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白い花の歌  作者: タク
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第九話

 ――なぜ、そんなふうに生きられる?

 尋ねたのは、僕の声だ。

 これは一体、いつの記憶?誰の記憶?

 僕の……?

 僕はなにかを、忘れているのか……?




「歌声……」

 迅さんがつぶやいた。つぶやくと同時に、蔦に足を取られ、よろめく。

「ばっ……!」

 よろめいた先は、切り立った崖だ。瞳真さんは咄嗟に迅さんのマントの首元を引き掴み、迅さんの首が締まるのを構うことなく思い切り引き寄せた。

 同じような展開が、すでに数回繰り返されている。

「何度やるんだ同じようなことを!」

 瞳真さんが怒鳴る。

「そんなん俺が聞きたいわ!」

 むせ返りながら、涙目で迅さんは逆切れする。背を何かに叩かれたと振りかえって穴に落ち、人影が横切ったと迷子になり、この展開は、おぼろ山に入ってから、なぜか迅さんの身にだけ起こるのだ。

 ――おぼろ山。

 日によって形が変わると言われるその山は、迷い込んだ者は決して出てこられないという。黒々とした木々は、太陽の光を拒むようにねじくれて空を覆っている。木の肌に、地面に、蔦がまつわるように這う。それが風もなく、生き物の気配もしないのに時折ガサガサと音を立てるのだ。

「ふーむ」

 アンゲロさんがあごひげをさすりながら鷹揚に唸る。

「どうやらあんたには守り木が効かんらしいなあ」

「守り木って、これか?」

 迅さんは不満げに首から提げた小さな木の筒をつまみ上げる。おぼろ山に入る前に、僕たちにカルメさんがくれたものだ。カルメさんは、出迎えの準備をすると言って、先に行ってしまった。最後まで鈴樹になにか言いたげにしながら、「ご無事に」とだけ、つぶやくように言った。

「その守り木は調和の大樹から削り出したもの……。つまり調和の神の神輝石を持つのと同じということだ。無論、神輝石より効きは劣るが、おぼろ山の影響を少しは軽減するはずなのだがな」

 カイさんが、呆れたように言う。その冷ややかな口調に、迅さんの額に青筋が浮かぶ。

「あんたなあ!その物言いなんとかならねーのかよ!バカにしてるように聞こえんだよ!」

「それは、主観だ」

 カイさんが実に簡潔に反論すると同時に、木の枝に張り付いていた太い蔦が、迅さんの頭に落ちてきた。

「……すごいな」

 アンゲロさんがまた鷹揚に言う。

「すごいって、あんたも……」

 もう助けるのも飽きたという様子で、瞳真さんが言う。

「でも迅さん、おぼろ山に入っても元気ですよね……」

 額の汗を拭いながら、リコが言う。

「元気じゃねーよ疲れたよ!……つーか、お前、汗すげえな……?」

 後頭部をさすりながら、迅さんはリコの顔を覗きこむ。確かに、山登りといえどリコは汗だくで、顔色もよくない。

「僕は、トルトニスの神殿の神官ですから……、あんまりこの山とは、相性がよくないんです」

「ああ、あんたはそうなのか。確かに神話に、闇夜をつんざくトルトニスの雷鳴をルニスピアは嫌うって話があったな」

「そんなん、関係あるのか?」

 迅さんが僕を見ながら尋ねる。

「そうですねえ……。本当かどうかなんて、もう知る人はいないのでしょうけど、神話はかつて、神々がこの地に住んでいたときの実記だとか」

「だが、リコは迅のような目には遭ってないぞ?」

 鈴樹が首を傾げて尋ねる。説明するのが苦手なので、僕は頬をぽりぽりと掻きつつ、話し始めの一言を考える。

「それはまあ、トルトニスは怒れる神って呼ばれるくらいの短気な神様だからね。手を出して怒りを買いたくはないんだよ。リコの具合が悪いのはそうじゃなくて、相性の悪い神様の力が体の中に溜まるというか、そういうことで……。逆に迅さんは、おぼろ山に手を出されているけど、神輝の力を体の内に取り込んではいない、というような、感じ……」

