第二十話「幻獣爺」
「ほらよ、頼まれてたヤツだ」
俺は鍛冶屋の親方から大剣を受け取る。大きさや重さはこれまで使っていたものとさほど変わらないが、その見た目はより素材の質感が際立っている。簡単に言えば、前のあからさまに鉄製の剣とは違い、この剣は魔物の素材から作られたことが一目見ただけで分かる。
「ありがとうございました」
金は既に支払ってある。俺は礼を言ってその場を立ち去り、フリッカ達の待つ広場の方へ向かった。
クリキシア被アイコール支配王国の王都「シントヒミア」に着いた俺達は、トラソルテオトル討伐依頼達成とその素材を売ることによって、予想外に多くの資金を得た。そして俺は前の武器を売った後、帯電状態が維持された素材を利用した新たな武器を作ってもらったのだ。
ルリの武器も新調しようとしたのだが、残念ながらこの王都には槌の加工に優れた鍛冶職人がいなかったため、魔物の属性を利用した武器を作ることはできなかった。
フリッカ達と合流したあと、俺達は人気があまりなくて剣を振り回しても危なくなさそうな場所を選び、属性武器の試し振りしていた。
「これは面白いな」
普通に振るだけでは何も起こらないが、剣に魔力を流すイメージして振ると、一振りするたびに電気が迸る。前の武器を使っていたときもこのように剣に炎を纏わせて斬るイメージをしたことがあったが、まるで上手くいかなかったのを考えると、物理的な剣の技は自在に出せても、このような属性を伴った攻撃は武器の性質に大きく依存するということなのだろう。
ちなみに、この剣を使っても電気を纏った一振りをイメージするのでは上手くいかず、魔力を剣に流すイメージの方でないと成功しなかった。
「そろそろいいんじゃないの? 新しい武器に興味津々なのは分かるけれど、そろそろ出発したいわ」
無邪気に剣を振り回す俺に、フリッカが水を差す。せっかく俺がカッコいい電気斬りを披露しているというのに全く空気が読めない奴だ。
「はっはっは、もうちょっとくらいいいじゃないか。うおおおおおお、『属性一閃斬り』ィィィィ――ぬわああああああ明らかに魔力消費に寄るものではない頭痛がああああああ」
剣に流した魔力を、そのまま剣先から武器の属性を帯びた光線として放出させながら振るう剣技、名付けて「属性一閃斬り(雷属性バージョン)」を盛大に披露しようとしたのだが、謎の頭痛により妨げられてしまった。
「馬鹿なことやってないでさっさと行きましょう。予想以上に収入があったから、ここからラウム村までは一気に馬車で行こうと思うわ」
「お、それだと随分早く着くんじゃねえか?」
そんなに早く着くのであれば俺がちょっと技を出すのくらい許してくれてもよさそうなのだが、フリッカはあくまでなるべく早く着くことを望んでいるようだ。
俺は渋々と新しい武器を指輪の中に――当然であるが、柄につける輪っかは前の剣から今の剣にしっかり付け替えた――納刀した。
シントヒミアを出てから幾つかの村で馬車で乗り継ぎ、約三日ほどかけてラウム村へと辿りついた。ラウム村のほとんどの建物が石膏のようなもので作られている。そのためか、まるで村自体が灰色で塗りたくられているような印象を受ける。
その色の印象に違わぬように、この村はどこか閑散としていた。そもそも村自体がそれほど広くなく、人もそれほど多くない。わざわざ村人に聞かなくても一軒ずつ訪ねて回れば、幻獣爺とやらもすぐに見つかりそうだった。
しかし、丁度いいところに人が通りかかったので、俺はせっかくだからその人に幻獣爺の居場所を聞いてみることにした。
「すいません、この村に幻獣爺と呼ばれる人がいると聞いて来たのですが……」
「ん、ああ。それなら村の一番奥にある少し大きな建物が彼の家だよ。屋根が刺々しい特徴的な形をしていて目立つからすぐ分かると思う。
「ありがとうございます」
村の奥に行くと、確かに屋根がやたらと刺々している家があった。フリッカは扉の前まで着くと、その扉をやたらと大きな音でノックをした。
