第二話「何だか分からないけど魔法が使えた――そうだ 学校、行こう」
俺がこの世界に召喚されてから早くも二週間経った。まだまだ知らないことは多いが、少なくとも毎日を普通に過ごせる程度にはこの世界のことを把握してきたと思う。
俺がボロ小屋の床を掃除していると、翠色の長い髪をした少女――俺を召喚した少女だ――が声をかけてきた。名前は確か、フレデリカといったか。
身長は俺より少し低い程度だが、そもそも俺がそんなに背が高いほうじゃないので、一般的に見たら低身長だろう。どう見ても西洋人風の顔で、なかなかに美少女だ。胸は小さいが。
「もう掃除はいいわ。それより、そろそろあなたがどれくらいの戦力になるのか見せてもらいたいのだけれど」
フレデリカ、もといフリッカはそう言って俺を小屋の外へと引きずり出す。
正直な話、俺は自分の戦力はまるで話にならないと思っている。そもそも俺はどこにでもいるただの高校生だ。魔法の使い方なんて分からないし、魔物なんか出てきた日には一目散にその場から逃げ去る自信がある。
「調べた感じ、あなたの得意傾向は近接武器っぽいのだけれど、あいにくうちにはこれしかなかったわ」
そう言って彼女は古びた薙刀のようなものを俺に渡してきた。これをどうしろと言うのだろう。
「じゃあ、適当に戦ってみて」
フリッカはあらかじめ用意していたと思われる、イノシシに似た魔物を連れてきた。彼女の暮らす――俺の居候する――このボロ小屋は山奥にあるため、そこらを探せば人を探すより簡単に魔物が見つかるのだ。
いくら魔物とはいえ、無抵抗の動物を殺すのはいささか気が引ける。とはいっても、逆らったらまた妙な頭痛に襲われそうなので、渋々薙刀を構える。
「って、うおっ! 危ねえ!」
唐突にイノシシが突っ込んできたので、すんでのところで横にかわす。どうやらフリッカが何やら気性を荒くするような魔法をかけたらしく、イノシシは俺に向かって敵意を丸出しにしている。
「適当に戦ってみろったって、どうすりゃいいんだ?」
「考えないで、感じるのよ」
どこかで聞いたことのあるような言葉が返ってきた。仕方がないので、俺は雰囲気に任せてイノシシに切りかかってみる。
「っ!? うおお、すげえ!」
俺は驚いた。自分が、まるで歴戦の戦士のような身のこなしでイノシシをあっという間に切り伏せてしまったからだ。イノシシを倒すぞ、という意志が体の動きに反映された感じだ。
「そうそう、やっぱりやればできるじゃない!」
俺は少し自信が湧いてきた。この分だと、もしかしたら魔法も使えるかもしれない。
「なあ、魔法はどうやって発動するんだ?」
俺はそう言いつつ、火の魔法が自分の手から出るところをイメージする。しかし何も起こらない。
「魔法なら、さっきの動き自体に使ってたじゃないの。あなたのいう魔法って、攻撃魔術のことかしら?」
フリッカは懐から杖を出して、小さな火の玉を打ち出した。
「そうそう、それそれ」
俺は彼女の杖を借りて、見よう見まねで真似する。しかし、やはり何も起こらない。
「たぶんあなたに攻撃魔術は使えないわね。どうみても傾向が違うもの」
「うーん、残念。魔法って言ったらバンバン火の玉とか打ち出すイメージがあったんだけどなあ」
「別にいいじゃない。攻撃魔術なんか使えなくたって、戦闘魔法が使えればどうってことないわ」
どうやらこの世界の魔法というのは、俺が想像していたものとは違うらしい。俺の言う「魔法」はこの世界の「攻撃魔術」に相当して、その攻撃魔術というのは魔法というカテゴリーの中のたくさんのうちの一つに過ぎないのだという。魔力を消費して起こすさまざまな超常現象をまとめて「魔法」と呼ぶのだとか。
「てことは、俺のさっきの動きは、俺が魔法を使って引き出した動きってわけか」
「そういうことよ。まあ正直、あなたの魔法は神魔級の使い魔ってだけあって相当強力ね。普通はちゃんと鍛錬しなきゃ武器の扱いもままならないわ」
つまりは、どれだけ戦闘中に自分の動きをイメージできるかが鍵ってわけか。
