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 間話「恋心」

――フレデリカ視点――


 クリキシアの王都シントヒミアに着いてから、鍛冶屋でリョーヘイの武器の加工を頼んだ私達は、出来上がりを待つ間に時間つぶしとばかりに王都内を観光していた。



「あ、オレちょっとあそこの食い放題の店で腹ごしらえしてくるわ」


「あ、ルリはあそこの服屋覗いてくるねぇ」



 そう言ってスティーブとルリは早々に単独行動に移ってしまったので、今は私とリョーヘイの二人で街を歩いていた。



 アイコールの王都ほどではないにしろ、やはり国の中心部なだけあって相当活気がある。人通りもそうだが、数多くの店が立ち並ぶ様子は、見ているだけで気分が高揚してくる。



 そのとき、あちこちを見回していた私の目が、一つの魅力的を店を捉えた。その店は若い女性に大人気の甘味処で、店先を見るだけで繁盛しているのが分かった。


 私は実は甘い物が大好きなのだが、普段クールを気取っている私にとって、リョーヘイの前であの店に入りたいと言い出すのは何だか気恥ずかしく、少々気が引けた。


 私はリョーヘイの方をチラリと見る。彼は私の方を見ていたのか、自然と目が合う形になったので、私は慌てて目を逸らした。できれば彼にもルリ達のように単独行動に移って欲しかったのだが、突然そんなことを言い出すのも変だ。




「……なあフリッカ、あの店って甘い物が食えるみたいだな。俺、なんか久々に甘い物食べたくなってきたし、良かったら一緒に入らないか? 女性ばっかで俺一人だと入り辛そうだ」



 なんだ、どうやらリョーヘイも私を同じ店に入りたかったみたいだ。



「ふふっ、リョーヘイったら子供ね。……まあいいわ、そこまで言うなら着いて行ってあげないこともないわ」


「そうか、それは助かる」



 私が了承すると、リョーヘイはニコニコとした表情になった。そんなに嬉しい顔をするとは、リョーヘイはよほど甘い物が好きなのか。まるで気付かなかった。







「どうしたの、あなたが入りたいって言ったから着いてきてあげたのに。私の顔ばかり見て、気持ち悪いわ」



 リョーヘイは自分の頼んだケーキにはあまり手を付けず、パフェを頬張る私の顔ばかりをニヤニヤと見ていた。



「いや、意外だなぁって。フリッカが甘い物好きだなんて思わなかったから」


「……私は別に甘い物が好きなわけではないわ。あなただけ注文して私が注文しないのは不自然だから、仕方なく頼んだのよ、仕方なく」


「そうかそうか、仕方なくね……ってぬおおおおおおおおおおお頭いてええええええええええええ」



 なんだか言い方が気に食わなかったので、私は懲罰魔法を発動した。あまりに大げさに痛がるのが鬱陶しいのですぐに解除したが。



「ま、まあ俺のことは気にしないで食ってていいよ」


「そうさせてもらうわ。……あとそのケーキ、口に合わなかったということなら、私が貰ってあげないこともないけれど」



 結局彼の分も私が全部食べてしまった。もしかしたら私が懲罰魔法を発動したせいで食欲がなくなったのかもしれないと考えると、彼には少し悪いことをしたかもしれない。


 私が後で謝ると、彼はニヤニヤと気持ち悪く笑いながら気にしていないと言っていた。あまりにも気持ちの悪い笑い方をしていたのでまたもや懲罰魔法を発動しそうになってしまったが、謝ったばかりでそれはさすがにどうかと思ったのでやめておいた。










 甘味処を出た私達は、ルリ達が戻ってくるの待ちながらぶらぶらと王都を歩いていた。中心部に近づくと段々人通りが多くなってきて、気を抜くとリョーヘイとはぐれそうになるほどだった。私は少し背が小さいので、余計に人混みが苦手だった。こういった場所だと辺りを見渡すのがなかなか大変なのだ。



 そのとき、唐突に私の右手がリョーヘイの手で握られた。私はびっくりして彼の方を見た。



「こうすればはぐれなくて済むだろ。俺もフリッカも背が高くないから、一旦はぐれると面倒なことになる」


「こ、子供扱いしないで頂戴。……まあでも、あなたの言うことも正しいわね。不本意だけれど手を握らせてあげるわ」



 私は内心ドキドキしており、顔が真っ赤になっているのを見られないよう下を向きながら歩いた。別に何でもないようなことなのに、なんでこんなに恥ずかしいのか分からなかった。


 人混みが大分収まったところで、リョーヘイは私の手を放した。



「てっきり変な関係に見られる、とか言って振り払われると思ったぜ」


「どうせここには赤の他人しかいないのだから、どう思われても構わないもの。それに、はぐれてあなたの居場所を探す羽目になる方がよほど面倒よ」



 リョーヘイはそれもそうか、と言って笑った。何だかからかわれた気がして不満だったので懲罰魔法を発動しようかと思ったが、かわいそうなのでやめておいた。


 私達はそうしてしばらく街を歩いた後、再びルリ達と合流した。






「見ろよリョーヘイ、あの()の胸。あんなに可愛いうえにあの巨乳、すげえな」


「おお、本当だ。シントヒミアは発育の進んだ子が多いな。――おいスティーブあっちもなかなか……」



 鍛冶屋に武器を受け取りに行く道中、男二人がこそこそと話しているのが聞こえた。これまでもああして何か話していることはあったが、今回のように話の内容を聞き取れたのは初めてだった。そして、予想以上に下衆な話をしているのも初めて知った。



