千影
扉の前に立っている二見先生に挨拶をして、独房へ入る。
左から向かって4番目が千影の特等室だ。
1か月ぶりに見る千影に変わりはなかった。
いつものように牢屋の中で椅子に繋ぎとめられている。
首輪・腕輪・足輪によって五体を縛られ、
覆われた目隠しによって視界を塞がれていた。
千影部屋を通り過ぎて、5番目の部屋へと入る。
1か月に1回しか訪れない僕の部屋だ。
この学園に来た時に、僕はこの部屋に入れられていた。
犯した罪の大きさに応じて、
あるいは精神が安定するまで隔離されるのだ。
その時にお隣さんだった千影と僕はいつの間にか仲良しになり、
ここから出た後も千影の精神安定剤として、
ひと月に一度派遣されることになっている。
多分、意味はないだろうけど僕も千影とは浅からぬ仲だ。
意味はなくとも必要ではあるだろう。
千影と同じように、僕も自分の特等席に座った。
それがスイッチとなり、千影はすぐさま反応する。
目隠しされていて視界が閉ざされている分、
聴覚が敏感なのかもしれない。
「綾人か?」
「うん、久しぶりだね。
お変わり無いようで」
「もう1か月経ったのか。
時間が経つのは早いな。
何か変わったことはあったか?」
「目下、大問題継続中かな。
ここの生徒が誘拐にあったみたいでさ。
まだ何にも分かってない状態」
「ふーん」
既に二見先生から聞いているのだろうか、千影の反応は薄かった。
それとも、興味がないのかもしれない。
「そういえば、
最近犯罪者が凶悪になっているって話、前にしたよね?
あれ、僕も当たったよ。
訓練経験もない一般人だったのに、そこそこ強かった」
「僕も駆り出されそうな感じか?」
「いや、千影が出る程じゃないよ。
僕くらいでも一気に3人くらいは相手にできると思う。
千影が出る程の事件なんて、そうそう無いよ。
……それとも、出たいのかな?」
「別にそういう訳じゃない。
けど、不安はある。
こんな所でずっと繋がれ、ご大層に目隠しまでされて、
必要な時にちゃんと身体が動いてくれるのか、って」
「千影に限ってそれはないでしょ。
大丈夫だよ」
「それもそうかもな。
前に出たのはいつだったか……。
けど、昨日の事のように思い出せるんだ。
身体の動かし方だって覚えてる」
「……そうなんだ」
「でも、それでも不安を拭い去ることができない。
綾人、弱いことは罪だろう?
力不足なんかで大切なモノを失いたくない。
僕は、そうなりたくないんだ」
「千影、聞いてもいいかな?」
「なんだ?」
「千影の大切なモノって何?」
「さあ? 今はないな。
……ただ、綾人と話すのは大切な時間だ。
これは無くしたくないかもしれない」
「そっか」
…………。
その後、千影にパトスの使い方のレクチャーを受けた。
千影の力と僕のそれは余りにもかけ離れ過ぎている。
僕が唯一得意なのは防御障壁を練ることだけだ。
他には、誰でも出来るような身体の強化くらいしかできやしない
だから、千影にモノを教わるなんて出来っこない話だった。
それでも、いつか何かの役に立つかも知れないと、耳を傾ける。
そんな折、携帯端末のバイブが震えた。
呼び出し元は二見先生だ。
まだ面会の終了時間は来ていないはずだけど……と思いながらも、
千影に断りを入れて電話に出る。
『綾人、急で済まないんだが仕事が入った。
面会を中断して、私の教官室まで来てくれ』
同意すると、電話はすぐに切れてしまった。
なんだろう、電話越しに伝わる二見先生の声は酷く緊迫していた。
「呼び出しをくらっちゃったよ。
どうしてもすぐ行かなきゃいけないらしい。
この後、検査だろ?
結果が良くなっていると良いね。
じゃぁ、また来月」
千影に声をかけて牢屋から出る。
鎖がこすれる音が聞こえたので目を向けると、千影は手を振っていた。
「さよなら」