少しの間の後、僅かに開かれた扉の隙間から、白髪で髭を長く伸ばした老人が顔を覗かせた。
「なんじゃお前ら。この村じゃ見ない顔だが、ワシに何か用かね?」
「この村に幻獣について詳しい老人がいると聞いて来ました。詳しいお話を聞かせてもらえないでしょうか?」
フリッカの言葉に訝し気な目を返す老人だったが、とりあえず中に入れという仕草を見せたので、俺達は彼の後に続いた。
「ワシの名はアドルフ。お前ら、名は?」
俺達が一人ずつ名乗った後、フリッカがさっそく話を切り出した。
「ギルバートという元王級冒険者に聞いてアイコール王都から来ました。何でも、幻獣と対峙したことあるとか」
アドルフにとってギルバートという名前は特に深い意味を持っていないようだった。だが、幻獣という言葉に対しては反応が違った。
「……幻獣についての話が聞きたいとのことじゃったな?」
フリッカが頷くと、アドルフは厳しい表情で彼女を見た。選ばれし者のみにしか情報を教える気はないとのことだったが、彼女はそれには該当しないということだろうか。
アドルフは続いて俺の顔を見た。まるで、興味深いものを見つけたというような目で、だ。
「ほう……。リョーヘイと言ったか。お前、名前からしても顔からしても、北方の民じゃな?」
俺が返事をする前に、アドルフは家の奥へと行ってしまった。彼の唐突な謎の行動に、俺達は思わず顔を見合わせた。どうやら日本人の顔はこの世界において北方の民という扱いをされるようなのだが、このまま素直に北方の民と頷いておくのがいいのか、それとも使い魔であることを話した方がいいのか。俺はフリッカに判断を委ねることにした。
アドルフが戻ってきたとき、彼の手には千両箱のような木箱が握られていた。彼はそれを机の上に置くと、俺達の顔を見回した。
「……今からする話はリョーヘイにしか聞かせるつもりはない。他は外で待っておれ」
「リョーヘイは北方の民ではないわ。私の使い魔よ。飼い主が人様の家で飼い犬から目を離すわけにはいかないわ」
アドルフは、いつの間にかタメ口になっているフリッカの言葉を、ふざけた嘘だと聞き流そうとした。しかし、彼女が俺と彼女の額に表示させた刻印を見ると黙ってしまった。
「……ふん、お前もそこそこやるようじゃな。まあいいじゃろう。面白いものを見れたのもある。特別全員に聞かせてやる」
何か聞かせられない理由があるのかと思えば、どうやらただ自分の気分で判断しているだけだったようだ。中々に変わり者であることは間違いなさそうだ。
「話をする前に、一応確認しておくが……お前らは、幻獣討伐を目指しておるんじゃよな?」
俺達が頷くと、アドルフは先ほどの箱に手をかけた。箱はからくり箱のようになっており、アドルフは箱のあちこちを弄りその蓋を開けた。
「ワシは一度だけ、幻獣と戦ったことがある。まあ、そのあまりの強さにすぐに敗走する羽目になったんじゃが……」
タダで帰ってきたわけではなかった。そう言って、アドルフは箱から奇妙な物を取り出した。それは琥珀色のスライムのようなもので弾力性があり、人の拳ほどの大きさをしている。
「これは雷の幻獣の涙、もしくは汗にあたるものだと思っておる。激しい魔力を感じるんじゃが、至る所の鍛冶屋に頼んでも加工が不可能じゃった」
「幻獣はどんな姿をしていたの?」
話を遮られ、アドルフは不機嫌な顔をする。フリッカはさすがに失礼だったと気付いたようで、バツの悪そうな顔をした。
「激しい電気に包まれておって、本体を見ることはついに叶わんかった。ワシらの実力ではその電気を消させることすらできなかった。幻獣は姿を見ることさえ難しい魔物じゃ。それは名実ともにな」
続いてフリッカは雷の幻獣の居場所を聞いたが、アドルフは教えてはくれなかった。彼曰く教えたくても教えられないらしく、幻獣の住まう土地、秘境への道は記憶操作の魔法――本人の同意が得られた記憶のみを消せる魔法だ――で消されてしまったらしい。むやみやたらに情報を流布して、認可なき冒険者が入ってこないように、記憶を消すことに同意した者のみが秘境まで案内してもらえるそうなのだ。
