第一話「†神魔級†使い魔『日向良平』」
不思議な感覚だった。永遠に匹敵するくらい長い時間だったとも、一瞬であったともいえる――そんな奇妙な時間の流れ方をする空間に捉われた俺は、なるほどこれが死後の世界というやつなのかと、妙に納得していた。
神様とか天使とか閻魔大王とか、そんなものは一切存在していないどころか、そもそもこの空間に俺以外のものが存在しているかどうかも満足に分からなかった。五感が生前と同じように機能していないから、周りの景色も音も匂いも何もかも分からない、という感じ。
そして何より、この空間はとても居心地が悪かった。言葉で言い表せない、ここにいるだけで気が狂ってしまいそうになるような気持ちの悪さが俺を襲った。
こんな気持ちの悪いところに、これからずっといなくちゃいけないのか――そう絶望感で打ちひしがれる俺だったが、その懸念は杞憂となった。
その感覚を言葉で表すとするならば、「形のないものが、何らかの作用で俺という『個』にかたどられた」とか、そんな感じだろうか。俺は永遠とも一瞬ともいえる時間を経て、再び「俺」に戻ったのだった。
――フレデリカ視点――
魔法陣に魔力を込めながら、私は心の中で自身の高ぶる気持ちをなだめていた。数百節にも及ぶ詠唱は既に済ませてあり、あとは魔法陣の内容に沿って魔力量を調整するだけ。
「大丈夫、きっと成功するわ。なんてったって、私は天才なんだからっ……!」
魔法陣は、魔力を込めるにつれて青い輝きを段々と増していく。これからのことを想像すると、武者震いが止まらなくなった。
「さあ来て! 私による私のための、私だけの最強の使い魔っ!」
輝きは最高潮を迎えた。私は眩しさに思わず目を背ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
私が再び顔を上げたときに目に入ったのは、絶叫しながら魔法陣の上で四つん這いになる一人の全裸の少年の姿だった。
「やったわ! 成功よ! どこからどう見ても人間にしか見えない! やっぱり私は天才だったのよ!」
私は虚ろな目をしている少年に、そのままでは寒かろうと思って、普段使っていないローブを手渡してやった。
「ほら、これを着なさい。今日からあなたは私の使い魔よ」
少年は意味が分からないという表情をしつつも、緩慢な動作でローブを羽織った。
「もしかして、魔法陣に記述ミスがあったのかしら。言語指定はしっかり人間語に設定したはずだけれど……」
「いや、言葉は通じてるよ。ただ、使い魔ってなんのことだろうと思ってさ」
唐突に少年が――いや、少年の姿をした魔物が口を開いた。どうやら状況がうまく呑み込めていないようだった。
それにしても本当に人間そっくりね、と思わずつぶやいてしまう。黒い髪に黒目、やや黄色の肌。人種でいえば北方民族のような容姿をしている。外見だけでいえば年は私と同じくらいに見える。
「言葉通りの意味よ。あなたは私が召喚したの。私の目標を達成するために、あなたにはしっかりと働いてもらうわ。私の命令には忠実に従うように」
「ちょちょちょ、いきなりそんなこと言われても困るぜ。なんで俺があんたに従わなきゃならないんだ?」
私は無言で使役魔法のうちの懲罰魔法から、軽めのものを一つ発動させる。無詠唱で行える簡易的なものなので、どれくらい効くか少し不安だが、最初はこれくらいでいいだろう。
「うごおおおおおおお、なぜか急に頭痛がああああああああああ。おいお前、何をしたああああ!?」
使い魔が苦痛の叫びを上げる。しっかり効いてるようだった。私は魔法を取り消した。
「お前じゃなくてフレデリカよ。フリッカでいいわ。あなたが反抗的な態度をとるたびに、さっきみたいな目に合わせるから、無駄な抵抗はしないことね。……あなた、名前は?」
「マジかよ、性格キッツ――だあああああああああすまんすまんやめてくれ! 俺の名前は日向良平だ!」
何やら批判的な意見が聞こえた気がしたので、私は再び懲罰魔法を発動させる。使い魔は頭を抱えながら自らの名を名乗った。
「ヒナタリョーヘイ? 随分長い名前ね」
「良平でいいよ、っていうか早くこの頭痛なんとかしてくれ! このままじゃ気が狂っちまう!」
外見だけとはいえ、同い年の少年が苦痛に悶える姿はなかなかそそるものがあるのだが、さすがに可哀想なので、私は渋々魔法を取り消してやった。
「で、その『純属性の六幻獣』とやらの素材から杖を作るのが目標ってわけね」
使い魔、もといリョーヘイがなんとも言えない表情でそう言った。
