第9話「ある獣人家族の話」
王都に住んでいた、ある犬型獣人家族がいた。
毎日毎日、最低賃金の超過勤務残業代踏みたおしの中で、必要最低限な中必死にやりくりしながら、生活をしていた。
家族が思っていたのは、ほんの少しだけ、獣人のことを認めてほしい。
ただ、それだけ。それだけさえあれば、もっと生活が楽になるのに、子供達が、学校へ行っても、いじめられ、毎日泣いてきて、そのことを抗議したくても、できない理不尽さ。会社で周りの人間達よりも仕事をこなし、実力もあるのに、その実力の部分を根こそぎ奪っていく理不尽さ。
せめて、自分の仕事の実力を【獣人】ということだけで認めないという風潮をなんとかしてほしい。
小さい頃は差別はなくなる、ヒエラルキーなんてあまり関係ないことだと思っていたけど、大人になって、いやある程度世の中のことをわかったのは、差別やヒエラルキーは絶対になくならないとまざまざ嫌という程見せつけられてきた。
ただ、王都はまだマシな方だと聞く、他の領になるともっと扱いが酷くなる。
王都の中だと、法律のなかで一応、王都の中で生活する中ではすべて平等な権利を与える。その後ろにただしと続くのは獣人たちなら知っていることだろう。
「マルルース。聞いたかい?メルハート公爵領で、獣人差別禁止法を打ち出し、そして、獣人なら格安で家を持つことができる、獣人中心の建売不動産が発売されるということを…」
「それは…どういうことなんですか?」
「おいおい、仕事終わりだからその、ことば使いはやめてくれ。」
この話をしてくれたのは、獣人と言っても差別しない、数少ない、王都専属のお菓子屋のオーナー兼シェフだった。
マルルースは週三日仕事かえりにそこでバイトを数時間していたのだ。
と言っても、獣人ができるのは接客以外のところだが。そして、そんな偉い人が気さくに話しかけてくれるのは、ある伯爵家の結婚式に使う飴細工を使う数時間前に弟子がミスをして壊してしまったのだ。それをたまたま作る工程を見ていて全部覚えていた、マルルースがやり方そっくり作ってしまったのだ。
その時は、今まで自分を下に見ていたのがこうも目の色が(いい意味で)変わるのだと実感した。
その手先の器用さをシェフが見ていて、今度はバイトの時間の間、お菓子の作り方を直々に教えてくれるようになったのだ。
余った材料は時々、持っていけと譲ってくれる太っ腹な(比喩はない)シェフである。
そして、実力がある人間を認め、かつ一度認めた人間は途端に世話焼きになる人間であるから、仕事終わりに人からもらう葡萄酒や麦酒とかを酒をくみあわす仲までになった。
「でも、差別禁止法って王都のあれと変わらないと思うんだよな。」
「いや、それが、マルルース違うんだよ。お前新聞見てみろ。」
「新聞とってねえし。」
シェフは持っていた紙を丸めてマルルースの頭を叩いた。
「馬鹿か、お前は!!」
「痛ええ」
シェフは叩いていた新聞を広げて見せた。
「これを持ち帰って、よく読んで検討してみな。お前はな、本当にすごいやつなんだよ。王都専属のお菓子専門店を開いている、この俺が神に誓う。お前は、いやお前たち家族はここから出ていくべきだ。言っとくが、王家はお前たちの現状を見たら怒りくると思うぞ。それは直々にお目にかかったことがある俺は言える。ただし、王の目をくぐり抜けて平気に俺たち民を痛めつける貴族たちがいる限り、ここではダメだ。ったくよ。なんであんな薄っぺらい紙のような人間がいかにも私は偉いのだ、さあ下々かしづけという態度を見てるとぶっ飛ばしたくなるんだよな。実際やったら、ここの従業員を路頭に迷わすからできねえけどな。くそ!」
シェフは突っ伏してから、マルルースを見た。
「いいか、もしそっちへ移ると決めたら、俺のところに来い。出来る限りの手助けをしてやるからな。お前の本業のクソ会社は何もしてくれないだろ?」
「シェフ…ありがとうございます。」
「おおよ。さあ、帰れ帰れ!お前のむさ苦しい顔を見るのは飽きたわ」
「ひっでえなあ。」
マルルースはいつもの小気味良いシェフの口調に苦笑いしながら、家路に着いた。
家に帰ると子供達が大声で泣いていた。
「あなた…」
「どうした、ハンナ?ブルールとシェルースの泣き声が聞こえていたが。」
「それが…」
ハンナが口ごもる。マルルースは子供部屋を開ける。
ブルールの顔にあざが、シェルースの腕には切り傷があった。
「どうした…お前達。」
「父さん。僕たちはそんなに生きてはいけないの?なんで、自分の勉強をしているところが、すべて無駄だと思わせる出来事を、教えてくれる学校で毎日起きないといけないの?僕…もう嫌だよ。これ以上学校行きたくない、学校がちゃんと機能しない学校なんて行きたくない!!」
マルルースは子供達をしっかり抱きしめた。
自分の両の掌を眺めるが、無力さが甚だいらただしい。
「明日は学校行かなくていい。家でお母さんのお手伝いでもしてなさい。
だから、今日はもう、おやすみ。」
子供達に暖かいキスを与えてから、部屋を出た。
居間に着くと、ハンナがもらってきた新聞を見ていた。
ハンナもマルルースも獣人の中では珍しく、文字が読める。
獣人たちの識字率は2割に過ぎない。普通の人間の識字率は6割程度だが、学校という門戸は開かれていても、獣人たちは勉強の意欲をなくす。うちの子供たちみたいに。
