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第十七話「奇跡の巡り合わせ」

「案外スムーズに終わったねぇ、出入国手続き」


 ルリが大きく伸びをした。彼女の言う通り速やかに関所の手続きを済ませた俺達は、たった今、アイコール王国を出てクリキシア被アイコール支配王国へと立ち入ったのだった。


 国境を越えた付近は、大きな商店街のような通りが広がっていた。国を跨ぐ者を対象をした土産屋が多数出店しており、人通りも多く賑やかだ。アイコール大森林を抜けてからは比較的閑散とした村が続いたために、その賑やかさは余計に際立つ。


 雰囲気としては、アイコール王都から民家を減らして店を増やした感じだ。散見される民衆も大差ないが、王都と比べると人種は偏っていて、より西洋風の顔立ちをした人が多くなった印象を受ける。



「しばらくはこんな感じの通りが続くみたいね。決まった街ではないみたいで、そのまま関所近街って呼ばれ方をしてるって書いてあるわ」


 フリッカが道中に買ったガイドマップのようなものを読みながら言った。彼女曰く、この関所近街を抜けると今度は多数の農村が存在しており、そこをさらに抜けると例の大高原へと出るのだそうだ。



「にしても腹減ったな。農村に入ったらまともな飯食えなさそうだし、ここら辺で何か食っていかねえか?」



 食欲に関しては人一倍強いスティーブの言うことであるが、その意見には俺達も概ね賛成であった。国の出入り口付近というだけあって、食事処も多数見受けられる。屋台も出ているためにあたりに香ばしい香りが漂っているのも、余計に俺達の食欲を刺激していた。



「ねえ、あそこなんかどうかなぁ? アイコールではあまり見ない汁麺屋があるよぉ」



 む、何やら無視できない単語が聞こえた気がする。汁に麺。それらのキーワードから、俺は生前大好物だったある料理を頭に思い浮かべていた。



「うん、そこにしよう。ぜひともそこにしよう」


 俺が間髪入れずにルリの提案に賛成すると、フリッカが若干引き気味になった。


「き、急に鼻息荒くしてどうしたのリョーヘイ。まあ、あなたがそこまで乗り気なら別に私は構わないけれど……」


「オレは美味くて腹が満たせりゃなんでもいいぜ」



 そういうわけで、俺達は年季の入った看板を掲げた汁麺屋の暖簾(のれん)をくぐったのだった。






「はいよ、上魔油汁麺大盛り二丁とあっさり汁麺二丁、お待ち!」



 元気のいい掛け声とともに、俺達の目の前に白い湯気を立てた汁麺が出された。


 木で作られたどんぶりの中に注がれた熱々のスープ。そこに浸かる黄金色の太麺の上には色鮮やかな刻み野菜が盛り付けられており、下半分を汁に沈めた輪切りの肉はプリプリとしてきれいな桃色をしている。



 そう、汁麺とはこの世界のラーメンのことである。生前の俺は、小さいころから休日はいつも地元のラーメン屋をあちこち巡っていた。一時期はあまりにもラーメン屋に通い過ぎて小遣いが尽きてしまったこともあるほどだ。


 とはいえ、俺は味に関して細かい難癖をつけるような通ぶった人間ではない。不味いと言われたラーメンも最高に旨いと言われたラーメンも、そのすべてが俺にとっては愛する料理であった。



 そんな俺にとって、この世界で再びラーメンに巡り合えたことは涙を禁じ得ない出来事だ。



「って、箸はないのか箸は。さすがにフォークで食うのはちょっとイマイチだぞ」


「お、お客さん北方出身の方ですかい。ここいらじゃ珍しいねえ。……ほい、どうぞ。お客さんみたいに北方の人はこれじゃねえと汁麺は食えねえって絶対に言うもんですから、バッチリ用意してるんですよ」



 完璧だ。その北方の民は分かっている。きっとどこか深いソウルでつながる部分があるんだろう。いつかは行ってみたいものだ、北方に。



「それじゃ、いただきます!」



 既に食べ始めていたフリッカたちに続き、俺も食事に移った。さすがにレンゲは置いていなかったので、俺はどんぶりをそのまま両手で持ち、ゆっくりと汁をすすった。



「くぅ、旨い」


 もう耐えきれない。俺はさっさと箸を手に取り、他の三人が麺を食べ終える前にあっという間に汁まで飲み干してしまった。



「噛み応えのあるモチモチ麺に、シャキシャキ野菜。旨味たっぷりの分厚い肉。若干辛みの効いた脂タップリの汁、ウンメェ! 完飲、ごっそさん」



 味的には豚骨ラーメンそのものだった。見た目通りの美味さで、俺は感動のあまり店主に握手を求めてしまった。まさかこんなところでひょっこりラーメンを食えるとは思っていなかったので、少々大げさな行動を取ってしまい、フリッカ達には盛大にドン引かれてしまった。


 





「次の村を抜ければ大高原よ」



 村と村の境に存在する小さな森を歩いていた俺達は、ようやく高原前最後の農村の前へと辿りついたのだった。村自体は大して栄えているわけではなさそうで、田畑が広がるものの民家自体はそんなに多くの数は存在していなかった。



 村に立ち入って少ししたところで、俺達は異変に気付いた。



「ねえ、なんか村の入り口だっていうのに全然人いなくない? いくら田舎だとしても、普通その辺を人が歩いてたりくらいはするものだよね?」



 ルリが自身の覚えた違和感をそのまま口に出す。俺達は無言で顔を見合わせ、村の奥へと足早に向かった。








 村の東側に人がいない理由が分かった。この村に住む人々は皆、騒ぎが起きている村の西側――つまり、高原に近い方に位置する小さな集会所付近に集まっていたのだ。


 その光景を見るだけで、ただ事じゃない何かが起こったことが分かる。集会所の前面には黒く焼け焦げた跡があり、近くの民家や木々も大きく崩れ焦げ跡がついていた。その様子を一言でいうならば、めちゃくちゃだった。



「すいません、何かあったんですか?」



 フリッカが村人の一人であると思われるふくよかな女性に尋ねた。女性は一瞬驚いた顔をしていたが、俺達の姿格好を見て察したような表情になった。



「あなたたち、もしかして冒険者?」


「はい。とは言ってもまだ上級なんですがね」



 俺が質問に答えると、彼女はちょっと待っててと言い残して、集団の方へと駆けていった。








「村の子供がやられたんじゃ。――『トラソルテオトル』にな」



 女性が連れてきた村長と思われる老婆が口にしたのは、滅多に人里を襲うことのないと言われているはずの魔物の名前だった。

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