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首輪付きの奴隷 - チートな彼女と僕 -  作者: 桐原 冬人
2章 首輪付きの学園
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トラウマ

「あーあーあー、服を駄目にしちゃって!

 どうして綾人はそんなに緊張感がないの?

 真面目にやりなさいよ、真面目に」


 合流した知枝の第一声がそれである。

 羽織ったカーディガンのポケットに手を突っ込みながら、

 腰に手を当てて諭してくる。

 

 動きに合わせて翻るスカートは丈が短く、

 見ているこっちが寒くなりそうだ。


 とは言っても、僕もパーカー両腕の袖部分がなくなっている。

 冬だというのにラフな格好になっていた。


 触ってみると背中の方も所々、すり切れているのが分かる。

 イメチェンというには、苦しすぎる。


 怒られることはあっても褒められることはない。


 予想外の強敵相手に頑張ったんだけどなー、

 と言いたいところだが空気を読んで口をつぐんでおく。

 今必要なのは言い訳だ。


「だって一般人がまさかここまでパトスを使えるなんて思わないじゃん?

 まぐれじゃなくて意識的に使ってたよ、この人」


 一向に気絶から覚めない男を指し示す。

 文句なしに強かった。

 うん、掛け値なしに。


「……被害者の傷害状況から、

 それなりにパトスを使いこなせてそうなのは明らかだったよね? 

 事前にちゃんと説明したよ? 

 ちょっと考えれば分かることでしょ? ねぇ」


 頬が引きつるのが自分でも分かった。

 無理とは承知で自動的に口を動かす。


「いや、もちろん。

 ねぇ? 分かってはいたよ。

 だけど、その、なんていうか、あれだよ。

 ……距離! 距離がさ、あんなに長くなるなんて思わなくてさー」

「あのね、私が言いたいのはそういう事じゃなくて……」


 と、知枝が口を開いたところで、犯人を回収しに輸送車がやってきた。

 見慣れた無機質な車が天使のように思える。


 中から出てきた救急隊員さんに、「こんな夜更けにご苦労様です」

 言いながら駆け寄って、犯人を担架に乗せるのを手伝う。


「ううっ……」


 担架に乗せようと身体を抱えたところで犯人が呻いた。

 まだあれから数分しか経っていないのに大した回復力だ。

 顔の器官も元通りになっていた。


 ってちょっと、隊員さんびびってないでちゃんと担架に乗せようよ。


「仮面とったんで、危険はないです。

 ついさっきの事だから、暴れることも無いと思います」


 犯人の目蓋があがる。

 ……本当に、回復が早い。


 犯人は僕を見て後ずさって、すぐ後ろにいた救急隊員にぶつかった。

 顔に恐怖を浮かべようとして、

 うまく表現できずに顔を不格好に引きつらせている。


「あ、あいつを遠ざけてくれ」

 声を出してみて、初めて自分の口が元通りになったことに気付いたようだ。

 犯人は自分の顔をまさぐった。


 折ったはずの肩も普通に動かせるくらいには回復しているらしい。

 ……今まで見てきた犯罪者に比べて、

 仮面とパトスの使いこなしが出来過ぎている。


 最近、厄介な犯罪者が増えていると噂に聞いていたが、

 どうやらこの男もその類の人間らしい。

 まともに訓練も受けてないはずなのに、なぜだろう。


 僕が傍にいると、救急隊員の方に逆にお手を煩わせそうだったので、

 後はお願いして帰路につくことにした。


 黙ったままの知枝を促して、学園の寮へ向かって歩き始める。



//



 途中で学生課に寄って、さっきの犯罪者から奪った仮面を預けた。


 後で内包するパトス量に応じて、僕にとって必要な仮面が支給される。

 吸収する仮面を偏らせるのはよくないらしい。

 ただでさえパトスを解放した時には意思の抑制が難しい。

 他者の仮面は、それをさらに難しくしてしまうとのことだ。


 ただでさえ遅いのに途中の寄り道したおかげで、

 自室に着く頃には時刻は既に午前2時を回っていた。


 暗証端末に携帯端末をかざしてロックを開錠すると、

 音も無く自動ドアが開く。


 知枝を促して部屋に入れ、続いて僕もドアをくぐった。

 ドアは閉まり、がちゃり、と自動で鍵がかかった。


「綾人……けが、見せて」

 振り返った知枝は、声も表情も弱々しい。


「怪我なんてしてないよ。ほら」

 ちぎれた袖口から覗く両腕を見せる。


 右腕にまだ痛みはあったが、悟られないように気丈にふるまう。

 痛みさえ我慢すれば、見かけには分からないだろう。


 知枝の指先がおずおずと伸ばされ、

 僕の腕に触れる寸前で止まった。

 屈んで僕の腕を下から眺める。


「ここ痣になってるよ。

 だい、じょうぶ? 痛くない?」


 ひっくり返した右腕は内出血を起こしていた。

 なるほど、痛むはずだ。

 仮面を切り替えても、完治するのに数日はかかりそうだった。


「ちゃんと障壁はったから平気だよ。

 痛くない。

 ちょっと痣になってるだけだから」


「それは仮面を変えたからでしょ!

 蹴られた時はもっと痛かったはずだよ」


 知枝は顔を臥して、両手で覆った。


「……私のせいだよ。

 私が全部考えなきゃいけないのに、

 もっと早くちゃんと伝えられなかったから……」


 か細く震える肩を抱き寄せたい衝動に駆られ、しかし思いとどまる。


「やっぱり、私が前衛になった方が……」

 力なく言う知枝。


 前衛(スレイブ)後衛(マスター)

 前者が交戦し、後者が指示を出す。

 感情に支配された奴隷は、主人の言葉に耳を傾けることで事を為す。


「何言ってるの。

 僕が知枝を守るって言ったろ?

 それに理性(ロゴス)の訓練をしてない僕が

 後衛で指示を出すのは無理だよ」


「でも、……私の方が仮面をたくさん吸収してるし……」


 学園に転校してからというもの、報酬の仮面は全部僕が貰っている。

 けれど、あの孤児院で知枝が長年集めた量に比べれば、随分と少ない。


「知枝、向き不向きがあるんだ。

 確かに知枝の方が僕よりもパトスの絶対量は多い。

 けど、それだけじゃ……」


「私にだってできるよ!

 私だって綾人を守れる!」


 知枝は視線を地面に落としたまま、叫ぶ。

 泣いているようにさえ見えた。


 目の前の知枝は、何もできなかった過去の僕に似ている。


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