「それにしてもあなた、最初は自分を人間だと言い張ってたわりに随分とすんなり適応していくわね。それとも、嘘をついても無駄だってやっと理解した?」
「いや、俺は人間だよ? ただ、あの気持ち悪い空間に戻るのも嫌だし、元の世界に戻るのもなんか無理そうだし、だったらこっちの世界に適応するほうが楽だろ、みたいな?」
正直あの気持ちの悪い空間から出られたというだけで、もう何でもいいやと思えてくるのだ。最初こそ意味の分からない世界に戸惑いもしたものの、慣れればどうってことないし、寧ろこの世界こそ元の世界のような感覚までしてきた。
「あなたもなかなか強情ね。素直に認めたらいいのに。あなたは間違いなく最強の神魔級使い魔よ」
彼女が俺を最強最強言うのは、自分が天才だということを疑いたくないからだと、最近になってようやく気付いた。最強の使い魔を召喚できた私SUGEEEEと言いたいわけだ。
「ところでさ、ギルドとやらに登録するって話はどうなったんだ? 俺はもうこの世界には慣れたぜ」
フリッカはそうね、と言って少しの間考え事をしてたかと思うと、そのまま小屋の中に戻ってしまった。俺もあわてて後を追う。
「ギルドに冒険者登録するのには、二つの手段があるの」
彼女が言うには、ギルドには本部と支部があり、俺たちが今いるアイコール王国にはギルドの本部が置かれているという。本部ギルドに登録するのがとりあえずの目標となるのだが、そのためには二つの選択肢を選ばなければならない。冒険者養成学校の卒業認定を貰うか、ギルドの支部の最高ランクに到達した上で要人の推薦を貰い試験に合格するか、をだ。
「支部の方は却下ね。まず支部に登録するには他国まで出向く必要がある上に、本部に昇格するのにも不確定要素が絡みすぎてる」
要人の推薦というのが肝で、これはコネだとか何らかの偉業を成し遂げただとか、とにかく普通にしてるだけじゃ貰えないのだそうだ。
「ってことは冒険者養成学校か。それって誰でも入れるのか?」
「金を積めばね。ただ、うちに残っている資産じゃとてもじゃないけど足りないわ」
ではどうするのかというと――冒険者養成学校には正規生のほかに特別生というものが存在しているという。一線を画した実力があって、さらに特別入試を乗り越えた者だけが特別生として学費完全免除のうえに、正規生が三年かけて取る卒業認定を一学期――約半年だ――という短い時間で取れるのだという。
「その代わり、正規生は卒業時点で上級冒険者だけれど、特別生は無印からスタートよ」
なるほど、つまり特別生枠で最短コースで本部ギルドに冒険者登録する、という計画なわけか。
「まあそれは分かったんだが、特別生ってのはそんなに簡単になれるものなのか?」
「それは大丈夫よ。私は天才魔法使いだし、あなたは神魔級の使い魔。あ、そうそう。私が神魔級の使い魔の召喚に成功したことがバレたら、国に重要人物として拘束される羽目になるから、くれぐれも秘密にすること。幸いあなたはあまりにも人間に近いから、普通にしてれば絶対使い魔だとは思われないはず。あなたは私の舎弟という設定でいくわ」
実際俺は人間だし、自分から明かしさえしなければ、誰も俺を使い魔だとは思わないだろう。問題があるとすれば、力を出しすぎて国に目をつけられることくらいか。
「っていうかさ、フリッカ。天才魔法使いならわざわざ俺を召喚する必要なかったんじゃないのか? いや、俺はあの気持ち悪い世界から抜け出せて助かったけどさ」
「私は召喚魔法と治癒魔法に関しては神魔級だけれど、攻撃魔法含む他の魔法はせいぜい強魔級よ。確かに強いけれど、その分野に関してだけ言えば私より上もそれなりに存在するわ」
よく分からないが、簡単に言えば得意不得意があるってことか。強いっちゃ強いけど、幻獣に立ち向かうには心もとないということなんだろう。
「それじゃあとりあえず、さしあたって必要になると思われるあなたの武器を揃えて、そのまま学園に向かうわよ」
そうして俺とフリッカは、ボロ小屋を後にした。