Phase:1
「正直、あの指揮官は信頼に値しない」
碧眼の青年=ブランはピシャリと言い放った。
「……彼のどの辺が信頼に値しないんですか?」
「身なりからしてだ」
率直なまでの断定的口調――だが綺利は咎めもたしなめもしなかった。
草木も眠る丑三つ時――そんな表現がぴったりなくらい静かな夜に、作戦は展開された。
分隊型要撃戦術の概要=6人チームを2人一組の3班に分割/ 1つの班が先回りして要撃地点で待機/残る2班で悪魔を誘導/誘導が完了した時点でチーム総出で悪魔を一網打尽――要するに追い込み漁的戦術。
その網たる2人――要撃担当として既に待機地点に到着していたα班=ブラン+綺利――5本の道が交差する広場を囲む建造物の屋根に腰を下ろし待機中。
他の班がある程度動くまでは警戒待機のまま――暇を持て余した一匹狼と白ウサギの会話が繰り広げられる。
「人を見た目だけで判断するのは良くないと思いますよ?」
「人間の第一印象は3秒で決定する。また、その決定要因の55%を占めているのは視覚情報だ」
まるで理路整然の手本かのようなブランの回答――言外に「何だかんだ言って人間は見た目がそれなりに重要なんだ」と含みをもたせ/そして更に追加される主張。
「それに、見た目だけで判断しているわけではない。これまでの言動と周囲の評価を踏まえて、そう考えたまでだ」
否定的な意見の数々――だが〈ヴァーティルゲン〉におけるウィリアム・グラントの評価=女好き/遊び人/ナンパの常習犯/楽天家――事実、お世辞にも良いとは言い難いものばかり。
「知り合ってすぐの段階ですからまだよくわからないけど、案外いい人かもしれないじゃないですか」
手厳しい意見を並べるブランに対し、綺利はやんわりと援護――建前半分/本音半分。
「どうだか」
ブラン=肩を竦める/付け加える。
「君の考えを否定するわけではないが、少なくとも僕は現時点で、彼にあまりいい印象を抱いてはいない」
きっぱりと言い切るブラン――もしこの場にウィリアム本人が目の前にいてもきっと同じように言うのだろう――いっそ清々しさすら感じるブランの率直な物言いに、綺利は少しだけ好感を抱いた。
「性格の合う・合わないは誰にでもありますから。仕方のないことだとは思いますよ。でも、今夜の作戦が無事に終わればそこまでじゃないですか。それまではお互い頑張りましょう」
「君の足を引っ張らないよう努力はする」
それでもブランは頑なにツンとした態度を崩さない――だが綺利の方もふんわり微笑を崩さず。
「あ、そうだ。僕も魔法使えるんですよ。あと、こう見えて医学にも明るいんです。だから怪我をしたら遠慮なく言ってくださいね」
「怪我の処置くらい自分でできる。君の手を煩わせるまでもない。他人ことよりもまず自分が怪我をしたときに備えたらどうだ」
突き放すような言い方――だがその言葉の端々から微妙に滲み出ている相手の気遣いを察知し、綺利は更にニコニコ微笑む。
「ブランさんって優しいですね」
「……は?」
先ほどまで微動だにしなかったブランの表情が変化=鋭い瞳が微かに開かれ丸くなる――「君は何を言っているんだ?」とでも問いたげな困惑の様相。
「本当に冷たい人は他人の安否に無関心なんですよ。『自分の心配をしろ』なんて、普通は言いません」
完全に予想外の綺利の言葉――おもいっきり虚を衝かれたブランは数瞬の間、なんの言葉も紡げなかった。
「図星でしたか?」
雪のようにふんわりと、それでいて悪戯っぽく微笑みを浮かべて、綺利はブランの顔を覗き込もうとする。
「……今回は連携が重視されるチーム戦だ。君に万が一のことが起きて一番迷惑するのは僕だからと、注意しただけに過ぎない」
そっぽを向く/ボソッと言い訳――綺利は微笑んだまま。
そんなやりとりで2人が親睦を深めたり深めなかったりしていると――突然聴覚にザザッと一瞬ノイズが走る/はっと顔を上げる/どこからともなく聞こえてくる声=先ほど散々噂をしていたウィリアムのもの。
