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第二十一話「急襲」

 ラウム村を後にした俺達は、来た道を引き返し、シントヒミアまで戻ってきていた。


「北方に行くことを考えると、ここであまり無駄遣いしたくないわね。ここから先はほとんど徒歩で帰ることにしましょう」


 フリッカは、これからのことを大局的に見据えた動きをするべきだと説いた。北方の国と言うのはかなり辺境の地に位置しているそうで、そこを目指すとなればそれ相応の準備が必要になるのだという。


 そのため、このままの足で北方に向かうというような無茶なことはせず、一旦アイコール王都でしっかりと準備を整えようというのが彼女の計画だった。



「帰りはなんか依頼を受けていかないのか?」


 俺の提案に、フリッカは首を横に振った。彼女曰く、アイコール国外に設置されているギルド本部の出張所は達成処理のみにしか対応しておらず、現地のギルド支部では本部の冒険者では依頼を受けることは不可能なのだという。一応、現地の冒険者の職を奪い過ぎないようにという配慮がなされているらしい。とはいえ、難易度が高い依頼はそもそも本部の方に回されてしまうのだが。



「非効率だよねぇ。一々国に戻って依頼を受けなおさなきゃならないなんてさぁ」


「現地のギルド支部に登録すれば依頼を受けること自体は可能よ。ただ、支部で達成した業績は本部冒険者に何の影響ももたらさないから、そこまでして受けるメリットはないけれどね」



 支部から本部に業績を引き継いで移ることは可能だが、逆はない。余程の暇人ならまだしも、俺達がわざわざ小銭稼ぎのためだけに支部での依頼を受ける必要はない。



「ま、そうと決まればさっさと行こうぜ。もうここに用はねえんだろ?」



 スティーブの言う通り、シントヒミアに長く留まる理由も特にない。俺達はアイコール王都を目指して再び歩みを進めるのだった。















「ん?」


 クリキシア大高原を進む途中、俺は一瞬自身を襲ったある違和感に気付いた。本当に一瞬、遥か頭上を何かが通り過ぎた気がしたのだ。



――そう、一瞬に思えるくらい速く通り過ぎたのだ、そいつは。





「――っ! なんだこいつら! おい、フリッカ!」



 スティーブは叫びながら剣を抜き、臨戦態勢に入った。俺もルリもそれに続き武器を構える。俺はフリッカの方を向き説明を求めた。




「あれは王魔級の魔物、『ラクタパクシャ』……何でこんなところにこいつがっ!?」



 

 それは、一軒家ほどの大きさの体を持つ、全身が真っ赤な怪鳥だった。その大きく鋭いクチバシからは、真っ赤な炎が漏れ出している。そんな化け物が俺達の前に立ち塞がり、翼を大きく広げて威嚇している。




「おい、こいつは戦う気満々みたいだぞ!」


 俺が言うと、フリッカは俺の制限を神魔級レベルまで解除した。戦えという合図だ。



「大丈夫よ。突然王魔級の魔物が出てきて驚いたけれど、リョーヘイがいれば負けることはないわ」



 なるほど確かにこいつは中々強そうだが、俺が敵わない相手だとも思えない。だが、その安直な考えは、すぐに覆される羽目になった。




「ねえフリッカ、後ろからどんどんヤツの仲間が来てる! パッと見ただけでも数十体はいるよ!」



 ルリに言われて後方へ振り返る。まるで空が真っ赤に染まっているかのようだった。それほどの数のラクタパクシャが、どうやら俺達目掛けて飛んできているようだった。




「おい、さすがにこの数相手は俺でもきついぞ。っていうかこれ、逃げるのもきついんじゃないか」



 フリッカは見るからに動揺していた。一体だけならまだしも、これだけの数の王魔級の魔物が襲ってくるとは夢にも思っていなかったようだった。


 どうしてこんな場所にこれだけの数の強力な魔物がやってきているのかは分からないが、それを考えている余裕はなさそうだった。先ほどまで威嚇をしていたラクタパクシャが、俺に向かってその屈強な足で蹴りを放ってきたからだ。



「――っと危ない危ない」



 俺は剣の刀身で蹴りを防ぎ、カウンターとして魔力を込めた斬撃をお見舞いしてやる。だが、ラクタパクシャは軽々と空中に逃げてしまう。跳躍して追撃しようとするが、こちらがジャンプしかできないのに対し、向こうは自在な飛行が可能。俺の剣はヤツの体を捉えることができなかった。



