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首輪付きの奴隷 - チートな彼女と僕 -  作者: 桐原 冬人
4章 デッドエンド
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手遅れ

「はははははははは。

 冷や冷やさせてくれる!

 冷や冷やさせてくれたぞ!


 だが、学園最強の名は伊達じゃなかったようだな。

 お前ら虫けらなんぞモノの数じゃねーんだよ!

 素晴らしい、やはり父様たちの研究は間違ってなかったんだ!」


 水城が狂ったように哄笑する。

 その声に千影が反応し、ワイヤーを飛ばして捕縛される。

 しかし、水城は心底嬉しいのか、

 殴られる直前でさえも笑みは鳴りやまなかった。


「なんで、こんなにも消耗しているんだ! この僕が!」


 心の宝石を使って強化した藍の憎しみに刺し貫かれたというのに、

 千影を覆う感情の波、パトスはまだまだ健在だった。

 千影の焦ったような言葉が無ければ、

 見た目には今までと変わりがないようにすら思える。


「どうしてだ!

 どうして、こんな事になってるんだ!

 どうして、僕の、僕の、僕の力が」


 錯乱しているのか、千影は自分の身体を抱えながら喚き散らしている。


「心、お前だけでも逃げろ」

 恐怖に身体がすくんでいる心に声をかける。


「そんなことできないよ! みんなが! 真が!」

「もう、どうにもならないだろ! お前だけでも逃げろ。

 真だってそう望むはずだ」


「そんな……だって、……わたし」

 一刻を争う事態だが、心は頑として譲ろうとしない。


「僕たち2人じゃ、みんなを助けられない。

 他の人たちを呼んできてくれ、頼むよ」


 ことさら優しく聞こえるように心の目を見て言う。

 心の瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれていく。

 心が戻ってくる頃には、既に手遅れになっているだろう。


 脳裏に浮かぶ血塗られた光景が表情に出ないように気を付けながら、

 心の目を覗き込む。


「時間がないんだ。

 頼む、心。

 僕が千影を引き付けて、みんなを守りきるから誰かを呼んできてくれ」


「……分かった。

 分かったよ、お兄ちゃん。

 だから、……無理しないでね」


 そう言って、心は背を向けて入口へと走っていく。


「逃がすかよ!」

 足音に反応したのか千影が心に向かってワイヤーを放った。


 軌道線上に割り込んで、障壁でワイヤーを弾いたが、

 千影はすぐに肉薄してくる。


 心さえ逃げ出せれば、それでいい。

 持てる限りを尽くして防御障壁を作り上げた。


 千影が力いっぱいに、腕や足でぶつかってくる。

 何も考えていないがゆえの力任せの行動に、

 僕は防ぐので手一杯だった。


 何度も、何度も降り注がれる重い打撃に、

 それを阻む障壁は欠け、少しずつヒビが入っていく。


 もうこれ以上はもたない……。


 それは千影にも筒抜けだったのだろう。

 今までより一層、振りかぶって殴りかかってきた。


 これは、僕の障壁を易々と貫きながら、

 既に身体が満身創痍と言って良い僕を殺すだろう。


 そのとき。


 両腕を構えた心が間に入り込んできた。

 2人の腕がぶつかる瞬間、青色の眩い輝きが浮かび上がり、

 心の障壁が展開される。


 それが千影の攻撃を防いだ。


「なにやってんだ、心!」


 素早く腕を引いた千影は、直線に蹴りを叩き込む。

 維持されていた障壁は、2度目の攻撃を受けて砕け散り、

 重い衝撃が心を抉る。


 小さい身体を抱きとめるが勢いは殺しきれず、

 僕らは慣性に従って屋上の壁際まで転がる。


「こころ……だい、じょうぶ、か……」

 全身をしたたかに打ちつけて、呼吸すらままならない。


「逃げて……。

 お兄ちゃんが、知枝お姉ちゃんに殺されちゃうなんて、

 そんなの……駄目だよ」


 身体を起こそうとしながら、

 それだけ言うと、心は脱力して崩れ折れた。


「なーんだ。

 綾人以外、誰も僕の攻撃をまともに防げないんじゃないか。

 狙う順番を間違えたよ。

 あはははははははっはははははっは」


 僕は壁面に手をかけて、よろよろと立ち上がる。

 壁に手をついて、身体の損傷を確かめながら歩を進める。


「まだ立てるのか。

 あれだけ殴ったのに大したもんだ。

 でも、僕に比べれば可哀想なくらいに弱いよ。


 綾人、弱いことは罪だろう?

