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首輪付きの奴隷 - チートな彼女と僕 -  作者: 桐原 冬人
1章 孤児院の子どもたち
3/37

ずっと一緒に (知枝視点)

 私は特別だ。

 別に自意識過剰ってわけでもない。

 そうでなければならない、という事実があるだけだ。


 3歳の時、子供たちの中で一番優秀という理由で私は選ばれた。


 初等部卒業時にこの孤児院の出資者である学園へ転校する。

 そこで、類稀なる才能を十全に発揮し、

 犯罪者をばったばったとなぎ倒すのが私の人生なのである。


 そーいうわけで、毎月1回、孤児院の子供たちからかっぱらった

 仮面と呼ばれるパトスを蓄えた塊を沢山たくさん貯め込む。


 私はどんどん化け物に変わっていく。

 私はめきめき力をつけ、他の子供たちとどんどん離れていった。


 小さい頃は違和感なんて無かった。

 他の子たちと毎日顔を突き合わせて、共に歩み、共に学んだ。

 でも、物心がついたらそんな時間はもうおしまい。


 一緒にいることは、どちらにも悪影響を与える。

 だから、英才教育を受ける為という口実で、

 私は一人きりになるのであった。


 それはそれで気楽。

 周りにお伺いを立てながら、いちいち手を抜く必要なんてない。

 無駄なストレスをため込むことも無くなったから。


 ……でも、やっぱり、正直に言えば。

 ちょっとくらいは寂しかったのかもしれない。


 だから、綾人と一緒に生活を始めることが決まった時、

 私はガラにもなく、感情の制御を忘れて喜んでしまったのである。


 小さい頃、一緒によく遊んでいた男の子。

 つやのある黒い髪の毛がさらさらで。

 いつも仏頂面で斜に構えていたけれど、よく気が利いて優しかった。


 そんな友達と一緒に過ごせる日々にわくわくを抑えられなかった。



//



「綾人ー、人前でパトスを解放しちゃだめだよ?

 また取り上げられちゃうからね?」


 はっ、

 と思い出して大切な事を伝えたのは1日経過した後だった。

 綾人は自分の両の手のひらを見つめて「ああ、うん」と曖昧に答えた。

 聞いているんだか、いないんだか……。

 まぁでも、それは仕方がないことかもしれない。

 出来るわけないと何年も自己暗示していたのだから。


 元々、パトスをまったく使えないなんて在りえない。

 それは私たち人間が当たり前に持っているモノだ。


 だから、教師たちが綾人に何かをしたのだと私は睨んでいる。

 小さい頃、綾人は仮面の回収を毎日のように行われていたらしい。

 他の子たちは月に一度くらいだったはずだ。

 綾人だけは、感情を出す度に剥がされたと聞いている。


 それでパトスを表面に出せなくなってしまったのだと思う。

 ただ不可解なのが、

 綾人も不定期ではあるが仮面を与えられているという話だ。


 仮面はパトスの量を増やす為の触媒でしない。

 奪われた上で与えられるというのは理屈に合わない。



//



 そういえば、私と喧嘩になったノッポは独房に入れられたらしい。

 大それたことをしでかした訳じゃないのに、かわいそうに。

 1度目の暴走でやり過ぎたからだろう。


 とはいえ、相手が綾人だったから結果的にそうなっただけ。

 本来なら独房に入れられるような大事件にはならなかったはずだ。

 やっぱり、運がない。


 数日後、独房から出てきたノッポとばったりと出くわした。

 ノッポは何か表情を浮かべようと額に手を当てたが、

 うまくいかないようで表情は切り替わらなかった。


 綾人のように表情を浮かべられなくなるまで、

 仮面を剥がされたのだろうか。

 なんて考えながら、通り過ぎた。



//



 人前でパトスを使ってはいけない。

 という私の指摘はあまり意味がなかったらしい。

 あの日以降、綾人のパトスは影をひそめてしまったからだ。


「おかしいなー。なんでだろう?」

 本日何度目かになる弱音を吐いてしまう。

 綾人の顔をちらりと窺う。

 無表情のままだが瞳には悔しさが滲んでいるように見えた。


「ごめん。やっぱり、私は教えるのが下手みたい」

「そんな事ないよ。

 この前は、知枝が手伝ってくれたから初めてできたんだ。

 でも、僕がへたくそだから……」


「綾人、ダメな理由じゃなくて、この前できた理由を考えてみよう?

 あの日、何か特別なことがあったか思い出してみて」


 思い当たるのは、ノッポとの喧嘩だ。

 あの時、綾人は何を考えていたのだろうか?

 あのノッポは過去に綾人に大けがをさせた。


 綾人に起こりうる感情は?

 不安、焦り、恐れ、嫌悪、嫉妬、怒り。

 あるいはそのブレンド?


「殻を……割ってた」


 突然、綾人が抑揚のない声で呟いた。

 意味が分からなかったので「なに?」と聞き返す。


「いつも僕を覆っている殻を割ろうとしたんだ。

 想像の中で、だけど。

 手から血が出るのも構わず殴りつけてた。

 結局、割れなかったけど……」


 ……綾人があの時に言っていた

 『身体が全部入れるくらい大きい』ボールの事だろうか。

 この場合、ボールではなく殻ということになるけれど。


「私が部屋に戻ってきた時は、殻の中にいたの?」

「そうだよ」


 殻の中にいた綾人。

 いつも無表情だった綾人は、あの時とても怖い顔をしていた。

 自分の内側から沸き起こる感情を表現していたのだろう。

 それは何だろうか?


