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第十五話「幻獣討伐の意志」

「ジョーさんとパーティを組んだ頃から、ワシらはずっと幻獣討伐および幻獣の杖の作成を目標としてきた」


 ワシら、という言い方からヘレンもそれに含まれていることが分かる。おそらく、同じパーティメンバー同士で夫婦の関係になったといったところだろう。



「ジョーさんとパーティを解散してからまもなく、あの人は冒険者界隈から姿を消した。ワシはこの時点であの人は死んだものだと思っていた。冒険者にはよくあることだから、ワシはそんなに詳しく探すこともせんかった」



 実際はジョーは死んではおらず、フリッカを育てながら隠居生活を送っていたというわけだ。



「その後、結婚したワシとヘレンはしばらく冒険者家業を続けてきたのだが、二年前にヘレンは王魔級の魔物との戦闘で視力を失った。探知魔法の応用でその後も冒険者を続けてはきたが、もはや以前のようにバリバリに依頼をこなすことは不可能になった」



 そして極め付けがこれだ――そう言ってギルは自身の左腕を指さした。最初に見たときは気付かなかったが、よくよく見るとそこには何かに引っかかれたような大きな傷跡があった。



「数ヵ月前にワシもヘマをして大怪我をしてしまってな。治癒魔法の使い手が近くにいなかったせいもあって治療が遅れた結果、日常生活はまだしも到底まともに剣を振ることができない腕になってしまった」



 ここまで言われれば大体想像はつく。長らく幻獣討伐を目指して腕を磨いてきたが、神級冒険者に昇り詰め聖クラス認定を受けるという段階に至る前に冒険者として致命的な怪我を負ってしまった。そこから導き出される答えは。



「冒険者引退、ですか」



 俺が思い浮かべていたのと同じ言葉でフリッカが問いかけた。ギルはゆっくりと頷き、肯定の意を示した。



「正直、ワシはこんな依頼を出して意味があるのか分からなかった。一昔前、それこそジョーさんの全盛期は幻獣討伐を志す骨のある奴も少なくなかった。だが、今のご時世幻獣討伐をまともに志してるやつなどほとんどおらん。ワシとて、王級冒険者になってからも幾度となく鼻で笑われてきた。そんなもの達成できるわけがないだろう、と」



 どうやら、幻獣討伐というのは人々からすれば俺の想像以上に夢見物語に思われているらしい。それを考えると、確かにあの依頼はおふざけだと思われてもおかしくないものだ。



「私がどうしてもということで依頼に踏み切ったんですよ。報酬をどうするかってことになったのだけれど、装備を整えたり情報を揃えたりにお金を使ってきて、最近では依頼も満足にこなせなくなってきた私達には、大して払えるものがなかったの」



 それまで静かに聞いていたヘレンが口を開いた。



「まあ、そうは言ってもワシらも王級冒険者の端くれだ。依頼達成に見合うくらいの金は用意できた。……だけどな、ワシらの目的は魔物を討伐してもらうことではない。本当に幻獣討伐の意志があるものと邂逅することがワシらの真の目的だった」



 報酬を幻獣討伐に関する情報のみにしたのは、仮にも上魔級というそれなりに強力な魔物を討伐する依頼に対してそれらが見合う価値があると思っている者に出会いたいがための一つの作戦だったわけか。



「それにしてもこんなに早く出会えるとは思わなかったわ。それも、ジョーさんの弟子ということであればなおさら安心して任せられそうね」


「ワシは最初はジョーさんの弟子という部分に関しては信じ切れておらんかったが、幻獣討伐という遺志という話とこれだけ人に近い神魔級の使い魔の召喚に成功したという話を聞いた時点で確信したよ。フレデリカはあのジョーさんの弟子だとね」



 彼らからしてみれば、どうせ引退するのであれば自分たちの成しえなかったことを誰でもいいから継いでもらいたいと思ってたところに、かつての仲間の弟子が来たのだから、棚から牡丹餅もいいところだ。


 しかし、肝心なのはここからだ。もちろん幻獣討伐に関しては元々の目標だったために改めて議論する必要がない。俺達にとってのメリットになると思われるところの「幻獣に関する情報」とやらがどの程度のものなのか。今回の依頼の報酬が見合ったものになるかの判断はそれを聞いてからになる。