「そういう体質なんだろうなあ。そのせいで、守り木も効かんようだがなあ」

 アンゲロさんが、豪快に笑う。迅さんは渋い顔をしながら、アンゲロさんを睨みつけた。

「おれたちはこの守り木のおかげで、迅みたいな目に合うことも、具合が悪くもならないのか……。すごいな」

 瞳真さんが言う。

 しかし、問題はリコだ。そんな話をしているうちに、ついに座り込んでしまった。

「おいおい、大丈夫か?おぶるか?」

「お前がおぶったらいよいよ死ぬぞ」

 そう言って、瞳真さんがリコさんの前にしゃがみ込む。

「おれがおぶってやる。さあ」

「いえ……」

 リコは膝を抱えながら、ひょろひょろと手を振る。リコが断るのはただ遠慮だけではなさそうだった。そうしている瞳真さんもあまり顔色がよくないのだ。さらに彼には、ところどころで発生する迅さんの遭難に対処する、というおまけがついている。

「……少し、引き取りましょうか……」

 後頭部を掻きつつ、僕は言う。

「引き取る?」

 聞き返したのは、カイさんだ。なぜかカイさんは、僕とほとんど目を合わせようとしない。でもその問いは、僕に向けて発せられていた。

「ええ、まあ……。体にたまったルニスピアの力をちょっと引き取れば楽になるかと……」

 僕はなんとなくカイさんから目を逸らして、座り込んだままのリコの手を取る。本当は心臓から引き取るのが一番効率がいいのだが、それでは大袈裟になってしまう。下手をすればもともとのトルトニスの神輝の力まで奪い取ってしまうかもしれない。手首のあたりから、神輝の気配を指で探る。

 ――?

「驚いたな、あんた、そんなことができるってことは、結構高位の神官なんじゃあないのか?」

 アンゲロさんが言う。一瞬、感じた違和感は形になる間もなく、消えてしまった。

「いえ……、僕はコンルーメンに行ったことがないし、ちゃんと修行を終えてないので……」

「つまり、コルファスの神官なのだな」

「ええ、そうですけど……」

 なんだろう、居心地が悪い。アンゲロさんの問いの一つ一つは、単純に疑問から発せられたように感じられるが、カイさんのそれは、すでに答えを知っていながら、それを確かめるためのもののようだ。

「……少し、楽になった感じがする」

 リコが目を丸くして、ぽつりと言った。

「何にせよ、守り木があっても、夜は先に進めないからな。日が出ているうちにどんどん先に進まねば」

 アンゲロさんの言葉に、瞳真さんがリコの体を引き上げる。

「……おれは、お前の側にいりゃ一番安全か?」

 窺うように、迅さんが尋ねた。その問いが、リコと瞳真さんの背に目を向けて発せられたところからすると、台詞の後には、「二人に負担をかけないためには」という一言が省略されているようだ。

「かもしれません。比較的」

 きまりの悪そうな顔に、笑って言うと、脇腹のあたりを軽く殴られた。




 数回、おぼろ山の夜を経て、暗い黒い木々の隙間から、それまで見たものとは様子の異なる光を見た。青と金の、入り混じる光。

 重たい足をなんとか先に進め、視界が開けると、僕たちは、息を呑んだ。

その街の真ん中には、大きな大樹があった。水を吸い上げ脈打つ音が、ここにいても聞こえるようだ。灰色の幹からいくつもの太い枝が分かれて、街中に、鮮やかな色の葉を降らせている。大樹へ続く白い石畳の道の脇には、やはり灰色の幹をした木々がそびえ、その間に、白い塔が立ち並ぶ。目を細めて遠くを見れば、大樹の後ろに広がる森の向こうに、海が見える。