《コール、チームのみなさ〜ん。聞こえてますかー?》
やもすれば命を落としかねない今日という日のこの夜の中において、この国で最も危険な職に従事している者とは思えないほどあっけらかんとした声が、2人の脳裏に響き渡った。
「あ〜あ……早く始まんねーかなぁ……」
咥え煙草で橋の欄干に腰掛けたルビスコのぼやきは、川の流れる音に溶けて消えていった。
オペレーションと誘導班の支援を担うγ班=ルビスコ+シンシア――ハヌマンラングールと硝子製女神の異色コンビ。
作戦開始ポイント=市内を流れる運河を跨ぐ橋の上に、3班中で最も早く到着し警戒待機中――他の班の配置が完了するまで暇を持て余しまくり、お世辞にも我慢強いとは言い難いルビスコは早々に集中力を切らしていた。
「α班からは先ほど配置完了報告がありました。β班は恐らくまだ移動・索敵中かと。作戦開始時刻まで余裕がありますが、β班次第では前倒しになる可能性もあります。いついかなる時も行動を起こせるよう気を引き締めてください」
同じく橋の上で待機するシンシア=欄干の上でダレるルビスコの背に突き刺すような事務的警告――いつでも支援を開始できるよう既にいくつか魔法円を展開済み。
一分の隙もない態勢を敷くシンシアからやや手厳しい言葉をもらったルビスコは口を尖らせて言い返す/腰を上げて欄干に立つ。
「気を引き締めろっつってもよぉ、暇なモンは暇なんだからしょーがねーだろぉ?」
間延び気味の反論――しかしシンシアはピシャリと言い放つ。
「本作戦はチームメンバーの連携の上に成り立つものです。逆を言えば、誰かひとりの心理や行動がチーム全体に影響を及ぼしかねません。士気を下げる行動・発言は控えてください」
「ンなこと言ったって――」
ぐうの音も出ないほどの正論――だがルビスコはなおも反論しようとし/唐突に押し黙った。
その直後――バシャアアアンッ! と大きな水音を立て川から巨大な何かが躍り出た――ワニを模した頭部/鮫さながらに鋭い歯がびっしり密集した口内/月明かりを反射してヌラヌラと光る鱗/長い尾ひれ――明らかに悪魔とわかる異形の魚類が、何の前触れもなくシンシアの真上に大ジャンプ。
「……ッ!?」
息を呑み瞠目するシンシア――予想だにしていなかった状況に咄嗟に反応できず、見上げた姿勢のまま硬直/己の頭上で大口を開け落ちてくる化け魚を網膜に焼きつけることしかできず。
ルビスコ=反射的即応――予備動作なしの跳躍/どこからともなく取り出されたピアノ線の一閃/軽やかに着地。
ルビスコの靴の底が橋の上に接着するや否や――化け魚の頭から尾にかけて綺麗な一直線の亀裂×3が走り/シンシアの遥か上で見事分裂し/彼女が事態を把握するよりも以前に、綺麗な三枚下ろしの切り身と化して橋の上に叩きつけられた。
「あ……」
巨大な切り身×3が目の前に落ち、頭部のみを残して霧散したのを見届けたシンシア――耳の中で血管を巡る血液の音がバクバクとうるさく響いているのを認識/自分が驚きのあまり呼吸を止めていたのだと気付く。
「ひぃ〜あっぶねぇ……おい、怪我とかしてねーか?」
振り返ってシンシアを気遣うルビスコ――つい数秒前までその手にあったピアノ線は、いつの間にかどこかへ消えていた。
「……も、問題ありません……ありがとうございます」
ぎこちない感謝の言葉――不測の事態に対応できなかった/他人には偉そうなことを言っておいて自分はこの体たらく――不甲斐なさのダブルパンチをくらったシンシアは、ルビスコには見えないように小さく唇を噛んだ。
そんな彼女の様子には気付かないルビスコ――3つに捌かれたワニそっくりの頭をブーツの爪先で小突く/有害物質がふんだんに含まれる煙を吐息。
「直前まで全然気付かなかったぜ……どっから来たんだこいつ……」
「さあ……」
