第九話「上魔級『アルマロス』」
アルマロスの顎を直で受け止めた俺だったが、何とか踏みとどまった。俺の身体はその衝撃で膝の部分まで地面にめり込んでいた。しかし、伏せていた皆はなんとか顎の直撃を防げたようだ。
「あ、ありがとう……助かったぁ」
ルリがホっとため息をつき、その場から素早く離脱した。ほかの生徒も同様にこの地点から離れた。
アルマロスは顎を引き上げて元の体勢に戻る。どうやらしっかり顎で潰せたと勘違いしているらしいな。俺はよろめきながらも素早く足を地面から引き抜いた。
瞬間、体中に激痛が走る。慌てて駆け寄ってきたフリッカに肩を支えられる。
「……多分全身の至る所の骨が折れてるわ。すぐに治癒魔法をかけるからじっとしていて」
フリッカはそう言って、俺の額に手を当てた。ひんやりとした彼女の小さい手が心地良い。体中の痛みが瞬く間に取れていくのが分かる。
「ありがとう、助かったわ……でもね。あいつの顎を直接受け止めるなんて、いくらなんでも無茶しすぎよ。もっと自分の身体を労りなさい」
「って言っても、あのままだったら皆潰されてたぞ」
ここで言い争ってる暇はない。俺はすぐに武器を展開し直し、バッタのようにピョンピョン跳躍しながら応戦しているスティーブのもとへ向かう。そのすぐそばでは、アルマロスの短い腕に向かってルリが鉄槌を連続で叩き付けていた。
フリッカはまたもとのように傷付いた生徒の治癒を始めた。
「なあ、こいつあとどれくらいで死にそうか?」
俺はスティーブに問いかける。
「分かんねえな。ただ、さっきお前が顎を受け止めた後に皆で畳みかけたあたりから、ヤツの動きが少しづつ鈍くなってきてる気がするな」
なかなかいい感じにアルマロスの体力を削れてるということだろうか。
「しかし妙だ。オレの聞いた話ではこいつは強力な物理攻撃だけじゃなくて、たまに厄介な魔法攻撃を使ってくるってことだったんだが、今のところそんな攻撃をする気配はねえな」
スティーブはそれを言い終わるや否や、アルマロスの鼻先を上空から斬り下す。話しながらも攻撃に入れるなんて器用な奴だ。
「……スティーブの話を聞く限りだとなんだか嫌な予感がするな。ま、とりあえず俺も加勢するか」
俺はスティーブを真似してピョンピョン跳ねながら、アルマロスの攻撃をかわしつつ斬り上げ下げしていく。確かにヤツの動きには疲労の陰りが見え、もはや乱雑に体を振ってるだけのように見える。
「ん?」
そのとき、アルマロスの動きがピタリと止まった。見ると、その場で頭をかがめながら地面に向かって勢いよく鼻息を噴き出している。顔のそばにいたものは吹き飛ばされていくが、大した攻撃ではない。しかし、ヤツの狙いは鼻息による攻撃ではなかった。
アルマロスがその場で大きく口を開けると、その口内が青い稲妻を発し始めた。その輝きはどんどん増していき、同時に奇妙な金属音が鳴り始める。
次の瞬間、突然俺の体がゆっくりとヤツの口へと吸い寄せられ始めた。しまった、吸引系の攻撃か。これは甚大な被害が出るぞ。
そう思って辺りを見るが、どうやら吸い込まれている人間は俺だけで、周りの生徒は困惑した様子でそれを見ていた。
「なにあれ……! リョーヘイ君、急にどうしたの!?」
ルリに聞かれるが、俺にも瞬時には理解できなかった。だが、周りの状況を見ているうちに何が起こっているのか分かった。
そう、先ほどまで共に戦っていた、召喚魔法で呼び出された使い魔が俺と同じように吸い込まれているのだ。俺が確認していただけでも二十体ほどはいたであろう使い魔の数は、既に五、六体ほどになっていた。皆アルマロスに飲み込まれたようだった。
そうこうしているうちに、どんどん吸引力が増してきた。俺は思いきり抗い、爆速で逆方向へ走ろうとするが、吸引力が強すぎて逃げだせない。
「っ!? まずいわ! 早くこっちに逃げてきて!」
状況を理解したと思われるフリッカが、必死の形相で叫んだ。スティーブ達や他の生徒もそれを食い止めようとアルマロスに攻撃を加えるが、まるで怯む様子がない。
「ダメだ、間に合わない!」
俺は呆気なくアルマロスの体内へと吸い込まれてしまった。
――フレデリカ視点――
まずいまずいまずいまずいまずい。
まさかアルマロスがこんな技を使うだなんて知らなかった。そもそも目撃個体数自体が少ない魔物だ。判明していない行動があったとしてもおかしくないのに、すっかり油断していた。
使い魔を捕食する系統の魔法を使う魔物は滅多におらず、それも強魔級以上の魔物でしか聞いたことがなかった。しかし、それはあくまで今までそうであったというだけで、別に確実にいないと決まったわけではないのだ。
そういった攻撃は、あらかじめ吸引無効魔法をかけておくことで容易に対処できる。しかし、そのためにはリョーヘイの制限を解除し、本来のクラスである神魔級の状態にしていなければならない。力が暴走して目立たないようにととった行動が、完全に裏目に出てしまったのだ。
これでは完全にリョーヘイが使い魔であったことがバレてしまうし、あれだけ人間に近い使い魔がこの世界に召喚されたという事実が広まってしまう。調べればすぐに私が召喚したことも分かってしまうだろう。
ギルドに所属していれば国の引き抜きは同意の上でのものになり、国も強く干渉できない。しかし、冒険者養成学校の生徒であるうちは国の干渉を強く受けてしまう。卒業認定は卒業試験が終わった翌日に行われる。言ってしまえば、この試験が最後の引き抜きを見極める場なのだ。
引き抜かれて国の魔法研究院に所属することになったら、もはや危険な行為などさせてもらえない。幻獣討伐なんて夢のまた夢になる。私はこの手で何としても幻獣の杖を作りたいのだ。
……いや、そんなことは今はどうでもいい。リョーヘイは無事なのか、私の使い魔はまだ生きているのか?