「そういうこと。だから、あなたにはそのサポートをしてもらいたいわけ。ここまで人間に近いというか、もはや人間と遜色ないくらいの姿をもつあなたなら、それくらい簡単でしょ?」
「いや、そもそも俺人間だし……。申し訳ないけど、戦力にはならないと思うぞ?」
彼が嘘を言っているようには見えないが、使い魔としての働くのが面倒だから早く解放されるために言い訳しているのかもしれない。そもそも、彼が人間なわけないのだ。
「そんなはずないでしょ。あなたは確かに召喚魔法ででてきたんだから。召喚魔法は魔空間としか繋がらないのよ。魔空間に人間は存在しないわ」
「そう言われてもなあ。まず、魔法や魔物が存在するってことも信じらんないって感じだし。いや、さっきの頭痛とかをみるに確かにあるんだとは思ってるけどさ」
私は段々とイライラしてきた。この使い魔はまるで何の知識もないために、先ほどからこの世界に関するあらゆることを説明する羽目になっている。だというのに、彼は自分がまるで無力な人間であるかのような話し方をするのだ。
「あなたは間違いなく神魔級の使い魔よ。知能もあって言語も操れて、そのうえ姿も人間そっくり。疑う余地もないわ」
使い魔にはその強さで五階級の序列がある。強いほうから順に神魔級、王魔級、強魔級、上魔級、魔級という具合にだ。熟練の魔法使いだって強魔級でも召喚・使役できれば十分凄いとされているのに、私は天才だから神魔級を召喚できた。
基本的に序列が高いほど人間の姿に近いとされているが、普通は体の一部に魔物と判別できる特徴が残っている。完全に人間と同じ姿の使い魔を召喚できたのは、歴史上でも伝説の召喚者と、天才の私の二人だけだ。
「まあいいや。俺が強いとするのはいいし、あんたの言う目標とやらを手伝うとして、その幻獣ってのはどうやって出会うんだ?」
「幻獣は各地に存在する秘境の奥に存在してるそうよ。ただあまりにも強いらしいから、挑戦できるのはギルドで認められた人間だけなの。神級到達者の中でも聖クラス認定された者のみにギルドからその秘境の場所を聞く権利が与えられるってことになってるわ」
リョーヘイは呆れた顔で私の顔を見る。
「なんじゃそりゃ。ていうかギルドってなんだよ、そんなんゲームとかでしか聞いたことないぞ」
「げえむ? あなた、賭け事するの? ……ギルドっていうのは、魔物退治をはじめとして、一般市民からの様々な依頼が集まるところよ。ギルドに冒険者として名前を登録すれば、ランクに応じて依頼が斡旋してもらえるし、報酬も貰えるわ」
「なんかよく分かんないけど、そこまでして幻獣の杖を作ることに何の意味があるんだ?」
私はその言葉で亡き師を思い出し、少し寂しくなる。
「私に魔法を教えてくれた師の、とうとう果たすことのできなかった目標よ。彼は幻獣の杖を作って、この世を統べる魔法使いになるのが夢だったの」
「この世を統べるって……そもそもギルドが幻獣を管理してるんだから、その気になればそいつらが杖を作れるんじゃないのか? んで、作らないってのはそれを作っても大したものにならないからじゃ?」
私は思わずため息をつく。この使い魔はどうやらあまり賢くないらしい。
「あのね……私は幻獣を管理してるだなんて一言も言ってないわ。ギルドは秘境の場所を把握して、無闇に犠牲者を出さないように何者かが立ち入らないように見張ってるってだけ。幻獣は自ら人に危害を加えないけれど、自分に攻撃する者には容赦ないの」
「んじゃ別にわざわざギルドを通さないで秘境を探せばよくないか? 詳しいことはわからないけど、その神級の聖クラスってのに到達すんのだって簡単なことじゃないんだろうし」
「この世界は広いわ。そうでなくても魔物だらけの世界を旅して回るには莫大なお金や装備が必要なの。どちらにしろギルドのお世話になるなら、正規のルートでたどり着くほうが手っ取り早いってわけ」
リョーヘイは黙り込んでしまった。まだ何か言いたいことがあるが、言いたいことが多すぎて何を言ったらいいのか分からない、という表情をしている。
……少し、一気に喋り過ぎたかもしれない。使い魔というのは知識も兼ね備えて登場してくるものだとばかり思っていたが、彼を見る限り必ずしもそうというわけでもなさそうだ。
私は少し語気を和らげ、彼の肩に手を置いた。
「まあ、召喚されていきなり色々言われても混乱するわよね。しばらくこの世界での生活に慣れつつ、私の話を聞いてくれればいいわ」
リョーヘイは何も言わずに頷いた。こうして私は最強クラスの使い魔を使役することとなった。