そんなふうに2人して首を傾げていると、どこからか聞こえる足音――軽い=恐らく女性。
数秒後、川沿いの道から少女と思しき人影が出現=橋の上にいた2人の存在に気付き、走り出す。
2人の方に駆け寄ってくる少女――艶やかな長髪/可憐な顔立ち/胸に十字架のネックレス/手に長杖――一目で魔法を扱う人間とわかる。
「あの、こっちに変な魚が――」
少女が橋の上へ/ルビスコの足元=捌かれた化け魚の頭部を注視/瞠目/みるみる怒りの表情に。
「はぁ!? ちょっと、人の獲物横取りしてんじゃないわよ!」
憤慨する少女――どうやら先ほどの化け魚は彼女の獲物だったらしい。
「……なんだ? 嬢ちゃんの獲物だったのか? そいつは――」
悪かった、と謝罪しようとしたルビスコ――しかし少女は言葉を遮って罵倒を浴びせる。
「そうよ! 久しぶりの大物だったのに……今夜の稼ぎがパーになるじゃない! 何してくれてんの!? 信じらんない! 横取りなんて最低!」
一方的な物言いにカチン――ルビスコは謝罪の言葉を述べようとしたその口で、考えるよりも前に激しく言い返していた。
「オレたちはこいつに襲われたから応戦しただけだっつの! 正当防衛だ正当防衛! それに、稼ぎ云々は仕留め損ねて逃がした嬢ちゃんの自己責任だろ!? 自分の腕の悪さを人のせいにすんなよな!」
「なんですって!? ふざけんじゃないわよ泥棒!」
「ンだと!?」
「2人共お静かに!」
見るに堪えず仲裁に入るシンシア――ヒートアップする2人を叱咜/声を荒らげたことを誤魔化すかのように小さく咳払い/少女を宥めようと試みる。
「申し訳ありませんが、我々は現在〈ヴァーティルゲン〉より指示された戦術の効率検証を兼ねた討伐作戦を展開している最中です。補償については後日改めて協会の方に――」
作戦の進行を優先するため少女に提案――をしかけたところで再び少女が遮り驚愕の要求を突きつけてきた。
「じゃあ、私をその作戦に参加させて。その報酬で補償してちょうだい」
「えっ?」
「はぁ!?」
シンシア+ルビスコ=びっくり――「何を言っているんだこいつは」と如実に語る表情。
「冗談よせよ嬢ちゃん」
「冗談も何も、こっちはアンタたちのせいで今夜の稼ぎがゼロになったのよ? それくらいしてもらっても妥当だと思うんだけど」
少女=未だ収まらない怒りのせいで若干不遜な態度に。
「アンタたちは戦力が増える、私は報酬をもらえる。お互い損はしないじゃない?」
「……我々の一存では決めかねます」
「じゃあ、その作戦とやらのリーダーに相談しなさいよ。いるんでしょ?」
2人を睨みつける少女――静かなる剣幕。
「わかりました……ですが、あまり期待はなさらないでください」
やがてシンシアの方が折れ、保険をかけつつも譲歩する結果となった。
「えっ、マジで相談すんのか!? やめとけって。見たところ民間業者っぽいし、さすがにウィリアムだって民間業者の飛び入り参加なんて却下するに決まってら」
折れたシンシアをなんとか説得しようとルビスコ――少女が何かにはっとなる――2人は気付かず。
「何にせよ、そろそろβ班の状況を確認しなければなりません。どうせならついでにこのことも報告して、指示を仰ぐのが得策かと」
この面倒な状況を長引かせるよりも、さっさと片を付けて本来の仕事に意識を戻したいシンシア――ルビスコの意見に耳は貸さず。
そして――まるで計ったかのようなタイミングでシンシアの耳に走るノイズ。
《コール、シンシアちゃん》
追い込み、もとい誘導を担当するβ班=ウィリアム+バルダー――夜闇の中にすら影を作り出すほど輝く月の光に包まれた街を闊歩=作戦開始地点へ移動中。
咥えた煙草の先から白煙を燻らせるバルダー――右足を引きずりつつ歩行/時折ゴホゴホと咳き込む=喘息。