彼はさっき身を挺して私を守ってくれたのに、私は彼が吸い込まれる様をただ見ていることしかできなかった。あまつさえ私は自分の保身のことで頭がいっぱいになってしまっている。
私は自分を恥じた。
「おい、どういうことだよ……リョーヘイは使い魔だったのか?」
スティーブが呟く。彼のように召喚魔法に詳しくないような者でさえ、もはやリョーヘイが使い魔だったという事実に気付いている。
「でも、リョーヘイ君はどこからどうみても人間だったよ? 確かにめちゃくちゃな強さしてるけど……」
ルリという少女も口ではそう言っていても、実際はもうどういうことか分かっているだろう。
「使い魔の捕食行動。一部の魔物が自身の疲労回復のために行う行動ね」
アルマロスは腹ごしらえが済んで満足という表情で、のっそりとこちらに向き直った。
「じゃあリョーヘイは食われちまったってことかよ!? 洒落になんねえぞオイ!」
私は使役魔法の一つ、生存確認魔法を発動した。アルマロスの体内から、わずかに彼の生存反応を確認した。しかし、基本的に捕食されて直後はまだ魔力消化が成されていないために、生存反応はこうしてしばらく残り続けるのだ。
「嘘……リョーヘイ君、死んじゃったの……?」
私は一瞬迷った。しかし、どのみちバレることには変わりない。
「……まだ生存反応は残ってる。でも、期待はしないで。生存反応っていうのは捕食後しばらくは残り続けるものだから」
「っ!? おい、どういうことだ! なんでそんなことが……まさか、お前があいつを召喚したのか!?」
スティーブの顔が驚愕の表情で染まる。しかし、詳しく説明している余裕はなさそうだった。アルマロスがこちらに向かってまた顎を振り下ろそうと狙いを定めているのだ。
「今は話してる暇はないわ! またあの顎が来るわよ! しっかり回避して反撃しましょう!」
私の言葉に皆が無言で頷く。もう手加減する必要はない。彼へのせめてもの手向けに、全力でこいつをたたき伏せてやる。
私はアルマロスが顎を叩き付けた瞬間、ヤツの鼻に巨大な火の玉をぶつけてやる。うちのボロ小屋くらいはある本当に大きな火の玉をだ。
「フボオオオオオオオオオオオオオオオオ」
不意の一撃に、アルマロスが悲鳴をあげた。私はその隙をついて、より大きな魔法を打ち出すための詠唱を始めた。
「業火を司りし精霊よ。我の憎む怨敵の身に、その灼熱の炎槍を以て永遠に癒えぬ熱傷を刻みつけ給へ」
唱え終わるとともに、アルマロスの踏む大地から巨大な火柱が立った。火柱は数秒で消えたが、アルマロスの身体に引火した炎がヤツの身を焦がし続ける。
「――ぅぐっ」
急激に魔力を消費したため、めまいがする。だが、倒れそうになるのをこらえてアルマロスの方を向く。
「――なんでっ!? なんでまだ倒れないの!?」
確かにアルマロスは全身に火傷を負ったが、それでもなお怒りを露わにしたままこちらに向かって顎を振り上げる。スティーブやルリ、他の生徒たちも重ねて追撃するが、ヤツの動きは止まらない。
「まずいわ! 顎だけじゃなくて体で叩き潰すつもりよ!」
アルマロスは自分を攻撃する存在をいい加減鬱陶しいと思ったのか。顎だけでなく全身を持ち上げた。このままでは全員ヤツの体に押しつぶされてしまう。もし直撃を避けられても、辺りへの衝撃はとんでもないものになるだろう。
「きゃああああああああああああああああ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ルリとスティーブは逃げようとするが、もはや間に合わないことを悟って叫び声をあげた。
……もはやここまでか。