マルルースとハンナは、幸い頭の回転が早く、ある程度勉強したら独学が勉強をし続けてきた。獣人たちの中でも向学心があるとないとでは、少ない就職先に開きが出るのだ。
マルルースとハンナは幸いその向学心を失うことがなかったいい例である。識字率2割のさらに向学心を失わなかったコンマ以下の獣人に当たる。
それだけの努力をしても、現実の仕打ちはひどいのだ。
「マルルース。こちらに書かれてること、本当なの?」
ハンナは今でもらってきた新聞を見ていた。
「ああ。アーバンフィルさんのいとこがメルハート公爵家の料理長をやっているらしい。そこから、話を聞いたらしくて、その時は信じられなかったらしいんだが、新聞を読んで、メルハート領の本気具合を知ったと言ってたな。」
「そうなの…。マルルース、メルハート行きましょう。地税とかも高くなるけど、最初の一年間は免除してくれると書いてあるわ。その間にどんな仕事だって、死に物狂いで働けばどうにかなるわ。今までそうしてきたのだし、それに、この獣人差別禁止法。これが本当なら、私たち普通の生活ができるのよ。周りの人間に気を使わずに、自分の力を出すことができるの。それって私たちが常に思っていたことじゃないの。私、もう嫌なの!子供たちが辛いことあうのがもう我慢できないの。それに、この家の値段なら私たちの今までの貯蓄でなんとかなるわ。だって、家の値段が五十万セピナって。すごく格安じゃない。ここに出てる絵の家は多分私たちを引き寄せるものだと思うけど…
獣人でも持ち家ができるのよ。この地下の悪臭が漂うところで一年間二十万セピナなのよ!その中で暮らしてきたのだから、どんなぼろ家でも我慢できるわ。家族が一緒だもの。」
「だがな…移動料金と当分の生活費を考えると、では明日でも移動しましょうとは言えなくないか?」
「それはわかってるわ。ただ私、働き先の仲のいい同僚に言われたの。その同僚もなんとなくのメルハート領の噂を知っていて。というか、今王都の中でメルハート領の名前を結構効くのよ。その領主が領地改革に目覚めたらしくて、次から次へと王都の常識では考えられない、でもある意味正攻法なやり方で攻めてくるらしくって…」
「すまんハンナ、先が見えない。」
「あら、私ったら、とにかくその同僚が、これが本当なら今すぐにここを出て行きな、
困ったらお金は貸すからと言ってくれたの。」
「ハンナ、俺もシェフにそう言われた。」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑ってしまった。こんなにひどい世界でも自分たちをちゃんと見て、評価してくれる人間がいる。それがどんなに幸せなのだろうと…。
翌日、ハンナとマルルースはお互いの助けてくれる手を差し出してくれる方へ頭を下げに行った。
「なんだ早いじゃねえか。男は決断早くなくっちゃな。ほら、選別だ。受け取れ!あ、そうだ、お前の本職の方の辞職願おいていけ、俺が渡しとくわ。なーに、お礼なら一発殴らせてくれるだけで、いいってことよ。」
「ありがとうございます。アーバンフィルさんの小気味いい啖呵も聞けなくなるのが寂しいです。」
「バッカヤロー。そういうのはな、言わないというのが約束だろ。いいか、落ち着いたら連絡しろ。お前がくたばっていないか顔を見に行ってやるからよ。」
「あら…早いわね。そうそう、ここから出たほうがいいわ。少ないかもしれないけど、これ選別。メルハートに移って落ち着いたら、手紙ちょうだいよ。その手紙にメルハートのこと書いて教えてね!よかったら私もメルハートに移るわ。」
「ありがとうございます。ココさん。私、ココさんと一緒にお針子ができて本当に良かったです。」
「私もよ!私も、ハンナと一緒に仕事できて楽しかった。旦那が遅くなる時に一緒にお酒を飲んだりして楽しかった。」
「私は、ココさんが、怒って店員にワインをぶっかけたのがとても嬉しかった。」
「あら。そんな楽しいことがあったわね。」
そうして二人は顔を見合わせて笑いあった。
「これだけ笑ってお別れできるもの。絶対にすぐに会えるわ。その時はまた遊びましょう!」
『ええ…ココさん。しばらくのお別れですね。メルハートで待ってます。」
最初のジャパニスの移住者は犬型獣人家族のマルルース一家と記帳されている。
そう、現在ジャパニス市市長の祖先だ。このマルルース一家は、メルハート公爵家とも懇意をしていたという表記もある。
それは、マルルースとハンナ夫妻が実に積極的に意見を言うタイプだったらしい。
マルルースには王都専属菓子職人のアーバンフィルとも仲が良かったとされ、ジャパニスのために全く新しい、餡子菓子を作り、様々なブームをマルルースと作り上げたとされる。今出回ってるジャパニス菓子の元を作ったとされる。
そして、ハンナの友人にかのファッションデザイナーのココが居た。
そのココもハンナが移ってから、2年後メルハートに移り工房を構えることによりココの伝説が生まれることになった。
ジャパニスの歴史を語るに連れ、獣人たちの人間の友人関係を調べるとメルハートの発展といかに密接していたか分かるだろう
<ジャパニスの獣人の交友関係から見るメルハートの発展史>ジュパミエール著より抜粋
今日は獣人家族の話になりました。
えっとコメディーにできずシリアスになってしまいました汗
次は明るい話にしたいなあと思います。
唯一の救いは、アーバンフィルさんだな。
イメージは江戸っ子です笑