「パトスを出していた時にボールを連想したよね?

 その時、殻はどうなってた?」

「……無くなってたかな。

 鏡で表情を確認した時には、もう無くなってた気がする」


「パトスを解放してる時に、どんなことを考えていたか思い出せる?」

「……分からない。

 知枝の言う通りにするだけでいっぱいいっぱいだった」


 実際の感情が何であるからは分からない。

 けれど、仮に怒りとしてみよう。

 違ったらまた別の感情を試せばいいだけの話だ。

 時間はまだまだ沢山あるのだから。


//


 ……さて。

 怒りや恐怖の類を綾人に連想してもらって、

 色々と試したけれど効果がなかった。


 やっぱり私には教える才能がないのかもしれない。

 とは言え、教師たちには任せられないので、私がやるしかないのだ。


 綾人に与えられている仮面の種類が分かれば一発逆転なんだけどなー。

 でも、仮面の授受は仮面室で

 教師の立会いの下で行うので、確認はできない。

 無理ゲーである。


 どうしたものかと頭をひねりたいが、私もそろそろ疲れてきた。

 ちてきこーきしんも、ぐんにょりである。


 気まずい空気を打ち破ってそろそろ寝る事を提案しよう。

 と、視線を送った所で綾人が先に口を開いた。


「なんで、知枝は僕なんかに教えてくれるの?

 先生たちは投げ出したっていうのに」


 うーん、どう答えたものか。


 真剣に考えようと思ったけれど、

 知的好奇心たる感情を使い過ぎていて、

 私は物事を考えるのが億劫になりすぎてしまっていた。


 綾人は私をじっと見ている。

 黙っている訳にもいかないので、素直に考えを伝えることにした。


「私が中等部で学園に転校しなきゃいけないのは知ってるよね?

 学園では感情役と理性役って言われるペアを組んで行動するんだって。

 感情役が犯罪者と戦って、理性役がその指示を出すの。

 その理性役を綾人にやって欲しい。

 一緒についてきて欲しいの。実は、ね」


「……えっと、ちょっとよく分からないんだけど。

 その理性役ってやつをやるのに、なんでパトスの訓練をするの?

 指示するだけなら必要ないんじゃない?」


「理性役も護衛手段くらいは必要らしいの。

 あ、私の場合は綾人を危険になんてさせないよ!

 その点は安心して!

 でも、……ある程度は使えないと駄目みたい」


 綾人は顎に手を当てて考えこむ。


 私の勝手な構想を真剣に悩んでくれているらしい。

 今日の分の喜びは、もう使い果たしてしまったはずなのに、

 私は頬が緩むのを感じた。


「でもでもでも、私の場合は気にしなくていいよ!

 ペアで組んでくれるだけでいいの。

 知らない人に命令されるの、嫌だし。

 も、もちろん、綾人が……良いのなら、だけど」


 このまま転校ということになれば、

 見知らぬ他人とペアを組む事になるのだろう。

 それが決められたレールだ。


 でも、そんな人に命令されて犯罪者と交戦なんてしたくない。

 無機質な関係性の中で、命を賭して戦うことなんて私にはできない。


 ペアの相手を指名することは前例があると聞いている。

 だから、私は自分の性能を存分に鍛え上げて、

 私の我儘を大人たちに受け入れさせることにしたのだ。


 本当は綾人が少しでもパトスを使いこなせてから聞くつもりだった。

 けれど、『なんで僕なんかの為に……』

 そう言って自分を責めている綾人に、

 私の理由を伝えたくなったのでした。


「あ、あの……綾人?

 そ、その、……もちろん、

 綾人が『そんなのやりたくない』って言っても手伝いの方は続けるよ

 もしよかったら、ついてきて欲しいなーってだけなの」


 綾人が何を考えているのか怖くなって、

 ――いや、拒絶の言葉聞くのが怖くて、慌てて付け加えた。


 ああ、いくら疲れて考えるのが億劫だったとはいえ。

 なんだって私はずっと内に秘めていた計画を

 こうも馬鹿正直に言ってしまったんだろう!


 綾人は黙ったまま考え込んでいる。


 ……おい、何とか答えろよ!

 なんだか胸がむずむずして痛くて張り裂けそうだから、

 なんとか言ったらどうなんだ。

 こらっ!


 私は胸の前で手を組んで、綾人を上目づかいでおずおずと見つめる。

 どきどきどきどき。


「それって僕じゃないとダメなの?」

 おい、何を聞いてたんだよ、お前は!


「う、うん。綾人がいいな。

 ……そ、そうじゃないと、

 知らない人と組まなきゃいけなくなるし?」


 綾人はまたもやいじらしい空白をためた後、私の目を見る。

「自信がないけど、……頑張るよ」


 一瞬で、


 目頭がちょっと熱くなって、頬の筋肉が勝手にだらりとしてしまう。


「えへへ、大丈夫だよ。

 私がちゃーんと守ってあげる!

 だから、綾人も私の事を守ってね?」


 私が必ず守ってあげる。

 綾人は私とずっといてくれた。

 だから、私は綾人を守る。


 ううん、これからもずっと一緒にいてほしい。


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