戦闘準備
『特別クラスの前衛は至急、第1会議室に。
同クラスの後衛は第2会議室に集まりなさい。
なお、一般クラスの生徒は……』
朝食を食べ終えて帰路についている途中、校内放送が鳴り響いた。
土曜日は待機担当以外の生徒は休暇だ。
珍しいことだなと思いながら、
指示に従う為に真心と一緒に会議室へと進行方向を変える。
ふいに携帯端末が鳴った。
二見先生からだ。
『綾人、放送は聞いたと思うがお前は私の教官室に来てくれ。
それと、真はいるか? 近くにいるなら一緒に連れてきて欲しい』
「ええ、真なら一緒にいますよ。
心もいますけど、どうしますか?
一緒じゃないなら、先に会議室まで送り届けたいんですけど」
『心か。
……どうせだから、一緒に連れてきてくれ。
首輪と道具を忘れるなよ』
肯定して、電話を切る。
真心に電話の旨を伝えて、進路を変更する。
教官室には、また検査を途中で切り上げさせられたのか、
首輪を着けたままの藍がいた。
という事は何か大事が起きたのだろう、
怪訝な顔を浮かべて二見先生を見やる。
先生は椅子に座りながら腹部を抱えている。
怪我でもしているのだろうか。
「ウチの生徒が攫われた。
……それも学内でな。
今回は狂言じゃない」
「攫われたって、誰がですか?」
「犯人はウチの副担任の水城だ。
検査の際に、いきなり背後から襲いかかられてね。
この様だ」
自嘲気味に先生は自分の腹部をさする。
嫌な予感がした。
「攫われたのは誰ですか? もしかして、知枝なんですか!」
「……いや、千影だ」
「千影?」
「そう、……千影だ。
おまけに薬まで持って行かれた」
「なんだって、そんな事になったんですか!
今どこにいるんです? 水城の目的は?」
「水城は千影を連れて屋上に行った。
目的は分からないが、私と綾人を連れてこいと言っている。
15分以内に来なければ千影を暴走させるとのことだ。
時間がないので、歩きながら話そう」
腹部を痛そうにかばいながら二見先生は先頭に立って教官室を出ていく。
僕たちはその後を追う。
「水城の目的は分からない。
しかし、千影と薬を持って行ったという事は、
こちらが要求を飲まなければ千影を暴走させるという事だろうな。
それに備えて、段階的にチームを向かわせる事になっている。
チーム毎に前衛のみを集めて千影を消耗させる。
もしパトスが切れかけて限界だと思ったら、
……全力で逃げろ」
「この前の件もある。
強いと聞いているが、どんなもんなんだ? ヤツの力量は」
挑むように藍が言った。
「元々、学園にはClassはAまでしかなかった。
だから、千影の為にその上を作った。
もし、他の人間がSになるとしたら、
千影を隔離する為にさらにもう1つ上のClassを作るだろう。
簡単に言えば、あいつはそういう〝現象〟だ。
跳び抜けているのは、頭1つ分どころの話じゃない。
少人数で相対して、少しずつ削っていくしかない」
「これを使ってもか?」
藍がポケットから瓶を取り出した。
中には、白い錠剤がぎっしりと詰まっている。
それには見覚えがあった。
「千影は交戦の時にいつも使っているんだろ?
だったら、これを使えばオレでも」
「藍、それって……」
「それは、対象の仮面を固定化して、パトスを扱いやすくする薬だ。
リスクはあるが、今回はこれを使ってもらう……。
だが、この薬はあくまで潜在能力を引き出すモノに過ぎない。
千影は根本的に規格が違う」
「二見先生、リスクっていうのは?」
「まだ薬の検証自体が進んでいない……。
それに、仮面とパトスを強制的に外に出す関係上、
仮面に浸食される危険性がある。
短時間であれば大丈夫だとは思うが……」
「死ぬかもしれねーんだから、リスクもクソもないだろう」
死ぬ、という単語に心が身体をびくつかせる。
真は心の腕をぎゅっと握りしめ、僕は心の頭を撫でた。
「作戦は至って簡単だ。
これから話す各自の役割を守ってくれ……」
屋上へ出る扉の前についた。
二見先生は持っていた首輪を心につける。
「すまないな。
本来、お前は後衛なのに。
こんな前線まで連れてきてしまって……」
「わたし、……いいんです。
……わたしなんかで役に立てるなら」
「相手は千影だ。
宝石を手渡す時間はそうそうないだろう。
予め、1つは渡しておこう。
薬の関係もある。一番強い仮面を使え。
藍には憎しみ、真には怒り。
綾人は……どうするか」
心はポーチから宝石を取り出し、
それを胸の前で祈るように両手で挟み込むと、
宝石はうっすらと光り始めた。
灰色の宝石を藍に、赤色の宝石を真に渡す。
「僕は……嫉妬、辺りですかね。
あるかな? 心」
心は困ったような顔をしながら、ポーチを漁る。
出てきたのは、他のものより一回りほど大きい緑色の宝石だった。
心が祈りを捧げると、緑色の宝石は綺麗に輝きだす。
「心のコレは、時間が経つほど取り出せるエネルギーが減る。
ボク以外だったら、なおさら取り出しにくくなる」
真が説明してくれる。
二見先生は頷いて言った。
「私の方で使いどころを指示できるほど、千影は甘くないだろう。
基本的に、自分の判断で各々動いてくれ。
では、扉を開けるぞ……」