 言葉を失くした僕たちの前に歩み出て、カイさんは恭しく礼をした。

「ようこそ、我らの地へ……。我らが、王よ」

 そう言いながら、カイさんの目は、恭順を示す者のそれではない、強い光が覗いている。そして、胸元に当てた手をひらりと翻し、鈴樹の前に差し出した。

 鈴樹は、カイさんの目をじっと見つめ、その手を取る。カイさんに導かれるまま、白い石造りの階段を下りる。大樹が降らす、鮮やかな色とりどりの葉を、風が街の入口まで運んでいる。

 ――なぜだろう、この光景を、僕はどこかで見た気がする。

 階段を下りると、少し開けた広場のような場所で、カルメさんと、もう一人、男の人が背を向けて立っていた。カルメさんは、鈴樹の姿を見ると、また涙ぐみ、深く頭を下げた。

「ご無事で……!」

 その後ろで、背を向けた男の人はこちらを向こうともしない。

「ロロ」

 カイさんが言うと、彼は、こちらにもはっきりと聞こえるほど明らかに、舌打ちをした。

「なぜおれが出迎えなくちゃあならない!収穫期で忙しくてこんなことをしている間があれば休みたいって……」

 その人は、流暢に悪態をつきながら振りかえる。が、鈴樹の姿が目に入るなり、ぴたりと口を止めた。そして、舐めるようにして鈴樹の姿を眺めまわす。

「だっ……だめだ!だめだ!カイ!手を離せ!おれがエスコートする!」

 ドタバタを鈴樹の目の前に滑り込むと、ロロと呼ばれたその人は、鈴樹の顔を改めて眺め、締まりのない笑顔で両手を摺り合わせ、かと思うと服の裾で両手をごしごしと拭いて、鈴樹の前に差し出した。

「……結構だ」

 鈴樹は、カイさんの右手に置いていた手を引き払い、冷たく言った。

「ああ、声……、声も、……」

 上ずりながら言うその様を見ながら、迅さんがじんましんでも出たのかというほどに全身を掻きむしった。

「君は……」鈴樹が問いかけると、その人は食い気味に身を乗り出して答える。

「暗夜の騎士団の長が一人、ロロ=ルクスピアと申します。我らが王よ!瑞々しいプリップリの果物と、危険な夜を演出する果実酒を、作っております……」

 囁くような語尾に、鈴樹の髪を一束手に取り、そっと口づける。

 迅さんが、背後でまた身悶えている。

「ひとまず果物を召し上がりますか?果実酒もご用命とあらば。いかがです?」

 ロロさんは、これでもかというほどに鈴樹に顔を近付ける。鈴樹は嫌そうな顔を隠そうともしないが、それすらも何かしらの琴線に触れるらしく、ロロさんは満足げに笑みを崩さない。

「……結構だ」

 一層冷たく、鈴樹は言った。

「ひとまずは私の館で少し休みましょう」

 カイさんが言う。ロロさんが、何か言おうと口を開きかけた瞬間、カイさんは刺々しく、「お前も来るんだ」と言った。

 僕たちは、大樹の横を通りすぎる。下から見上げると、幹から分かれて広がる枝葉が、その様が、命そのものを体現するかのように見えた。足元に、轟々とうなりを上げるようにして、神輝の力が、流れている。力強く……。

「あれが調和の大樹か」

 鈴樹が言った。カイさんはちらりと鈴樹の方に目を向けたが、そのまま大樹のすぐそばの、灰色の木々の間に立つ一際高い白い塔に入っていった。そこがカイさんの居館であるらしい。僕たちは顔を見合わせて、後に続く。

 クリーム色の、ところどころ微妙に色の違う石を積み上げた壁には、何かの動物の角や、古い武器が飾られている。扉のない入口があって、その中で大きなテーブルを囲んで数人の男たちが何か話をしている。テーブルの上には、見たことのない品物や、何が書いてあるのかわからない紙が散らばっている。通路を先に進んでいくと、見た中で一番大きな部屋の、やはりテーブルに集まっている数人の中に一人、十歳くらいの男の子がいる。肌は白いが、その深い海のような目は、カイさんのそれと同じだ。

