危険な学園とハーレム
次の日から、学園は全クラス休校になった。
無断での学園からの外出が禁止され、
学園内の出歩きでさえチーム、あるいは最低でもペアで
行動することが義務づけられることになる。
これを機に事件解決まで帰省したがるものや、
学園を辞めたがる生徒が学生課に殺到した。
一般の生徒が学園に入学する一番の理由は、給金の高さだ。
学園は犯罪者撲滅という名目で国からの補助を受けていて、
それが給金に反映されている。
未だ現場に出ない生徒も訓練をしているだけの状態で、
毎月給料が発生する。
仮に現場に出たとしても、訓練を受けた
プロである生徒と犯罪者の一般人では戦闘能力に大きな差がある。
だから、一般に考えられているほどここの仕事は危険ではないのだ。
また、犯罪者と相対する現場仕事だけでなく、
学園内の事務員や研究員を志望する学生も多い。
当然ながら、
学園内にいる限りにおいては犯罪の被害にあう確率が非常に低い
(今回の失踪事件に関しても、犯行自体は学園外で行われている)。
つまり、馬鹿高い給料の割に比較的安全で、
衣食住も保障されているわけである。
とはいえ、学園の訓練はそれほど生易しいものじゃない。
嫌気がさして、逃亡する生徒は後を絶たない。
多くの生徒は学園に対してどこかしらに不満を抱えている。
給金と待遇につられて何とか踏みとどまっているというのが現状だ。
しかし、今回のように〝学園に所属していることが仇になる〟
――もっと言えば、
学園内に犯罪者が紛れ込んでいる可能性が高いというのだから。
優柔不断の生徒の背中を押すには最もな理由づけとなったのだろう。
最初のうち学園側は、こういった動きを何とか宥めようとしていた。
内部犯の可能性があるのだから至極当然の流れである。
犯人をみすみす逃す可能性もゼロではないからだ。
しかし、余りにも数が多く、
かつ生徒の保護者からの苦情が相次ぐことになった。
プロになるべくして、プロとして給金をもらっていると言っても、
中身は中学、高校、大学生の子供なのだ。
これもまた至極当然の流れだろう。
結局、実家に帰る、または学校を辞める生徒には、
事情聴取の後、学園側で用意した人間を動向させて帰郷すること、
何かあれば事情聴取に快く応じることを条件に申請は受理された。
警備員を増やし、それだけでなく教師たちも夜回りを始める。
前線の経験がある生徒は、チーム毎に見回りを担当することになった。
平日昼間の巡回を1週間ごとの持ち回りで行う。
最初の担当は、私たちのチームに決まった。
副担任の水城先生も同行している。
学園内で生活の全てが回るように構想されている校内は無駄に広い。
警戒命令の為に人っ子一人見かけないそこは、
忘れ去られた街のようだった。
初めはその新鮮さに驚きもしたが、
何日か続けていればどんなものでも日常に還っていく。
「退屈だなー」
真が気だるげに言った。
退屈を紛らわせるためなのか、逆立ちのまま巡回を行っている。
同じチームの藍は例によって不参加だ。
一応部屋を見に行ったがいなかった。
チームは4組のペアの8人で組むものなのだが、
私たちのチームは6人しかいない。
私と綾人、真と心はペアだが藍と残りの
己己己己千影はソロだ。
藍は「うざったいから」という理由でペアを断っているが、
千影の場合は意味がないからペアが付かないと聞いている。
千影が出向くような仕事はほとんどありえず、
仕事以外は学園の独房に閉じ込められている。
ソロが私たちのチームに2人も詰め込まれているのには訳がある。
このチームの人間は、過去に大きな問題を犯しているからだ。
言ってみれば、問題児ばかりを集めたのが私たちのチームなのだ。
「まぁまぁ、君たちは後2日で終わりなんだし、我慢して頑張ろう」
と、水城先生。
先生は他のチームの見回りにも参加しなければならないので、
それに比べれば、大した労力でもないだろう。
「まったく、藍くんも困ったもんだな。
いくら成績が優秀だからって決めたことを守ってくれないと……」
「でも、正直余り意味がないと思うんですよね。
内部に犯人がいるのなら、巡回ルートも割れているでしょうし。
それに警戒態勢に入ってる学園内で事件を起こせるとも思えないです」
私は思っていた事を口にする。
第一、私たちのチームで真面目に巡回をしているのは、
正規のチームのちょうど1/2なのだ。
巡回をするにしても、あまりにも適当過ぎる。
「気持ちは分かるけど、立場上同意しかねるなぁ。
意味があろうとなかろうと、事件になっている以上、
何かしら対策を打つのは必要なことだよ」
「ルートが割れているなら、僕たちが一番危ないのかもしれないですね」
笑いながら綾人が答える。
隣を歩いていた心は擬音でも出そうなくらい大げさにびくつき、
綾人の袖をぎゅっと掴んだ。
「お兄ちゃん、……わたしたち攫われちゃうの?」
「大丈夫だよ。
もし犯人が現れても、僕と真でなんとかするから」
綾人は袖を掴んでいる心の指を剥がして、そのまま手を繋いだ。
「そうだね、非力な僕ではまったく役に立たないからな。
君らの副担任だというのにね……」
「ふん。
兄ちゃんにだって、何ができるのさ、っと」
逆立ち状態から腕の力でくるりと回って地面に足で立つ真。
右手には、伸縮棒が握られていた。
カチッ、という音をたてて棒が伸びる。
真はその棒をくるくると回した。
「心はボクが守る」
「頼もしいお姉ちゃんね」
私は素直な感想を述べたつもりなのだが、
「ふんっ」と言って真はそっぽ向いてしまう。
心は、そんな姉の言葉に微かに笑った。
「こんなのいつまで続けるんですか?