「ギルバートさん、引退しちまうのか……いつかは一緒に戦ってみたいと思ってただけに、なんだか寂しい気分だ」


 そういえばスティーブは妙にギルを尊敬の目で見ている節がある。そんな彼にとってギルの引退は何か感じるものがあるのだろう。


 そんな風に少し落ち込んだ表情のスティーブを見て、ギルがまた豪快に笑った。



「なかなか嬉しいこといってくれよるなぁ! スティーブといったか。お前さんにいいものをやろう」



 ギルはそういうと、自身の腰に結び付けてあった二本の剣をスティーブに差し出した。



「情報だけじゃ、信憑性云々もあるしな。さすがにワシらの老後の金策も考えると他の装備は譲れんが、意志を継ぐ者にはこれくらいはやらんとな」


「え、いいんですか? これ、ギルバートさん愛用の双剣ですよね。……うお、話に聞いた通り刃が金色だ」


 スティーブの目が輝く。鞘を抜くと、確かにその刃は金色に輝いており、武器でありながら芸術品のようにも見える。



「ああ、こいつは強魔級『ペヌエル』の素材を用いて王都の最上級の二つ名持ち鍛冶屋に作らせた名刀だ。長い間使ってきたが、こいつは本当にいい武器だ。大事に使ってやってくれ」


「ありがとうございます、大事にします!」



 スティーブの様子を見るに、その武器は俺達が手軽に入手できるような武器ではないことは明らかだった。彼に限ってはもはやこれだけでも十分すぎるほどの報酬を貰ったとでも言いたげな顔をしている。


 ギルはもちろんそれだけで済ますつもりはないという顔でフリッカの方へ顔を向ける。




「幻獣に関する情報と言ったが、実は少し言い方に訂正が必要でな。正確に言えば、幻獣討伐について詳しく知っていてかつそれに大きく手を貸してくれる可能性がある人間を紹介しよう、ということなのだ」



 俺は少し落胆した。確かにありがたい情報なのかもしれないが、どうやら即時的なものではなさそうだ。それに、可能性があるという言い方が引っかかる。


 ギルは懐から地図を取り出して、ある一カ所を指さした。



「アイコール王国から西に行ったところ――若干南西寄りだな。大森林よりも遥か西側に行くと、クリキシア被アイコール支配王国……長いからクリキシア王国でいいな。クリキシア王国に着く。その中心に位置する王都シントヒミアを更に西を行くと、一つの村にぶち当たる」



 ギルはアイコール王国から左側へと指をなぞらせ、再び最初に示した地点へ指を戻す。



「このラウム村に一人の爺が住んでる。この村に行って村民に『幻獣爺はどこだ』って聞けば一発でそいつの家にたどり着けるはずだ。その爺は名前の通り幻獣に関して色々知っているみたいなんだが、少々変わっておってな。選ばれし者のみにしか情報はやらんと言って聞かない頑固爺なんだ」



 なるほど、ギルが可能性があるという言い方をしたのは、その爺が何かを教えてくれるかどうかは行ってみないと分からないからなのだろう。言い方から察するに、ギルは訪ねても何も教えてもらえなかったみたいだ。




「その老人は本当に幻獣に関して有益な情報を持っているように見えましたか?」


 フリッカが眉をひそめながらそう聞いた。せっかく遠出しても情報を教えてもらえない可能性だけでなく、爺が戯言を抜かしているだけの可能性もあるのだ。彼女の表情にも納得がいく。



「爺は聖クラス認定の冒険者証を持っておった。まもう何年も前に更新が切れてる冒険者証だから、もう冒険者は引退してるようだがな。あとで聞いた話によると、奴は幻獣について知ってるということを疑われるといつもそれを見せつけて、自分は幻獣と対峙したことがあるといったようなことを喚くそうだ。モノがモノだけに一概に戯言だとも思えんのだよ」



 冒険者証は偽造できない。聖クラス認定された冒険者証は特別な魔法が施してあるために、それなりの冒険者であればそれが本物か偽物かどうかは一発で判別できる。フリッカが俺にそう説明してくれた。



「へえ、じゃあそのお爺さんは本当に幻獣と戦ったことがあるのかなぁ。だとしたら、その時の話を聞いてみたいよねぇ」



 ルリの言う通り、もし爺から幻獣の特徴などを聞き出せれば、いずれ俺達が幻獣に挑む時が来た時に、心強い情報になるだろう。




「すぐには決められないけれど、一考の余地はありそうね。――ありがとうございました。クリキシア王国へ向かうかどうかはよく考えてから決めます。ギルバートさん、ヘレンさん、今まで長らく冒険者生活お疲れ様でした。師匠やあなた方の意志である幻獣討伐と幻獣の杖の製作、必ずや成し遂げます」



 フリッカにならい、俺達もお疲れ様でしたと頭を下げた。部屋から退出する際、最後までスティーブは名残惜しそうにギルと握手を交わしていた。

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