表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
首輪付きの奴隷 - チートな彼女と僕 -  作者: 桐原 冬人
1章 孤児院の子どもたち
2/37

能力解放

 ベッドに横たわって、二段ベッドの天板を眺める。

 部屋には二段ベッドが2つあり、4人の子供が住めるようになっている。

 しかし、この部屋の住人は2人だった。


 僕と知枝。

 元々は知枝が1人で住んでいた。


 けれど、いつしか僕がここに厄介になるようになったのだ。

 前の部屋――さっきの3人と一緒に住んでいた時に、

 ルームメイトのノッポが暴れて、そのせいで僕は大けがをしたからだ。


 何が原因だったかは覚えていない。

 何かの拍子でノッポがパトスを暴走させたのだ。


 他の2人も同様に殴られ蹴られていた。

 彼らはパトスをまとって暴力から身を守り、大事には至らず。

 唯一、僕だけが重傷を負った。


 ぼんやりと、目に涙を浮かべている幼い自分の姿が見える。

 教師たちは「どこか痛いの?」と慌てながら聞いてきた。


 でも、僕は質問には答えずにただ泣き続けた。

 痛かったんじゃない。

 同い年の子供に何の理由もなく打ちのめされて、悔しかったんだ。


 かくして、

 僕を他の子供と一緒に住まわせるのは危険だと結論づけられる。

 それで、感情の抑制がきちんとできる知枝と同室になったのだ。


 知枝は快く迎えてくれた。

 曰く、「退屈がまぎれる」とのこと。


 日々の授業も知枝と同じ特別授業を受けることになった。

 僕にとってはどちらも理解できないから同じことだ。


 頭の中で泣いている男の子はまだ泣き止む気配がない。

 あの頃から、僕は何も変わっていやしないんだ……。


 身体の中で何かがざわついた。

 ざりっ、と砂を噛むような不快な感じがする。

 その感覚はどんどん大きくなって、

 身体中を包みこもうと大きくなっていく。


 横に転がって、膝を抱えた。

 不快感は僕を包み込み、僕は卵の中の雛のようになる。


 殻の中は心地よくて、それでいて気持ち悪かった。

 身体の中のモノを全て吐いたら楽になれそうだ。


 今なら吐ける。

 けれど、現実の僕は横になったまま、ぴくりとも動けない。


 急に嫌になって、頭の中で殻を叩いた。

 こぶしをぎゅっと握りしめて何度も何度も何度も叩きつける。

 それでも、殻は堅くてびくともしない。


 いつまで経っても。


 部屋のドアが開く音がする。

 寝転がったまま視線をあげると、知枝が立っていた。

 パジャマに着替えて、バスタオルで髪の毛の湿り気と格闘している。


 髪留めは、両手に巻き付けていた。

 風呂からあがってきたのだろう。

 頬が上気していて、普段よりも大人びて見える。


「ん? どうしたの、怖い顔してるけど」

「え?」


 思わず大きな声が漏れる。

 テーブルにあった手鏡で慌てて眺めると、

 眉間に皺を寄せた自分の顔が映った。


 表情としては乏しいが、いつもの無表情とは異なる。


 それを確認すると、自分の胸のあたりで何かが蠢いているのを感じた。

 一度気づいてみると、

 それは自己主張をするかのように少しずつ膨れ上がってくる。


 熱くて、重い。

 野球ボールくらいの大きさだ。

 自分の胸の辺りに視線をはわせると、ボールが胸から抜け出してくる。

「綾人、目をつむって」


 顔をあげて知枝を見る。

 ボールが蜃気楼のようにゆらりと揺れたのを頭の片隅で感じた。


「落ち着いて、慌てないで? 目をつむって」

 僕は言われた通り目をつむってみる。

「〝それ〟が消えないようにして。どんな感じ?

 ロウソクの火かな? それとも光とか?」

「野球ボール。でも、柔らかそう」


「今、どんな感じ?