ウィリアム――敢えて気遣う素振りは見せず/だがしれっと相手のペースに合わせのんびり歩く/そして前日と打って変わって無言のまま――昨日のように“会議”という発言を強制される場ならばともかく、無駄話を好まなさそうな相手にわざわざ話しかけるのも気が引け/元教え子という中途半端に面識がある分、尚のこと遠慮がちに。
つーか養成学校卒業してから全然会ってねーのに何を話すんだよ――この間「特に親しかったわけでもない中学校時代の教師と電車で相席状態になって気不味かった」と話していた友人の気持ちが、少しだけ理解できるような気がした。
と、無我の境地に等しい状態でいると隣から声が。
「そういえば、君と話すのは久しぶりだな」
遠慮していた相手の方から突然のコンタクト――不毛な思考の最中だった頭ではすぐに反応できず――一瞬何を言われたのかわからず呆ける/一拍ほど遅れてようやく言葉を返した。
「あー、そっスね。1年振り? でしたっけ? 学校卒業してから会ってねーっスもんね」
そこまで言って気付く――オレこの先生とまともに会話したのって課題忘れて平謝りしに行ったときくらいしか記憶にねーわ。
自分の薄情さを自覚すると同時に訪れる沈黙――話が膨らまない/膨らまそうと足掻く。
「あー……そうだ、バルダーさん喘息持ちでしたっけ?」
「そうだが」
「喘息に煙草はやめた方がいいっスよ。自分でジワジワ窒息しにいってるようなもんスから」
「ふむ……老い先短い人間にとって唯一の楽しみなんだが――」
バルダーが言葉を中途半端に切る/一瞬にして緊張感を纏う。
どうかしたのか、と問おうとしてウィリアムも気付く――人ならざる者特有の気配を察知――前にいる。
予定よりも幾分か早い邂逅――2人揃って物陰へ速やかに退避/わずかに顔を覗かせ慎重に偵察。
およそ50m前方で蠢く何か=明らかに人間ではないフォルムのそれが、ちょうど雲の陰から現れた月の光に照らされ、薄ぼんやりと浮かび上がる。
肋骨が浮き出るほど痩せた女の胴体/そこから生えた長大な腕×4/腕と同じく異様な長さの脚×2/ボロボロにヒビ割れた青白い皮膚/ノコギリのような歯がびっしり生えた口/伸び放題・傷み放題の髪/その隙間から覗く虚ろな眼窩――まるで屍仕立ての女郎蜘蛛。
記憶野の引き出しから情報を引っ張り出し照会――この作戦のために渡された資料に記載のあった悪魔――標的〈アリアドネ〉=本作戦における最優先討伐対象。
至極真っ当なウィリアムの所感――もしあれが彫刻の芸術作品なら『怨嗟』と題されてどこぞの美術館にでも飾られてそう/つーかあれのどこがアリアドネだよ。性別しか共通点ねーじゃん。
そもそも――アリアドネという名は本来、ギリシャ神話においてミノタウロス退治で有名な彼の英雄テセウスに、クノッソスの迷宮から糸玉を使って脱出する術を教えた娘/あるいはエーゲ海の島々で多く見られた女神を指すものなのだが――単純な戦術にご大層な作戦名をつけるようなお上の素晴らしきネーミングセンスにより、この度めでたく悪魔の暫定呼称に採用されるという不名誉を賜ることに/恐らくだが、あの女郎蜘蛛の外見から蜘蛛→糸→アリアドネという革命的かつ斬新すぎる解釈がなされた模様。
ひと通り無駄な思考に頭を回してから現状を見据える――バルダーは女郎蜘蛛への警戒を継続――とりあえずオペレーターに状況報告をと思い至る。
「コール、シンシアちゃん」
物陰に潜んだまま、〈アリアドネ〉に悟られぬよう小さく呼び出し。
聴覚に一瞬のノイズ――そして脳内に直接響くオペレーターの声=シンシア。
《こちらシンシア。いかがされましたか?》
シンシアの魔法による無線通信――効果は国内全域に及ぶため、ある程度離れていても自由かつ迅速にやりとり可能=今回の作戦にもってこい。
「β班、誘導開始地点に到達。通信状態はどーよ?」
《通信状態は良好です。その他環境も問題ありません》
「そっか、そいつはよかった。他の班は?」
《α、γ共に配置完了いたしました。それと……ひとつご報告を》
「ん?」
《部外者が1名、作戦参加を希望しています》