 そうこうしているうちに、続々と敵の援軍が到達した。俺達は各々の身を守ることで精いっぱいで、もはや討伐も退避も困難な状況だった。




「――っ! 食らえ!」



 フリッカが後方から火炎を直撃されそうになっていたので、その火炎を吐いているラクタパクシャに攻撃を仕掛ける。そいつは驚いて空中に逃げたが、俺は後ろからラクタパクシャの蹴りを貰ってしまい、空中に打ち上げられた。



 何とか受け身を取って着地し、追撃を躱す。チラリと辺りを伺うと、スティーブもルリも多すぎる敵を(さば)ききれておらず、このままでは俺達の全滅も時間の問題だった。


 そして、どこから湧いてくるんだと思わせんばかりに、どんどんと数が増えるラクタパクシャ。その数は、もはや百を優に超えているように見えた。



 そのとき、フリッカが何かを観念したかのような表情をした。



「リョーヘイ、あなたの限界を解除するわ。――だから、速攻でケリをつけて」



 限界を解除。限られた時間内に再び元に戻さねば召喚が解除されてしまう、諸刃の剣とも言える最終手段。そんな手段を、フリッカは行使すると言ったのだ。




 カチリ――と、耳元で錠が外れるような音がした。




 体が羽根のように軽い。活力に満ちた肉体。クリアな思考。まるで別世界に来てしまったような感覚に、脳がアドレナリンを狂ったように放出している気さえした。





「――っ」



 俺は無言で剣を振り、目にも止まらぬ速さで目の前のラクタパクシャを切り捨てた。断末魔が辺りに響くと、それまで散り散りに俺達を襲っていたラクタパクシャ達が、一斉に俺の方へ向かってくる。本能的に俺が一番の危険因子だと判断したようだ。




 俺は地面を蹴り、上空を通り過ぎようとしたラクタパクシャをまた一体切り捨てた。着地してすぐに剣を一振りし地面にいたもう一体を。その勢いのまま、こちらへ飛んできたもう一体を。そんな風に流れるように三体を殺した俺は、突進を食らいそうになっているスティーブの元へ駆け寄り、そいつの首を切り落とした。




「凄いなこれ、あふれ出るように戦闘イメージが頭に浮かぶ」



 俺は次に、数体のラクタパクシャに囲まれて一方的に攻撃を貰っているルリの元へ駆け寄ろうとする。しかし、その道を何体ものラクタパクシャが次々と塞ごうとするために、なかなか辿りつくことができない。むやみやたらに爆炎を撒き散らすため、非常に厄介だった。



「クソ、面倒くさいな。――『属性解放一閃斬り』」



 剣先から迸る電撃で、眼前に立つラクタパクシャを一振りに焼き焦がす。バリバリと空気を裂くような音とともに、ラクタパクシャ達の断末魔が鳴り響く。



「ルリ、伏せろ!」



 一瞬作られた隙間を即座に駆け抜け、ルリを囲むラクタパクシャを一纏(ひとまと)めに切り伏せた。俺の背後を狙うラクタパクシャに気付いた俺は、地面を蹴って跳躍し、そいつの頭上から剣を叩き付けた。



「数が多すぎるぞ畜生! 切っても切っても減らない!」



 俺は息をつく間もなくラクタパクシャを仕留めていく。しかし、数の暴力は凄まじく、その猛攻は未だやむことを知らない。俺は自分に襲い掛かってくるラクタパクシャを一撃で葬りながら、応戦中にピンチに陥った仲間を援護する。


 王魔級とだけあってラクタパクシャは非常に強力で、限界を解除しているからこそヤツらの速度に追いつけているものの、少しでも気を抜いて業火を撒き散らすのを許せば、あっという間に狩られているだろう。






「リョーヘイ、時間がないわ! 急いで、早くこいつらを全員始末して!」





 無茶を言ってくれる。もはや返り血とラクタパクシャの体色とが混ざって周りの景色がよくわからないが、既に援軍の加勢はなくなっているようだった。だが、今ここにいるラクタパクシャだけで何百体いるか数えられたものじゃない。


 それを全て始末する。簡単なことじゃない。だが、できないとも思わなかった。できないとは思わなかったが、このままの状態でそれが可能だとも思わなかった。


 だから俺は、無意識に躊躇っていた力の解放を行う。




「ふざけやがって――突然出てきて馬鹿みたいな数で襲い掛かって来やがったこと、あの世で後悔させてやるよ!」



 俺は本能的に抑えていた力を限界まで放出することを決意した。理性を飛ばし、戦闘を遂行するだけの機械へと自身を作り変える。



 怒りを超えた激情が全身を包み、全身が熱くなる。もはや、俺の頭はここにいるラクタパクシャを根絶やしにすることしか考えられなくなっていた。




 体がはじけるような感覚とともに、目の前が真っ白になった。

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