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首輪付きの奴隷 - チートな彼女と僕 -  作者: 桐原 冬人
1章 孤児院の子どもたち
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終わりの始まり

 ――昨夜の事を思い出しながら歩いていると、

 いつの間にか教室につく。


 いつも通りの生活を終えた後に、部屋で僕の訓練が始まる。

 いつもと違うのは、パトスの出し入れができるようになったことだ。


 知枝に比べて

 パトスを出すのが馬鹿みたいに遅いし、阿呆みたいに小さい。


 けれど。

 なんだ、簡単なことじゃないか。

 今となっては出来ないでいたことの方が不思議ですらあった。



 新しいローテションが定着し始めてきた頃、

 二見先生とのカウンセリングの日が訪れた。

 知枝の後、最後が僕の順番だ。


 保健室で長テーブルを挟むようにしたソファーに座る。

 普通の服装の上に白衣を着ている。

 教師、というよりは研究者のような佇まいだ。


 二見先生は長く伸ばした髪を後ろに結っていた。

 質素なメガネをかけており、知的な印象を受ける。


「最近はどうだ? 仮面は切り替えられるようになったか?」

「無理です」

 〝いつも〟を擬態するように、無表情のまま定型文を口ずさむ。


「変えられなくなって、長いな。

 もう何年になるか……。

 やっぱり、心理的なものなのかな。

 他の先生にも気を遣うように改めて言っておくよ」


 二見先生はテーブルの上のカップを手に取り、コーヒーを飲んだ。

 僕もつられて、用意してもらったレモネードを口にする。

 酸味が口いっぱいに広がり、僕は思わず眉をしかめる。


「この前の事件、結局誰がやったのか分からなかったよ。

 施設の備品は特別頑丈に作ってもらってあるから、

 あれだけの事をやってのける子は限られているのだが……。

 綾人は特に気を付けなさい。

 感情を暴走させた人間は怖いから」


「はい、もう痛い思いはしたくないですから」

「何かあったら、先生たちにすぐ伝えなさい。

 ところで、知枝との生活はどうだ?

 最近、何か変わったことはなかったか?」


 身を乗り出して、僕の顔をじっと見てくる二見先生。


「……知枝が疑われているんですか?」

「何の話だ? 知枝なら大丈夫だろう。

 あの子は感情を暴走させることなんてないよ。

 でも、ちょっとでもおかしな事があったら、私に伝えること。

 絶対に」


「はい、その時はすぐ伝えます」

 カウンセリングは何の問題もなく過ぎ去った。



//



 〝終わり〟は、唐突に訪れた。


 知枝がシャワー室に向かって、

 5分と経たない内に部屋のドアが外側から開かれる。

 着替えでも忘れたのだろう。


 そう思ってベッドに寝転がったままでいたら、

 首根っこを掴まれてテーブルの上に叩き付けられた。


 部屋に入ってきたのは、

 僕に大けがをさせて、知枝と喧嘩をしたあのノッポだった。


「独房に2回も入れられるし、

 トイレを壊した犯人は俺だってみんなが言いやがる。

 クラスの連中からは避けられ、陰口を叩かれる。

 全部、お前のせいだ!」


 振り上げた腕が僕の足に叩き付けられる。

 それだけで、僕の足は動かなくなった。

 余りの痛みに声が出ない。


「お前が弱いから悪いんだよ!

 あの時だって、お前だけ大怪我しやがった。

 お前がよえーから、俺は独房に入れられて、みんなから避けられる。

 お前の弱さが悪いんだよ!」


 もう片方の足を殴られる。

 衝撃で、テーブルが破砕した。


 テーブルは傾き、ちょうどイスの背もたれのように僕を立て掛ける。

 ノッポからすれば、顔や腹を殴りやすい恰好になった。


 痛みで麻痺する頭の中で、恐怖が巡る。

 僕はそれを引き寄せて、右手を顔に当てた。


『綾人、人前でパトスを解放しちゃだめだよ』


 繰り返し言われた言葉を思い出す。

 でも、そんな悠長な事を言ってる場合じゃ……。


 ノッポが腕を振りかぶる。

 次はどこを殴るつもりだろう。

 当たり所が悪かったら、……どうなるんだ?