ウィリアムは一瞬己の耳を疑った。
「……部外者が、作戦参加を希望している?」
シンシアの報告をオウム返し――恐らく紙面に文字として書き起こしたとしても、一回読んだだけではわけがわからない一文になること間違いなしの内容。
《はい》
淡々と肯定してくるシンシア。
「物好きな奴もいたもんだな……」
《まったくです……えっ? ……はぁ、わかりました》
どうやらやら誰かがシンシアに話しかけたようだ。
「何、どーしたの」
《あの、当人が、貴方の知り合いだと申していますが》
「マジで?」
はて、知り合いに自営業エクソシストなんていただろうか――と首を捻り思案/質問を返す。
「えっ、その部外者って女の子?」
《はい。ええと……ヴィヴィアン・ブランシャールと名乗っていますが》
シンシアが口にしたその名に、ウィリアムはピンときた。
「あ〜ハイハイ、あの子ね!」
名前を聞いて即合点――それなりに知った相手からの協力の申し出にちょっと歓喜。
「おう、いいよ。その子に協力してもらって損はねーし、せっかくだからお手伝いしてもらおっかね。彼女の配置は、そーだなぁ……実質戦力が他の班より少ないから、γ班で」
トントン拍子で部外者の飛び込み参加が決定――だがしかし相手はそう簡単に納得してくれず。
《……お言葉ですが、本作戦のチームは協会が公正かつ厳正に審査した編成です。安易に変更するのはいかがなものかと》
理性的でありながらも明らかに嫌がっている様子が窺える忠告――シンシア=陰で“協会の犬”と渾名されるほどの協会至上主義者――その諫言。しかし、
「いーのいーの。どうせ作戦が成功すりゃお咎めなしになんだろーし、失敗しても責任取らされんのオレだけだから」
ウィリアムはそれを楽観的思考でもってあっさり一蹴した。
《……了解》
何か言いたげな間を残して返答したシンシア=しぶしぶ/文句を言うだけ時間の無駄と悟った様子。
「オッケー。んじゃ、全体通信入れてくれ」
《了解しました》
再び聴覚にノイズが走る――頃合いを計って全員に呼び掛け。
「コール、チームのみなさ〜ん。聞こえてますかー? 聞こえてる人は返事くださーい」
《うおっ、ビックリしたぁ! する前にせめて一言くれよな!》
《α班ブラン、聞こえています》
《同じくαの綺利、聞こえてますよ》
《γ班シンシア、音声に異常なし》
《β班バルダー、問題なく聞こえている》
ルビスコ以外のメンバー全員が順当に返事。
「オーケーオーケー、みんな聞こえてんな。お目当てのかわいこちゃんを見つけたんだけどさぁ。どうやら彼女、待ち合わせ時間に遅れちまうのがよっぽど嫌だったらしくて既にスタンバってたんだわ。ってなわけで、だ……ちょっと早いとスけど、現時刻をもって作戦開始としまーす……と、その前に。差し当たっていくつか注意事項を言っておくから、よーく聞いといてくれ」
一拍の間を置き――重要性を説くように、ひとつひとつ区切って話す。
「ひとつ、想定外の状況に陥ったらできる限り早く連絡すること。二つ、その後自分たちで対応できなくなったら撤退を最優先に行動すること。三つ、自分の命は大切にすること。以上」
一度言ってみたかった三ヶ条=同業の先輩の受け売り。
言いたかったことを言えて若干満足していると、
《……〈アリアドネ〉が動いたぞ》
路地を挟んで向かいの物陰に身を潜めていたバルダーが指で前方を指し示す――緩慢な動きで移動を始めた〈アリアドネ〉=追い込みのルートから逸れ始めている。
「じゃ、β班もう動くんでこの辺で失礼しまーっす。シンシアちゃんありがとねー」
オペレーターに感謝の意を軽く伝えて通信をアウト。
バルダーと視線を交わす/人差し指・中指・薬指を立てカウントダウン開始――3
薬指を折る――2
中指を折る/人差し指のみに――1
作戦開始――次の瞬間、ウィリアムとバルダーはレンガで舗装された地面を蹴り飛び出していた。