知枝の嫉妬
誘拐騒ぎも終わり、学園が平常運転に向かって準備をし始めた。
それにも関わらず、真心たちはまだ僕たちの部屋に住みついている。
真心の荷物もわざわざ運びこんでいることだし、
部屋を元に戻そうという積極的な意思がないので、
なし崩し的にそうなっていた。
いつものようにソファーには僕と真心が、
僕の隣に設置した椅子には知枝が座っている。
心は僕と真の双方から頭をこねくりまわされたり、
髪型論争の一件以来かたくなに結いでいる
サイドテールをいじくりまわされている。
そんな横暴にも関わらず、当の本人は借りてきた猫のように大人しく、
されるがままになっていた。
「ねぇ、もうそろそろ部屋を戻してもいいんじゃない?
……昨日みたいな事もあるし」
僕をじろりと睨みながら知枝が言う。
風呂を覗いた件だろう。
まったくの不可抗力だったというのに……。
ひとしきり僕を牽制した後、
知枝は唯一の理解者である真の方へと目を向けた。
「真もその方がいいでしょ?」
心が慌てて真の方に向き直る。
「うーん」と真は天井を見ながら顎に手を当てて考え込んで。
「ボクは別にどっちだっていいよ。
なんかもう慣れたし」
あっけらかんと、そう言った。
「やっぱりそう思うよね……って、え?
なにそれ、なんで、どうしたの?
昨日だって、お風呂を覗かれてあんなに怒ってたじゃない」
「うん。
でも、思いっきり怒ったからなんかさっぱりしちゃった。
これからやらないならそれで良いよ。
一緒に住むのは心も嬉しそうだし。
ねー」
心に向けて微笑んで頭を撫でまわした。
心の方も悪い気はしないようで、「うん!」と呟いて真を撫で返す。
「あ、綾人はどう思ってるのよ!」
「僕? うーん、覗きはもうしないよ。
ていうか、わざとやった訳でもないしね。
くれぐれも。
……事件については、どうだろ?
あれから音沙汰がまったくないし、もう終わった気もするけど。
でも、念のため一緒に居るのは悪くない話だと思うよ。
二見先生にも気を抜くなって言われてはいるしね」
正直な話。
一緒に住み始める前に懸念していた知枝とのぎこちない関係性は、
元の状態に戻りつつある。
だから、僕としては共同生活にはもうあまり意味を見出していない。
だけれども、こちらばかりの都合だけという訳にもいかないだろう。
「真心が良いなら、事件の真相が解決するまで居れば良いんじゃないかな」
「真心って言うなってーの」
真は心の膝に倒れ込みながら僕の足をぼすっと軽く殴りつけてきた。
心はこくこくとでも擬音が鳴りそうなくらい必死に頷く。
「うら若き女の子と男の子が一緒に住んでるなんておかしいよ!」
椅子から乗り出すようにして知枝が言った。
誰も味方がいないからか、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
可哀想なのだけれど、発言の内容に思わず吹き出してしまった。
「おかしいって言ったって。
元々、僕と知枝の男女2人きりで住んでたじゃないか」
「私と綾人はペアなの! 特別なの!
孤児院の頃からずっと一緒だったから良いの!
そうでしょ、そうじゃないの、そうに決まってるよ!
それとも綾人は嫌なの?」
むき出しの感情をコロコロと変える知枝を見て、
真心は口をあんぐりsと開けて呆気にとられている。
人前で、部屋の外でこんな姿を曝すことはないので、珍しいのだろう。
真心が住み始めてから大人しくなっていたが、
ある意味で、知枝もこの共同生活に慣れたと言える。
「嫌じゃないよ。
考えたこともない」
「じゃあ、なんでっ……」
勢い込んで言い放つ知枝だが、
口を開いたものの次の言葉が出てこないらしい。
言葉を宙にぶら下げたまま俯いてしまった。
「知枝、いったん落ち着こう。
真心たちも、もう出てきたんだし知枝も風呂に入ってきなよ」
「うー……。
お風呂に入ってる間に、みんなで私の悪口言うんでしょ。
反対してるの、私だけだもんね!」
「何言ってんだ。
そんな事、言わないよ。
もう夜も遅いし早く入っちゃいなよ。
ね?」
まだ何か言いたそうではあったが、
頬を膨らませながらも風呂場へと向かう。
一人分の熱量が減って、リビングは静かになった。




