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砂を泳ぐ  作者: 一色
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幾度の夜と、月影が映る砂山を過ぎ。魚は羽休めに、西の国に降りた。半ば砂に埋もれ、けれど数少ないオアシスを抱える遊興と娯楽の国だ。国といっても、ひとつのまとまりとしてあるわけではない。オアシスに続く道は大きな道路そのもので、砂の山を二分に横断している。だれが作ったか、金の海の中でも輝くほど白い石を組んで作られた道は、いつしか旅にあぶれた者や行き場の無いものが集うようになった。やがて一つの拠点の役目を得て街となり、他所の干渉も受け付けない力を持った。


 国に至ったこの道の名を、砂漠の外の者はまるで夢物語のように噂する。その音に酔ってどれほどの人間が堕落に身をやつしたものか。多少なりと世を知ったものであっても、国を出る頃には、ふところには真白の砂が一粒とて残らない。


 この国は皮肉と憧憬の意を込めて、白の道と呼ばれていた。


 真っ白な石の道を魚は歩く。熱砂に慣れた足はどんな道も堪えないが、疲れた身に冷えた石の温度が気持ちいい。日差しは変わらず強いものだけれど、この道にはずいぶん水気が満ちている。


「ねえぇちょいと! 甘瓜はいかが?」


 籠を抱えた男が声をかけた。褐色の腕はなかなかに太く、瓜がいくつも入った籠を二つばかり抱えている。愛想よい物言いをするが、動作は荒く、籠の中身は割れて果肉が覗いていた。魚は答えない。そのまま振り切ろうと歩みを止めなかった。


「やぁだ、一個くらい買ってきなよぉ!」魚の外套の衿元を引っつかみ、強引に客引きに持っていく。「甘いよ、あまいよ! 蜜より甘いよ!」


 男はかえでをひっぱりながら、徐々に天幕に追い込んでゆく。ごった返す本通りの外れへと連れ込む。姦しく忙しい人々の中に、甘瓜のにおいを褐色にまとった男を止めるものがいるはずもなく、魚はそのまま連なる天幕の隙間に消えていった。


 日よけの天幕と天幕が重なり、暗がりができている。反って石畳の表面は粗くぬるくなり、効かない目の変わりに、足裏が尖った感触を教えてくれた。身を焦がす日差しもここまでは届かない。いくつもぞんざいに据えられた寝台の上で、生白い影がそこかしこで浮き上がっている。進むほど甘瓜の匂いは濃く、人がうごめくたびに鼻につく。


 褐色の男は、奥まった寝台の一つに、勝ち誇った顔で握りこんだ布地ごと魚を突き出した。


「よりしろよ! あんたのよりしろだ! 俺が見つけた、みつけたんだ!」


 興奮で荒い鼻息を吹かし、吠えるように自分の手柄に胸を張る。無残な籠の中身をひっくり返し、男は寝台に乗りあがった。「俺だ! やくそくだ! おれがみつけた!」


 くゆり。細い糸が空にたわむ。筒を一度啄ばむと、艶のある唇濡れた。つばがかかるほど詰め寄る顔に、戯れに吹きかけてやる。


「おれだ! おれだ! おれが、あんたの・・・」


 どう、とにぶい音を立てて、男は倒れた。緑の泡をぶくぶくさせながら、全身が痙攣して動けない。そしてそのまま絶命してしまった。


 毒煙を吹いた影は男を蹴り落とすと、魚を手招いた。


 影を呑む真白とでも言おうか。暗がりの中にあっても、ほのかに陽を帯びた四肢は巧く作られた陶器のよう。無機質染みた、けれど熱い血潮で満たされた杯のようだった。形よく整った顔には朱が入れられ、底のない輝きが眼窩で瞬いている。丁寧に櫛の入った髪がシーツに波打ち、豊かな体を包んでいた。煙管を啄ばむ口は常にあどけない微笑みを作るが、何より艶めいた舌先が瑞々しく欲を誘っていた。


 夜が形となったなら、きっとこういう人なのだろう。魚は特に逆らうこともせず、招く指を取った。

 


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