 何でも良いから言ってみて。普段もこういう事はあるの?」


「ある。けど、いつもなら中に身体が全部入れるくらい大きい。

 それにいつものと違って、じめじめしてない。さらっとしてる。

 なんかきれいだ」


「やっぱり、外に出すのが苦手なだけなんだ」

 知枝の声が近い。


 ぎしっ、という音を立ててベッドが軋んだ。

 隣に座ったらしい。

 シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。


「私は気にしないで。声だけ聴いて。

 おでこと首に触るよ? 驚かないでね」

 額とうなじの辺りに手が差し伸べられる。


 温かい。


「ここに血が流れてくるよ。

 どくん、どくん。

 少しずつ早くなる。どくん、どくん、どくん」


 触られている首の後ろから頭に血がなだれ込む。

 知枝の声に合わせて、少しずつ……早くなる。

 ドクン、ドクン、ドクン。


 あ、音が大きくなった。


「ボールが音に合わせて大きくなってる……」

「そのボールに触れるかな? できそうならやってみて」

「でも、これ……よくないよ。これ、は……」


 僕はそれが何なのか理解した。

 これは壊すモノだ。

 大きくて、ざわついていて、何かを壊す。


「大丈夫。よくないものなんて、ないんだよ。

 それは、よくないものじゃないの」

 首におかれていた知枝の手が離れる。


 胸の辺りにあるボールに触れるか触れまいかを

 迷っている僕の手を知枝が徐々に押し上げてくる。

 そして、僕は、大きなボールに触った。


 触れた部分がじんわりと熱を持ちはじめる。

 ゆっくりと、ボールをすくい上げ続ける。

 けれども、弾力が強くて、これ以上は手を持ちあげられない。

 ……それでも、知枝はそれまで以上に僕の手をぐっと下から押した。


「あ」


 ボールの中に手がめり込む。

 それと共にボールは弾けるように消えて無くなってしまった。


 手が温かい。

 額が熱い。

 ごくり、と大げさな音をたてて喉が鳴る。

 身体が、熱い。

 喉が渇く。


「ゆっくりと、目を開けて?」

 ゆっくりと、目を開けた、視線の先には。


 手のひらが何かに包まれていた。

 透明な何かが僕の手を覆っている。


 信じられなくて、目を見開いた。

 これは、感情の波――パトスだ。


「なんだ……これ。間違いじゃないのか……?」

「私にも見えるよ」


 ふふっ、と隣の知枝が笑う。

 知枝が僕の顔の前に手鏡を掲げた。

 鏡の中の僕は、

 眉間に皺を寄せ、頬の筋肉をピクピクと小刻みに震わせている。


「その感覚、ちゃんと覚えておいてね。

 頭の中で、何かイメージが見えたりする?」


 僕は誰かに殴られている。

 ルームメイト、4人部屋、小さく蹲る自分。

 ああ、そうか、僕は。


 ドクンッ、ひときわ大きく血が騒いだ。


「あー、ちょっと、ちょっと。

 いきなり、そんなに怒っちゃダメ!」

 ぺしぺしと、知枝は慌てたように僕の手を叩いた。

 別に痛くはない。


「綾人、手をグーにして。

 それでゆっくり、両手を同時に私の手にぶつけて」

 そう言って、知枝は自分の両の手のひらを向けてきた。


 僕は拳を握りこむ。

 ぎりり、握りしめすぎて音が鳴りそうだ。

 身体が思うように動いてくれない。


「ほらほら、もっと力抜いて」

 また、ぺしぺしと手を叩かれる。

 その度に手の力が少しずつ緩んでいく。


「いいよ。

 ゆっくり私の手に手をぶつけて」

 その手に向かって両手を伸ばす。


 急いてしまう気持ちを何とか押し付けて、言われた通りにゆっくりと

 知枝の手のひらに触れたところで、知枝は僕の手を優しく包み込んだ。


「あれ?」


 次の瞬間、僕の手で揺らめいていた湯気が水でもかけられたように、

 しゅん、と掻き消えてしまった。


 目をぱちくりさせながら、知枝を見る。

 何か言おうとして口を開いたけれど、喘ぐだけで言葉が出てこない。


「大丈夫。さっきの感覚を忘れないで。

 そしたら、いつでも出せるようになるから」


 さてとっ、なんて言って知枝はベッドから立ち上がった。

 そのままの勢いで気持ちよさそうに伸びをする。


 僕は馬鹿みたいに知枝を目で追うばかりだ。


 先ほどまでと違って、

 頭は冷水でもぶっかけられたみたいにクリアになっている。

 なのに、肝心の思考が追い付いてこない。


「で、どう?」

「どうって?」呆けて聞き返す。


「気分がすっきりしたでしょ?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■ ■ ■ 設定資料 ■ ■ ■

気に入った方は 評価お気に入り感想などをいただけると嬉しいです。

▼こちらの投票もよろしくお願いします▼
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