「あれは何をしているんだ?」

 鈴樹が尋ねる。カイさんは通路の先にある回廊の入口で、あちこちに気をとられる僕たちが追い付くのを待っていた。

「商談です」

「商談?」

 鈴樹の問いに淡泊に答えて、次の質問には背を向けて回廊を上り始める。

「カリカリしてやがるねえ」

 ロロさんが鈴樹の肩に手を伸ばしながらニヤニヤと言う。

「事のいきさつはカルメから聞いたがね。まあ、お気になさらず。あいつはおれたちの中でも一番、記憶が濃いものでね」

「……濃い、とは?」

 肩に置かれた手を払って、鈴樹が尋ねる。

「調和の大樹の力まで借りて、あいつはおれたちの中の誰よりも、すべてを知ろうとした。まあ、もとのモノが違うってこともあるがね」

「モノ?」瞳真さんが言う。

 ロロさんは答えず、含みのある笑みを浮かべる。

「すべてを知ろうとした、か……」

 鈴樹がつぶやいた。そのつぶやきを拾い上げて、ロロさんはちらりと僕を見た。

「……忘れたいほどのものを、自分を守るために忘れるか、忘れるものかと固執するかの違いだね」




 回廊を上り、二階の広間へ案内された。中央の円卓に僕たちを座らせると、カイさんたちは「少々お待ちを」と言って部屋を出ていった。

 久しぶりに「彼ら」と離れて、僕たちは少し緊張が解けた。

 その部屋も、白い壁の一面に装飾品が並べられている。武器や動物の角だけでなく、ネックレスやブレスレットなどの品も、黒い光沢のある布を張った額に飾られている。古いもののようで、赤く錆びがついて、鎖が一部切れているものもある。部屋の奥には暖炉があって、その上に、紋章らしきもの、そして五本の剣が掲げられていた。

「ルニスピアの紋章か?」

 瞳真さんが尋ねる。

「いえ……、ちょっと違いますね。暗夜の騎士団の紋章かもしれません」

「剣の数……、一本多くないか?」

 迅さんがつぶやく。確かに、アンゲロさん、カイさん、カルメさんと、ロロさん……、それぞれの祖先の剣だとすると、一本多い。僕たちが顔を見合わせると同時に、扉が開いた。

「まずは薬湯を」と言って、カイさんが温かいお茶を淹れてくれた。飲むと、少し苦いが、体が温まって、落ち着く。

「ぜひぜひ、とれたての果物も!」

 ロロさんが、皮を剥いた黄金色の果物に赤い実を添え、ガラスの高坏を僕たちの前に一つずつ置いていく。果物をこんなふうに出されたのは初めてだ。一つ手に取って口に運ぶと、黄金色の果実は一瞬で甘い果汁をあふれさせ、口の中でやわらかくほどけていった。味わったことのない鮮やかな食感と味に、思わず顔がほころぶ。

 ロロさんは、僕たちの反応に満足そうに、カルメさんが並べた白金の錫のカップに果実酒を注いでいく。それもまた、やわらかい甘みを残して、瑞々しく喉を滑っていく。

「……見事な出来だ。さきほど商談と言っていたが、品物はこれか?」

 鈴樹が言う。

「それも一つ、です」

 そう言うと、カイさんは薬湯や果物を運んできたカートから、一枚の地図を取り出し、円卓の真ん中に置いた。

「スタウィアノクトの地図です。ここがマノック、おぼろ山、そして調和の大樹の一帯……」

「……神代の文字で書いてあるのか?」

「古い地図ですから。この一帯を、我々三人で分割して治めています。おぼろ山の先から、白い塔が並ぶ辺りが私の治めるノクスフォア、大樹の森の向こうの海沿いに、カルメの治める港町、セレノミンがあります」

