エピローグ
トーマは、金色の瞳からこぼれる涙を見ていた。
目の前の神官は、幼い迷子のように、大粒の涙を次から次にこぼす。
水たまりに小さな指輪が落ちている。プラチナの、小さな指輪。トーマはそれを手に取った。
彼は、マリアから贈られた指輪を捨てた。
不幸を振り払うつもりで、捨てたのではなかった。
それは、喜びの化身だった。
彼は父から捨てられた。
それでも、王城を去るときの、リリーの目にたまった涙。
ステルラで、マリアに愛され、触れ合った肌の温かさ。
ヴェルナーに慕われ、仲間を得た。
彼は、幸福を与えられた。
トーマは、小さな指輪を見つめる。
もう、何もない。幸福な日々は遠い昔のこと、それは永遠に失われた。
そう、思っていた。
こみ上げた熱が、じわりと目の奥に染みる。
――そうは、ならなかった。
王城での日々を、リリーが拾った。
ステルラでの日々を、ヴェルナーが拾った。
トーマが捨てた幸福を、それを与えた人たちが拾い上げた。
そしてまた、それを自分に与えようと言う。
リリーが、彼の名を呼んだとき、それだけで、その声だけで、愛おしさに胸が締め付けられた。
ヴェルナーが、彼の名を呼んだとき、その姿が、懐かしく、切なかった。
タグヒュームからステルラにやっとの思いで帰り、薄暗い部屋で、ただ無に沈んだ日々があった。
――最後になるかもしれんぞ。会わないままでいいのか。
リヒャルトの言葉に、トーマは泣いた。目の奥に彼女の姿が浮かんで、心が震えて、止まらなかった。
涙が、こぼれ落ちた。
頬を伝う涙は、熱い。
のどの奥から、あふれ出すように言葉がもれた。
「……会いたかった……」
そう、会いたかった。
剣が、音を立てて落ちた。
絶望に沈んでいても、マリアに会えなくなる、その一言がトーマの胸を締め付けた。そうして、彼は走った。彼女を探して。
間に合わなかったとしても。
トーマは両手で顔を覆った。
帰りたかったのだ。
消え入りそうにマリアがこぼした、小さな願いを拾い上げて、彼女のもとに。
「愛していた、マリア……」
最後の場所で、最後のときに、きっと彼女も、彼の名を呼んだ。
「愛していた――」