フリッカは一番知りたかった情報を知ることができず、残念そうに肩を落とした。
話を戻すと言ったように、アドルフはスライムを掲げる。
「幻獣は幻獣にしか負けない――そんな言い伝えがあってな。ワシは信じておらんかったのだが、どうやらそれは本当のようなんじゃ」
「――? どういう意味だ?」
アドルフは再び俺の顔を見る。
「幻獣の魔力を帯びた攻撃こそが、幻獣に致命傷を与えることができる。これはワシの推測じゃが、多分間違っていないはずじゃ」
客観的に見れば、これは単なる爺の妄想話だ。しかし、言い伝えが事実に基づいたものであるとしたら、その推測も突拍子の無いものとはいい難い。
「爺さんはその素材を用いた武器で幻獣を倒せるって言いてえわけだろ? でもよ、その推測が正しかったとして、武器が加工できねえんじゃ意味がねえぞ」
スティーブはあまり機嫌がよくなさそうだ。そもそもアドルフの話を信じていないといった考えが透けて見える口調だった。
「ワシが何十年幻獣に関して調べてきたと思っておる。――北方の国には、古来から続く伝説の鍛冶職人一族が存在しておるそうじゃ」
なんでも、その一族は神から授かった奇跡の工房で、どんな魔物の素材も加工することができるのだという。
「ここから北方までは、あまりにも遠くあまりにも険しい旅路。ワシがその一族の話を知ったときには、既に年を取り過ぎておった」
つまり、代わりに幻獣討伐の見込みがある者に素材を託して北方に向かってほしかった、というところだろうか。
「選ばれし者にしか情報を教えないっていうのは、それが理由って訳かぁ。でも、アドルフさんはリョーヘイ君の顔を見ただけで、何では話をする気になったんですか?」
ルリの言う通り、いくら俺を北方の民だと思ったとしても、それだけで幻獣の素材を見せるに至ったとは思えない。
「ふん、聖クラスを舐めるんじゃない。ワシは目を見ればそやつの実力を曖昧にじゃが感知できる。リョーヘイの魔法攻撃力はまさに無限じゃ。若干枷がかかっているように見えたが、それはそこの小娘の使い魔の使役魔力上限にかかっていると考えれば納得がいく」
そして、とアドルフは付け加える。
「リョーヘイの得意傾向は北方の真の強豪にしか顕出しない、ヤマト流のカタナ武器と出ておった。そんな者がここを訪れるなんて、これはもう幻獣討伐の運命を司る者としか思えんかったよ」
アドルフが、何やら気がかりな単語を発した。俺の得意傾向は両手剣のバランス型だと思っていたのだが、それは違ったのだろうか?
詳しく聞こうとした俺達だったが、彼は何はともあれ北方に行かなければ話が始まらないの一点張りだった。なんでも、カタナ武器を作り出せるのもその伝説の一族のみなのだと言う。
「……どうするんだフリッカ。アドルフの話、信じるのか?」
彼女はしばらく考え込んでいたが、やがて結論を出した。
「その素材、頂けるのよね?」
アドルフが無言で頷くと、フリッカはよしっ、と言って俺の顔を見た。
「よくよく考えたら、幻獣の杖の製作をどうするか考えてなかったわ。丁度いいし、その一族にお願いしてリョーヘイのためのカタナ武器を作って、ついでに幻獣の素材を加工してもらって、更についでで幻獣の杖の製作を依頼するのよ」
こんなに簡単に信じてしまって大丈夫だろうかと思ったが、フリッカはもう決心してしまったようだった。俺はもしこの爺が適当な作り話をしていて、あのスライムはただのスライムで、そもそも伝説の一族なんて存在しなくて、俺の得意傾向の話もでっち上げで、などと色々志向を巡らせていた。
「大丈夫、あの素材は本物よ。言ってなかったけど、私も素材から感じる魔力くらいは分かるわ。それに、伝説の一族の話も聞いたことがあるもの」
もっと早くそれを言ってほしかった。こうして俺の心配事は杞憂に終わり、俺達は一旦王都に戻って旅支度を整えてから北方へ向かうことを決意した。