「そういえば、おぼろ山を出たところから、海が見えたな……」

 瞳真さんが、身を乗り出して興味深そうに地図を眺める。

「貴方がたの姓が、街の名になっているんですね」

「君の街は?」

 カートの上で追加の果物を剥き始めているロロさんに、鈴樹が尋ねる。

「調和の大樹の先が森になっていたでしょう?その森の中にありますよ。数時間で行けますから、明日にでもご案内しましょう」

「そこで果物と果実酒を?そういえば収穫期だと言っていたな」

「ええ、そうです。今の時期が一番忙しい。ま、うちのお嬢さんたちは働き者だから問題ありませんが」

 そう言って、鈴樹の高坏に、今度はオレンジ色の果物を並べる。鈴樹はそれを口に運び、じっくりと味わう。

「それをここに運んで商談をしているわけか。確かにこれは売れるだろうな」

「果樹はロロのところで商談をしても構わないのですがね。この男に任せると、タダで渡すかとても払えない額を要求するかのどちらかで、話にならない」

 ……それはつまり、商談の相手が男か女かで変わるのだろう。誰も質問をしないところを見ると、このほんの数十分の間に、そこのところだけは全員がしっかりと把握できたらしい。

「他には何を?」

「基本的には、調和の大樹を削り出して作ったまじないものや、地下からくみ上げた水が神輝の毒に効く薬になりますから、そうしたものも」

「ふむ……、そちらは商談の相手が限られてくるな」

「そもそも、我らが取引をする相手ですから。北の魔術師の村、海の向こうの西の小国アニムラディ、宗教都市コンルーメンが主な商談の相手です」

「魔術師の村は話だけなら聞くこともあるが……、アニムラディ、という国の名は初めて聞いたな」

「そうでしょうね。あそこは基本的に閉じた国です。この一帯が調和の大樹の力で仕切られているのと同じように、あそこも神輝の力で閉ざされている。セレノミンの船以外に、アニムラディへは辿り着けない」

 そう言うと、カイさんがカルメさんを見やる。

「それも、調和の大樹の力というやつか」

 カイさんの視線に誘われるままに、鈴樹もカルメさんを見て、艶やかに笑む。カルメさんは大きな体を小さくして、幼い少女のようにはにかんでいる。

「そうですね。そして、それゆえに取引をする相手としては価値がある」

「他国からは手に入らない品が手に入る、というわけだな?」

「左様……、そして我らの存在は、相手にとっても都合がいいのですよ。魔術師と神官は表向きに交渉などできないのでね」

「仲介もするということか」

 そんな話をしながら、鈴樹とカイさんはなんだか楽しそうだ。

「なあ、もしかして、スタウィアノクト城があるあの一帯も、暗夜の騎士団の誰かがいたんじゃねえの?」

 頬杖をついて、地図を覗きこみながら、迅さんが尋ねる。おぼろ山を挟んで、アルタリアの湖を中心とした周辺。今、僕たちが「スタウィアノクト」と呼んでいる街の辺りに、かすれて読めないが、街の名前が書かれている。

 迅さんの問いに、一瞬、空気が変わる。その反応にうろたえたのはむしろ、迅さんのほうだった。

「あ、いや、そこに剣、五本あるし、あんたらの四人以外にもう一人いたのかなって……」

 アンゲロさんが、暖炉の上に並ぶ五本の剣を見やる。

「……昔はなあ。だが『彼』は子を成さなかったし、あそこは今やベジェトコルの国土の一部として、その時々の領主が治めているし、おぼろ山の影響をさほど受けるわけでもなし……」

 あごをさすりながら、アンゲロさんがのんびりと答えた。でもその鷹揚さは、いつものそれとは違って、何かを誤魔化すかのような嘘っぽさを含んでいる。

 それに、あの街がおぼろ山の影響を受けないのは――。

 そこまで考えて、ふと、カイさんの目がこちらを向いていることに気が付いた。

 凍えるような、冷たい目で……。


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