『綾人、人前でパトスを解放しちゃだめだよ』


 部屋に監視カメラはない。

 誰も助けには来てくれない。

 目の前のノッポは、明らかに暴徒と化している。

 僕を壊すまでは止まらないだろう。


 ノッポのパトスが込められた手が振り下ろされる。

 重い音が部屋の中に響いた。



 デッドエンド。

 僕は死んだ。



 …………。

「なんだ、大したこと、なかったんじゃないか」

 ハハハ、と僕は嗤う。


 パトスを人前では解放しちゃいけない。

 けど、ここは監視カメラもない部屋の中。

 錯乱したこいつの言う事を誰が信じるって言うんだ?

 こいつになら見られたって構わない。


 腕の前に作ったパトスの壁が相手の暴力を防いでいる。

 パトスで防御障壁を作るのは得意だった。

 僕の役割は知枝に指示を出す事、そして自分の身を守る事。

 だから、僕は壁を作る練習を重点的に行って、

 より強固にする為にそれを能力化していたからだ。


「なんだよ、お前。

 使えるんじゃねーか。

 だったら、なんであの時も使わなかった!

 そうしたら、俺が独房にいられることもなかっただろうが。

 他のやつに怖がられる必要もよぉ!」


 1,2,3回。

 両手で交互に殴りつけてくる。

 壁は壊れない。


 力を込めて、前蹴り。

 踵落とし。

 壁は揺るがない。


「なんで、こんなに堅えーんだよ!

 なんであの時、そうしなかった! 

 おい、なんとか言えよ。

 この落ちこぼれやろうが!」


 振りおろす度に、相手の感情は膨れ上がった。

 仮面は感情を増幅させる。

 どんどん、どんどん、どんどん。

 それでも、僕が作り出す防御障壁はただただ存在した。


 最初の一撃で僕は死ぬと思った。

 イメージでは、壁は壊されていた。

 孤児院で一番の落ちこぼれ、誰よりも下位の存在。

 その僕が作った壁は、易々と砕かれて息絶えるはずだった。


 攻撃は容赦なく続いている。

 僕の身体は跳ね上がりもしない。

 なんだ、僕をサンドバッグにすることもできないのか、こいつは。


「お前は、僕を抑圧する存在じゃない」

 呟くと、気分がすっきりした。


 敵には聞こえていないようだ。

 頭に血が昇っていて、会話すらできない状態らしい。

「お前のせいで」

 と、同じことを延々と繰り返す木偶の坊。


 そろそろ殴られ続けるのも飽きてきた。

 僕は障壁を維持しながら起き上る。

 攻撃は続いているが、抵抗はなく、

 足の痛みに眉をしかめながらも僕は立ち上がった。


 ノッポはたった数分のエクササイズで疲れてしまったらしい。

 もう拳には力がこもっていない。

 自分でも自覚しているのか、

 暴力の手を止めて僕を睨みつけながら肩で息をしている。


 僕は拳を握りしめる。


「あれ?」

 思ったより、パトスが集まらない。

 ああ、そうか。

 だってもう、怖くないんだもの。


 僕は怒りを引き寄せて、顔に張り付けた。

 萎えかけていた感情の波が勢いを増して戻ってくる。

 やっぱり、訓練と本番は全然違う。

 感情がここまで昂ぶるものだとは知らなかった。


 今度こそ拳にパトスを込める。

 敵は危機感を感じたのか、パトスで障壁を張った。


 殴りつける。

 障壁は壊れ、相手はドアまで吹っ飛んだ。


 ドォーン。

 ぶつかった時に大げさな音が鳴る。


 それが何だかおかしくて僕は笑った。

 最高の気分だ。

 いつまでだって笑っていられそう。



 次の瞬間、ドアが開き、3人の教師が部屋に入ってきた。



 僕の笑みは止んだ。


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