さっさと警察にでも捜査を依頼すればいいのに」
「ごもっともだね。
……ただ、外部の人間を呼ぶと何かあった時に
大事になりかねないって判断なんだろう」
「いんぺーできなくなっちゃうもんね!」
真は笑いながら言う。
明け透けな指摘に水城先生は哀しそうに苦笑いをする。
「生徒にまでそう見られているんじゃ、この学園も酷いものだね……。
変えていかない事にはここはいつか破綻するよ。
そういう意味でも、この際警察でもなんでも呼んだらいいんだ」
結局のところ、学園には武力はあっても捜査能力がほとんどない。
本職の人に頼まなければ解決なんてしないんじゃないだろうか。
「でも、学園がどうであろうと私たちに選択肢はないもの。
変わろうと変わるまいと」
「酷い話だよな。
孤児院育ちの子たちは可哀想だ」
「水城先生だって身寄りがないんでしょう?
同じようなものだと思いますよ」
「僕の場合、両親が死んだのは進路を決めた後だったからね。
その差は大きいよ」
「進路って、ここの教師ですか?」
「いや、パトスの研究者になりたかったんだ。
親の跡を継ぎたかったんだよね。
でも、僕には才能がなかったみたい。運もなかったな。
けど、そのおかげで人に教えるのは得意になったよ。
勉強が分からない生徒の気持ちが分かるんだ。
とにかく、やっぱり君たちに比べたら僕なんかまだまだなんだろう。
たぶん」
「そうですかね?」
「うん。
まったく違うよ」
そういうものだろうか?
私にはその感覚はいまいちよく分からなかった。
綾人には分かるだろうか、
と目を向けると何やら悩んでいる仕草をしている。
まったく会話に参加してこない心は、
綾人と手を繋ぎながら歩いていて幸せそうな顔をしている。
「そうだ!」
突然、綾人が大声をあげた。
「真心、僕たちの部屋に泊まる?
それなら、少しは安心じゃないかな」
「「は?」」「……え?」「んん?」
私と真は綾人を睨み付け、
心は……期待するような眼差しで綾人を見ている。
水城先生は楽しそうな響きを含んで笑った。
「あ、あれ……良い考えだと思ったんだけど。
そうじゃないんです?」
「兄ちゃん、ボクと心は中学生の女の子なんだよ?
そう易々と男の部屋に泊まれるわけがないじゃんか!」
「え、いや。
男の部屋って言ったって、知枝もいるでしょ。
ねえ?」
「そ、そうだけど。
真たちが寝る所どうするのよ?」
私は他人に触れられるとまずいから、
私のベッドで一緒に寝かせることはできない。
それはつまり……。
「僕のベッドを使えばいいよ?」
「おやおや、大胆だねぇ」
「ざっけんなよ!
なんでボクが兄ちゃんと一緒に寝なきゃならないのさ!
ボクだけならまだしも、心にはそんな事はさせられない」
「わ、わたしは! ……それでも別にいいです」
「駄目よ!
中学生の女の子と一緒のベッドで寝るなんて、駄目に決まってる!」
「はっはっは。モテモテだね。
綾人くん」
「お、おちつけって……。
一緒に寝るなんて言ってないだろ。
僕はリビングで寝るから、寝室は女の子3人で使えばって話!」
綾人の言葉で、一様に興奮していた私たちは大人しくなる。
提案は至極まっとうな話だった。
水城先生も「なーんだ」と詰まらなそうである。
なぜ、こうもっと冷静に話し合う事が出来ずに、
勝手に勘違いしたあげく自爆までしてしまったのか。
頬が熱い、火でも吹き出しそうだ。
綾人から視線を外して、明後日の方向をみやる。
「どうなんでしょう、水城先生? 申請したら通りますかね?」
「うん、通ると思うよ。
実際、何件か申請が来てるからね。
受理もされているよ。
大部屋を借りて、チームで暮らし始めている所もあるくらいだから。
まぁ……不安がどうのってより、
暇だからって集まってお祭り騒ぎしているみたいだけど……」
外堀を埋められてしまった。
水城先生の後半の話を無視して綾人は言う。
「どうかな? 学園に内部犯がいるとなると、
なるべく一緒にいた方が安全だと思うけど」
「わ、わたし、……お、お泊りしたいな。
あ、あの……こ、怖いし」
「心! ボクが守ってあげるってば。
ボクじゃ、信用ないの?」
「そ、そういう訳じゃないけど。
……でも、お兄ちゃんがいる方がもっと安心、かも……」
キッと綾人を睨み付ける真。
妹想いなのも分かるが、どこか倒錯しているような気さえする。
……私も同じようなものかもしれないけれど。
4人の内2人がお泊り肯定な状況で、私には勝ち目がなかった。
身の安全を盾にされたら、半ば根拠のない私の否定は意味をなさない。
こんな時だから、
中学生の女の子が2人きりで住んでいるなんて確かに危なすぎる。
最後まで拒否している真にエールを送りながら、
私は彼女らよりお姉さんとして
お泊りの件を了承する以外に選択肢がなかった。
「まーまー、じゃぁ今日だけ試してみよう」
という綾人の言葉で最終的に真もしぶしぶ承諾した。
巡回の後、水城先生と別れて4人で学生課に向かう。
真と心の携帯端末で私たちの部屋が空く手続きをする為だ。
「いちいち申請するのも面倒でしょ」
と、綾人は期間を一ヶ月で登録してしまう。
その言葉を聞いて、真はだらりと崩れ折れた。




