第十話「神魔級使い魔『リョーヘイ』」
――フレデリカ視点――
私だけであれば防御魔術で生き残ることができるが、その他の生徒はほぼ全滅してしまうだろう。今回の依頼は冒険者でもない者達にとっては荷が重すぎたのだ。
そう思った時だった。
「ウボァュルルルルルルルルルルルルルルルルガアアアアアアアアアアアアアアアア」
突然アルマロスが咆哮したかと思うと、次の瞬間ヤツの体が内部から弾け散った。文字通り爆散したのだ。
そして、砕け散るアルマロスの身体から飛び出してくる、一人の男の姿があった。
「正義のヒーロー参上ぉぉぉぉぉぉぉっ! 僕は死にましぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」
リョーヘイだった。彼はヤツの体内から外に出るために、剣を斬り付けるという作業を高速で繰り返したのだ。その結果、内側からの損壊に耐えられなくなり、アルマロスの身体自身の魔力構成が乱れ自爆したのだった。
「いやあ、吸い込まれた瞬間は絶対死んだと思ったわ! あ、俺以外の使い魔も多分全員無事だぜ! 胃袋みたいな物体を消化が始まる前にぶった切ったからな!」
なんということだろう。彼は私の想像の遥か上を行っていた。
やはり最強の神魔級の使い魔だ、リョーヘイは。
消化が始まる前に胃袋をぶった切った? 普通の使い魔ならぶった切る前に消化されている。動きの速さの問題じゃない。自分が捕食されたという事実に戦意が喪失してしまうのだ。
なんという強靭な精神力、そして戦闘力。
ああ、惜しい。彼ほどの力があればきっと幻獣の討伐だって不可能ではないだろうに。私が判断を誤ったばかりにその可能性は潰えてしまったのだ。
いや、そんなことはどうだっていいとさっき思ったばかりではないか。今は素直にリョーヘイの無事を喜ぼう。
「リョーヘイ! よかった、無事だったのね! 凄いわ、さすが天才の私が召喚した使い魔なだけあるわね!」
「お、おいおい抱きつくなって。ほ、ほら、他の生徒に変な目で見られるぞ。……っていうか、もう隠さないんだな」
私が駆け寄って抱き着くと、リョーヘイは少し照れながらそう言った。彼の身体がアルマロスの血でベトベトだったので、私は気休め程度の清浄魔法をかけてやる。
……彼は既に自分の正体が周りの生徒にバレてしまったことを悟っていた。
「さすがだな、リョーヘイ。だが、まさかお前が使い魔だとは思わなかった。フリッカの言った飼い主って言葉は、そういう意味だったんだな」
スティーブはそう言いつつ、説明を求めるような目で私を見た。ルリも何も言わずに私の返事を待っている。
「……そうよ。私は数ヵ月前にこのリョーヘイという名の、人間と全く変わらない姿をした神魔級使い魔を召喚した」
私は事の成り行きと、彼を召喚するに至った理由を述べた。いつの間にか周りの生徒も、まるで私が何かの演説を行っているかのような様子で聞いていた。私は言葉だけでは嘘を言っているように見えるだろうからと、わざわざ使役の刻印を私とリョーヘイの額に表示させた。この刻印は普段は隠れているが、この使い魔は私のものであるという証明をしたいときに自由に表示させることができる。
私の言っていることが本当であると言うことは、召喚魔法専攻の生徒が認めてくれた。
話がすべて終わっても、しばらくはまるで信じられないとでも言うかのように、沈黙が辺りを包んでいた。
「そんな大それた目標があったのね、フレデリカさんには」
一番最初に口を開いたのは、ルリだった。
「幻獣討伐だなんて、随分と大それたことを言うじゃねえか。まあでも、そんだけすげえ召喚魔法を使える奴が言うなら馬鹿にできねえよな」
「……もはや関係ないけれどね。帰還後、おそらく私とリョーヘイは国から呼び出しを食らうわ。リョーヘイは逃げだせるかもしれないけど、私は純粋な戦闘力自体がそこまでではないから無理ね。まあでも、そういう道も案外悪くないのかもしれないわね」
私は自嘲気味に笑った。
「皆頼む! このことはここだけの秘密にしてもらえないか!」
その時、リョーヘイが突然その場に正座し頭を下げ始めた。
「フリッカが国に引き抜かれて、それで行くところが悪いところだとは言わない……だけど、こいつには叶えたい夢があって、そのために色々頑張ってるんだ。勝手なことを言ってるのは分かってる。でも、俺は頑張る奴の夢が踏みにじられるのを黙って見てはいられないんだ。どうかこの通り、黙っててもらえないか!」
――何を言うのかと思ったら、こいつは突然私のことを擁護し始めたのだ。そんな義理なんてないのに。私の使役魔法のせいで、無理矢理付いてこさせられているというのに。私の独断と慢心のせいで危険な目にあったというのに。
「……なあフリッカ。念のため聞くが、お前がリョーヘイに魔法で言わせてるってことはねえよな?」
リョーヘイの様子を凝視していたスティーブが顔をあげて、私の方を向く。
「そ、そんなんじゃないわ。……まあ、証明する手段はないけれど」
「ん……いや、お前の顔を見れば嘘じゃないことくらい分かるさ。なんてったって、お前が一番驚いた顔してるしな。だから本当に念のためってやつだよ」