「おお、本当だ。リョーヘイもなかなか観察力に優れてるよなぁ」


「はは、俺を誰だと思っている。神魔級使い魔のリョーヘイ様だぞ? この俺の観察眼にかかれば巨乳の一つや二つ――ぬおおおおおおおおおおおお頭いてええええええええええ」



 驚いたスティーブが、咄嗟に私とルリの方を見る。私はそれを無視して、頭を抱えているリョーヘイを睨んだ。



「いつもこそこそと何か話していると思ったら、なんという気持ちの悪い話をしているのあなた達は」


「フリッカ、気付いてなかったんだ……ルリはてっきり呆れて無視しているのかと思ってたよぉ」



 弁明の余地を与えるため、私は懲罰魔法を緩める。解除はしない。リョーヘイは涙目になりながら私の方を見る。



「いや、これは紳士の嗜みというやつで……というか、別にこれくらいで懲罰魔法を発動させなくても……」


 反省の様子が見られないので、私は再び魔法を強めた。リョーヘイは大げさな叫び声をあげながら地面にうずくまった。


「公衆の面前でそんな下品な話をしているあなたを放っておいたら、下手したら女性を襲いかねないわ。使い魔の粗相は飼い主の私の責任よ。しつけをするのは当然じゃない」


「す、スティーブだって同罪だろ、なんで俺だけ……」


「おいリョーヘイ、余計なことを言うんじゃねえ」


 スティーブがあたふたとする。冷ややかな目で彼らを見る私の肩を、ルリが優しく掴んだ。



「まあまあ、二人とも男の子なんだし仕方ないよ。リョーヘイ君だってそれくらいの倫理観はあると思うし、それくらいにしてあげなって……」


 私は厳しい表情を崩しはしなかったが、ルリがそう言うのであればということで、リョーヘイの懲罰魔法を解除してやった。



「いやあ、ルリは物分かりがよくて助かるよ。どこかの頭の固い分からず屋さんとは違うなぁ」


「あはは。でも、リョーヘイ君もあまりに露骨に女性を下品な目で見ちゃダメだよぉ」


「そうだぞリョーヘイ。仮にも女性の前でそういう下衆な態度を見せちゃいけねえ」


「お前がそれを言うか!?」



 私はどうにも腹の虫が収まらなかったが、これ以上言ってもしょうがないかということで、とりあえず今は咎めるのをやめた。






 




 





 シントヒミアを出た日の晩、私達は道中の村の宿屋の部屋を取り、男女に分かれて寝床に就いていた。私は今日の日中の出来事を思い返しながら、隣のベッドで服を畳んでいるルリに声をかけた。



「全く、なんで男っていうのは皆ああなのかしら。使い魔のくせに煩悩まみれで困るわ」


 私が先ほどのリョーヘイ達の下品な話をしていたことを言っているのに気付いたのか、ルリが小さく笑ってそうだねぇ、と相槌を打った。


「まあでも、あの二人はまだ紳士的な方だと思うなぁ。もう短くない時間私達と一緒に過ごしてるけど、一度も襲い掛かってきたりなんてことないし?」


「当然じゃないそんなこと。もし襲い掛かってきても、懲罰魔法と攻撃魔術で撃退してやるわ」


「確かに、ルリ達は無力な女の子ってわけじゃないからねぇ。でも、男の子だし、あれくらいなら大目に見てあげてもいいと思うけどね、ルリは」



 頭ではそう納得しようとしても、私の中の心の中のもやもやしたものは残ったままだ。何より――



「何よ、巨乳巨乳って。まるで私への当てつけみたいに……。やっぱり、リョーヘイも大きい方が好きなのかしら……」



 私の胸ははっきり言って普通よりも小さい。これまでは別に気にしたこともなかったが、自身の使い魔が大きい方に目を取られているのを見ると、劣等感のようななんとも嫌な気持ちに(さいな)まれるのだった。


 

 すると、ルリは突然ニヤニヤした表情で私の顔を見始めた。



「ははぁ……なるほどねぇ。フリッカはリョーヘイ君のことが好きなのかぁ。まあ、自分の使い魔が他の女の子に目移りしてたら嫉妬しちゃうよねぇ。リョーヘイ君、北方系の顔だからカッコいいし、あれでいて漢気あるもんねぇ。……そっかぁ、フリッカも可愛いところあるなぁ」



「はぁっ!? 私は別にリョーヘイのことなんか、すすすすす好きなんかじゃないわよっ! そもそもあいつは使い魔で私はその主人、それ以上の関係でもないしそれ以下の関係でもないわ!」



 ルリが突然変なことをまくしたてるので、思わず声が上ずってしまった。そんな私をルリは相変わらずニヤニヤと眺めている。



「まあまあ、隠さなくてもいいよぉ。別に使い魔に恋したらいけないなんて決まりないんだから。ほら、素直になりなってぇ」


「――っ! 隠すも何も、何とも思ってないわよあんな馬鹿使い魔のことなんて! この話は終わり、私はもう寝るわ!」



 私はこれ以上話していると余計にルリにからかわれると思ったので、さっさと寝てしまうことにした。




 私がリョーヘイを?

 そんなことはありえない。だって、リョーヘイはただの使い魔で――でも、ルリの言う通り使い魔に恋をしたらいけない決まりなんて、ない。




 バカバカしい。これ以上考えると寝付けなくなりそうだったので、私は必死に別のことを考えることにした。しかしその苦労もむなしく、その晩はほとんど寝れなかった。


 

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