第十一話「冒険者登録」
「ここがギルド本部かぁ……でっかいなぁ」
俺は思わず感嘆の声を上げた。建物の内装自体は現代日本のようなテクノロジックなものではなく大理石を中心とした造りになっているが、人の往来の激しさは日本の空港や駅の雰囲気にそっくりだ。これは最近気づいたのだが、この世界は俺が元いた世界と比べると人口の多さも世界の広さも、スケールが桁違いである。
冒険者といった限られた人間しかなれない職に就く者がこのように沢山存在しているのは、その母数の多さが一因のようだ。
「無事卒業できて良かったわ。皆には感謝しないとね――ところで」
「あ、冒険者登録はあっちでするみたいだねぇ」
「おいルリ、卒業認定書は忘れてねえだろうな?」
フリッカの隣を歩くスティーブの問いかけを無視して、ルリが小走りで行ってしまった。
「あなたたち、何でずっと私達についてきているの?」
フリッカが聞くと、スティーブが真顔で彼女の方を向いた。
「付いて行くにきまってるだろ。オレとルリが真っ先に幻獣の杖を見るなら、同じパーティとして行動していなきゃじゃねえか」
「あれ言葉通りの意味だったのか!? てっきり流れでそういうセリフを言ったのかと思ってたぞ!?」
「馬鹿、そんなのダメよ。危険すぎる」
フリッカが抗議する。当然だ。いずれは命の保障がない危険な旅になる可能性もあるのだから、無闇に彼らを連れていくわけにはいかない。
「おいおい、金を出したのはオレだぜ。そのオレの言葉が聞けねえっていうのか?」
「確かにその通りだがお前、この前のいい行動が台無しだよ……。どうするんだフリッカ?」
脅しをかけるスティーブの顔は完全に極悪人のそれだった。
「命の保障はできないわよ」
「そんなのそこらの冒険者だって承知済みだっつの。足手まといになりそうだったら置いてきゃいいからよ、オレ達もその面白そうな冒険に混ぜてくれよ」
フリッカはやれやれといった様子でため息をつく。借りがある手前、強く断ることができないといった様子だ。
「……分かったわ。それじゃさっさとあっちで登録を済ませましょう」
ルリは既に受付のところにたどり着いており、退屈そうに俺達を待っていた。俺達はフリッカの言葉に従って、早歩きで受付まで向かった。
「冒険者養成学校特別枠卒業認定を確認いたしました。特別卒業生は正規卒業生と異なり、最初は無印級冒険者での登録となります。四名様は、パーティ結成をご希望になられますか?」
無印級冒険者云々のくだりについてはいつぞやにフリッカが言っていたとおりだ。パーティ結成はここで行えるのか。自由に同行できるものだと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
「はい、お願いします。リーダーは私で登録したいのですが」
フリッカがそう言うと、受付の人は何やら分厚い辞書のようなものを取り出した。中身は名簿のようになっており、沢山の名前が書き連ねてあった。
「それでは、ここにそれぞれ名前を記入してください。冒険者証の作成とパーティ結成登録はこちらで行っておきますね」
俺達は一人ずつ交代でその名簿に名前を記入していく。受付の人に名簿を返すと、そのまま少し待つように言われる。といっても待っていたのはそんなに長い時間ではなく、ものの二、三分といったところだった。
受け渡された冒険者証は木片でできていて、名前と現在の冒険者ランクが刻まれており、簡単には書き換えられないよう魔法がかけられているとのことだった。固有識別魔法とやらもかけられていて、偽装対策もばっちりらしい。
そんなに凄い技術がありながらもこの国の文明がお察しレベルなのはどういうことなのだろうか。ありがちなのは、ギルドの独占技術だとかいったところだろうか。
「さあ、ここから私達の伝説が始まるのよ。なんだかワクワクしてきたわね」
「これからは使い魔バレしないようにとか、目立たないようにとか気にしなくてもいいのか?」
「積極的にバラす必要はないけれど、別にそこまで気を使う必要はないわね。まあ、最初は簡単な依頼をこなしてランクを上げるっていう地味な作業から始めなければならないから、そんなに関係ないわ」
おお、それはなんだか楽しみだ。自分の最大限の力がどれくらいなのかを俺はまだ知らないので、それを把握しておきたいという気持ちがあった。
「リョーヘイ君って神魔級の使い魔なんだよね? 本気を出したらどれくらい強いのか気になるなぁ」
ルリが俺の気持ちを代弁してくれる。今の力の制限とやらはどうなってるのだろうか。やはりそういったものは全て取り払ってあるのだろうか。
俺がそういったことを質問すると、フリッカは少し難しそうな顔をした。
「本来のリョーヘイの強さは無限大よ。でも、使い魔の最大魔力量はその使役者の最大魔力量と同じ値まで引き下げられてしまうの。一応限界を解除する方法はあるのだけれど……」
「じゃあ限界解除しようぜ。オレもリョーヘイの本気がどれくらいなのか一度見てみてえ」
だが、フリッカは首を振った。どうやらそんなにおいそれと解除できるわけではないといったような様子だ。
「限界を解除していられるのは本当に短い時間よ。……そうね、大体三分くらいかしら。それまでに元に戻す使役魔法を掛け直さないとリョーヘイは再び元の魔空間に戻ってしまうわ」
三分間の制限時間が設けられているとは、まるでどこかの巨大ヒーローを思い出させる。
というか、あの気持ちの悪い魔空間とやらに再び戻るのは御免だ。
「ちょっと解除したりとかできないのかな?」
「一回解除するとしばらく解除できなくなるの。万が一を考えてそんな気軽には使えないわ。それに、こんなところで限界を解除する意味もないもの」
ルリがぶすっとした顔でつまんないなぁ、と言っている。冗談じゃない。何かの手違いで俺がまたあの空間に戻る羽目になったらどうするのだ。
「ほら、さっさと依頼をこなしに行くわよ。無印級のうちに受けられる依頼は雑用が多いからあまり面白くないけれど、地道にこなすことが幻獣討伐の道につながるの」
中々いいことを言う。俺達はフリッカの言葉に従い依頼を斡旋している受付けまで向かうのだった。