そう言うと、スティーブは突然生徒達の方に向き直った。
「おい、お前ら! さっきの戦い、オレ達が傷付いたときに必死に治癒魔法をかけ続けていたのは誰だ? オレ達がアルマロスの巨体に押しつぶされそうになったとき、ヤツをぶっ殺してそれを防いだのは誰だ?」
スティーブの声は、ビリビリと空気を揺るがすほどの激しさを持っていた。彼はリョーヘイを力強く指さした。
「オレはこいつがいなければアルマロスに潰されて死んでたろうな。だから、リョーヘイは俺の命の恩人だ。その恩人がこうして人の夢を応援したいと言っていて、それをどうして無下にできよう?」
生徒たちがざわつく。それを見たルリが、横からさらに加勢する。
「そもそも、皆だって夢があったから、目標があったからこうして特別生になってまで冒険者を目指したんでしょ? 私は分かるな、フリッカが夢を諦めなくちゃならなくなったら、どれだけ辛いか。皆はどう? 一緒に戦った仲間の夢を諦めさせて、国に貢献させるほうが大事なことだと思う?」
詭弁だ。一個人のわがままと国の発展、どちらを優先すべきかなんて天秤にかけるまでもなく分かる。しかし、その堂々として雄大な物言いに、生徒たちは明らかに圧倒されていた。
「それによ。オレはこいつらが幻獣を討伐するところ、見てみたいぜ。ぜってえ歴史に残るような出来事だ。そんな奴がオレ達の同期になるなんて、考えるだけで胸が熱くならねえか?」
スティーブがそこまで言ったところで、ようやく生徒の一人が口を開いた。
「で、でもよ。俺達が黙る分には一向に構わないというか、むしろ応援してやりたい気持ちは山々なんだがさ。ここでの出来事は全部試験監督が記録してるぞ。俺達だけじゃどうしようもないんじゃないか」
それを聞いて、スティーブが不敵に笑った。
「ハッ。どうせ奴は職員の中でも下っ端さ。そこらへんはオレが金でなんとかするさ」
買収か。本当にそんなことで上手くいくのだろうか。
「ま、そういうわけだ。まだなんか文句あるっていうなら、なんだったらここの生徒全員に冒険者としての支度金を用意してやってもいい。ああいいさ、こいつらが無事卒業認定を貰えたら、お前ら全員に優秀な装備を揃えられるだけの金を用意してやんよ」
生徒達はすっかり説得されてしまっていた。ここでの出来事は他言無用。特別生は死闘の末なんとかアルマロスを撃破――それ以外に特筆することはなく、優秀な生徒達だったためそのほとんどが無事生還できたと、そういうことにしようという結論が出た。
「ま、まあ無事帰れてしかも金まで貰えるなら、別にわざわざチクる必要もないな」
「なんだかんだ言って僕は命を助けられたも同然だからね、僕だって秘密を守るくらいの義理固さは持ってるさ」
「早くあの試験監督呼んだほうがいいのでは?」
こうして、どうやらなんとかなるような雰囲気になってしまった。私は予想外の出来事に呆然とする。
「あ、ありがとうスティーブ。ルリ」
スティーブは肩をすくめて、私と同様呆然としているリョーヘイの方を見た。ルリも同じように彼の方へ目を向けている。
「例を言うならこいつにだろ? オレは命の恩人の意思を汲み取っただけだぜ」
「ルリも同じくだよ! って私は本当に何もしてないんだけどね、えへへ」
二人はそう謙遜する。色々言いたいことはあったが、私はとりあえずリョーヘイに礼を言うことにした。
「ありがとう、リョーヘイ。私なんかのために、頭まで下げてくれて……」
リョーヘイはニカッと笑いながら私の頭を撫でた。いつぞやに指輪を渡したときのように、だ。あの時はなんだか小馬鹿にされているようで不快だったが、今はなぜか彼のゴツゴツした大きな手の平からとても温かみを感じる。
彼は少しの間そうしていたが、すぐに我に返って手を引っ込めた。きっと、前に私が嫌がったのを覚えていたのだろう。
「いや、スティーブはああ言ってるけど、俺はマジで頭下げただけで何もしてないぞ。――スティーブ、ルリ、本当にありがとう。上手くいくかは分からないけど、その気持ちだけで嬉しいよ」
「上手くいかせるさ。なんてったってタダでやるわけじゃないからな」
「え、金取るのか? 貴族を満足させられるだけの金なんて持ってねえよ、俺達……」
リョーヘイは急にオロオロとしだした。先ほどまでのちょっとカッコよかった姿はどこへやら、というような態度だ。
「ハハッ、冗談だよ。ただまあ、もし幻獣の杖とやらが本当に完成したら、その時は真っ先にオレにも見せてくれよ」
「あ、それルリもお願いしたい!」
「それくらいお安御用よ。……皆、本当にありがとう。こんな私なんかのために……」
その言葉は、もちろんスティーブとルリだけに向けたものではない。リョーヘイや、秘密にしてくれると言ってくれた生徒達全員への言葉だ。
「そんじゃまあ、オレはあのおっさんの説得にでもいくかねえ」
「ルリも手伝うね」
「いや、いらん。お前がいたらむしろ邪魔だ」
「ひどぉい! そんな態度で説得したら絶対失敗するんだからね!」
「大丈夫だ、問題ない」
こうして私達は、アルマロスとの戦闘地から離脱した。