺は頭上まで振り上げた剣を、無防備な態勢で空中を舞う試験官に向かってそのまま振り下ろした。試験官は思い切り地面に叩きつけられ、衝撃音とともに固い地面が若干陥没する。あまりの衝撃に、試験官は地面に激突した瞬間断末魔のような声を上げた。俺は着地してすぐさま試験官から剣をどけた。
この間わずか五秒程度。決着の速さで言えば三人のうちで圧倒的に一番だった。
俺はこの試験で、改めて確信した。どうやら、自分がどのように動きたいかを明確にイメージしてから実行に移すことで、魔法がその動きをサポートし、理想に近い攻撃を繰り出すことができるようだ。フリッカの言っていた得意傾向がどうのこうのっていうのは、憶測ではあるが、きっとそのイメージがどれだけ高い再現度で実際の動きに反映できるかの基準になるのではないか。実際、グレイブと呼ばれた薙刀のようなものよりも、このバスタードソードのほうが、なんとなくではあるが自分の思い通りに扱えた感じがする。
ふと、俺は試験官のほうを見る。見たところ死んではいないようだが、失神している。戦闘終了の旨が告げられると、すぐさま待機していた治癒魔法担当の職員が駆けつけた。他の二人の試験官にはその場で治癒魔法をかけていないようだったのだが、俺を担当した試験官は重傷だと判断されたのか、その場で治癒魔法の詠唱が行われた。その慌てた雰囲気を目の当たりにすると、なんだか少し気まずかった。
もうちょい手を抜いたほうが良かったのか。いや、下手なことをして不合格になるよりは少々暴れすぎるくらいがちょうどいいだろう。俺は自分を正当化した。
筋骨隆々な試験監督の指示に従い、俺は速やかにその場から立ち去った。まああれだな、試験官という職も大変そうだなぁ……。