 力が不足していれば大切なモノを失うんだ。

 お前は僕には敵わない」


「そうだね、千影……。

 あの時、僕は自分の暴走を止める事ができなかった。

 弱い人間だったから、力に翻弄された」


 孤児院での情景が蘇る。


 逃げるためには大人を全員殺す必要があると思った。

 僕たち子供だけじゃ大人からは逃げきれないと思ったから。

 自分の意志の弱さに甘えて、全部を壊そうと思った……。


「あの時、止めてくれて、ありがとう。

 止められなくて、ごめん」


 壁が途切れた。壁から手を離して、立ち止まる。


 周りを見渡すと、僕のチームはぼろぼろになって地に臥していた。

 まだ息はあるようだけれど、もうこれ以上は何もできないだろう。


 その時、よろけながらも藍が立ちあがった。

 そちらに背を向けている千影は気づいていない。

 ふらふらと、藍は音と気配を殺してゆっくりと千影に近寄ろうとする。


 でも、そんな事に何の意味があるんだろうか。

 そんな身体で、何が出来るんだろうか。


「止められる訳がないだろう?

 僕たち2人はそういうモノなんだ。

 彼女は、お前に壊されるのが怖くて、お前を壊すのが怖くて。

 それで僕を創った。

 だから、初めからお前に勝ち目なんて無いんだよ」

 

 僕の身体は、至る所に傷を負って満身創痍で、

 まとったパトスは吹いたら消えてしまいそうなほど弱々しい。


 知枝の身体は、所々服が千切れていながらも目立った傷一つもなく、

 まとったパトスは見た目には翳りすら見えない。


「僕さえいなくなれば、君は止まるのか?」

 再度、周りを見渡して言った。


「さあな。

 僕にはそんな事は分からない。

 でも、これだけは分かる」


 知枝のカタチをした千影が言う。

 今となっては、僕よりも彼の方が知枝にとって近しい存在なのだろう。

 会話なんてできなくとも、一番の理解者なのだろう。


「お前さえいなければ、あの子は普通に戻れる。

 誰も怖がらずに、誰とだって触れ合えるようになる。

 お前一人のせいで、あの子はたった独りで苦しんでいるんだ」


「それでも僕は一緒に居たい。

 知枝だって、そう思ってくれているはずだ」


 本当にそうか?

 言葉を発するにつれ、言葉は小さくなっていった。


 自信の無さが言葉にありありと現れてしまっている。


「それはお前や僕が決めることじゃない。

 お前の死体を見て、あの子が決めることだ。

 お前はあの子を縛ってる。

 それがなくなった後の事は、あの子が判断すればいい」


 ああ、そうか。

 僕が知枝に縛られているんじゃなくて、知枝が僕に縛られていたんだ。


 そして、昨夜、勇気を振り絞って僕と決別しようとしたんだ。

 僕にとっても、彼女にとっても、

 最良の選択じゃないけれど、少なくとも一歩進めるように。


 千影には言葉は届かない。

 それは哀しいけれど、知枝だって同じだ。


 壊滅的な関係だったけれど、それでも、

 まだ何とか繋ぎとめられていると思っていた。


 そして、それが少しずつでも好転してくれると信じていた。

 けれど、そんなのは錯覚で、やっぱりとっくの昔から手遅れだったんだ。


「もう、ぜんぶ終わりにしようか」

「ああ」端的に千影は応えた。


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