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Save your soul

 夜の乾燥した空気が既に鱗の消えた腕に突き刺さる。身を切るような風が時たま森のなかを駆け巡るが、不思議と、俺と少女が火を炊き続ける場所に、その鋭い疾風が斬りつけて食ることはなかった。


 轟、と唸るような鳴き声を挙げて、森の樹と樹との間を縫って進むがごとき夜の風に、一瞬、焚き木の炎が揺れる。


 その、ほんの僅かな一瞬の炎の揺らぎに、ほんの刹那の時間ばかり、俺と少女との狭い光の空間に闇が訪れるが、風が通り過ぎれば、再び、何事もなかったかのように炎は燃え上がった。


 ちろちろ、と、濡らす様な炎の灯火に、俺の元で幽かな吐息をあげる少女の瞼が小さく震える。


 どんな夢を見ているんだか。時折、潤んだ唇の口の端を動かし、誰かに向かって喋りかける様に空を噛む。


 俺は、そんな少女の小さな頭の上に……また、その極めてきめ細やかな髪の上に自分の手の腹を置いて、そっと、撫でつけた。


 長年、剣の柄を握り続けて今を夢の世界を見ている少女の柔らかなブラウンの髪の毛とは対象的な俺の手は、彼女の絹の様な手触りの髪の上をあまりにも滑らかに通り過ぎた。


 それを2、3度繰り返す。その度に俺の汚れた指先、爪の先端が少女の剥き出しで、無防備な首筋までをなぞり、その都度、少女はくすぐったげに身をよじらせる。


 身をひねる事で強調される少女のしなやかな体の肢体は、俺が今まで見てきたどんなイキモノよりも華奢で、握れば折れてしまいそうなほどの印象を受ける。


 長く、緩やかなウェーブを描く薄い茶髪が流れる少女の顔は雪のように白く、天鵞絨の様に繊細な肌は桜色に色づいている。


 俺は、そんな少女の美しいさにどこか懐かしさを覚えながら、少女と出会った昼間の事を脳内で反芻していた。





 「助けていただき、ありがとうございました」


 開口一番少女が口にしたのはお礼の言葉だった。


 少女はその深緑の瞳に真剣な光を宿らせ、真っ直ぐに俺を見上げてその言葉を、精一杯の誠意で表してくれた。


 それは、半竜人として、人間としても、竜人としても育てられた、俺には嬉しくもあり、忌々しくもある、謝礼方法の提示だった。


 「今の私に差し上げれる物はなにひとつとしてありません……けれど、それは少なくとも貴族――あ、言っちゃった。じゃなくて……躾に厳しい父からの教えに背きます……だから――この、我が身をあなたへ……」


 太陽が頂点からすこし、西に傾いていた頃、厳かな黄昏の入り口の時間。少女と出会って僅か30分にも満たないその時間に、俺は、この少女に常識が無いことに気がついてしまった。


 普通に考えて躾に厳しい親が謝礼を物がないからって体で払う様に教えるわけがないだろうが!


 俺は、荒ぶる内心を必死に納めて、あるべく涼しげな顔を心がけて少女へ言った。


 「いや……、謝礼なんかいい。あれは俺がかってにした事だしな」


 だからふもとの街に着くまではなるべく問題を起こさないでくれ、という言葉をギリギリ飲み込んだ。


 俺の言葉を受けた少女はそれに顔を明るくして、まるで今にも小躍りを始めるのではないかと思うほどの弾けた笑顔を浮かべた。


 それは、雪解けの時期にさく遅咲きの椿の様に気品に溢れていたが、にじみ出る元気は真夏の太陽そのものだった。


 少女は露骨過ぎないが隠そうともしない安堵のため息を漏らすと、再び俺に向かい合って、改まった態度でまた口を開いた。


 「え、えぇ? あ、わ、わたしは、“テルプシ”のオリガ。訳あって旅をしています」


 俺は、少女の旅をしている。という言葉に改めて驚きを覚えると同時に、少女の着込む防具を眺め見た。


 それは、見栄えこそ良いが、身を守る。という手段としてはあまり有効とは言えない……いわば、飾りの様な鎧だった。


 いや、実際に飾りとして作られたわけなのだから……だが、そう言った物は大抵、どこぞの悪趣味なお金持ちが自身の屋敷だとかに飾ったりする物だ。間違っても着込む物ではない。


 やはり、こんなところでも非常識さを醸し出す少女に俺は、眉根を寄せざる得なかった。


 「……俺は、“ポリュムニア”のテオドル。特に理由は無いが大陸をウロウロしている、定職にはついてない、まあ、生計は専ら傭兵まがいの事で稼いでる」


 日の光がゆっくりとした時間を作り上げるなかで、俺は自身の出身国と名前を告げた。


 俺が告げた出身国……そして、人間たちのなかではありふれた名前。この二つを聞いただけでも、俺が亜人だと知った普通の人間は顔を顰める事だろう、それどころか、同じ亜人にも忌避の目で見られるかもしれない。


 だが……、俺は期待しているんだ。少しでもこの常識の通用しない少女が、本のわずかでも、俺の今まで溜まっていた憎悪を和らげてくれるんじゃないかと……。


 だが……


 「“ポリュムニア”て、あの『人間至上主義』のあの“ポリュムニア”ですか?」


 だが、やはり少女の口から齎されたその言葉は、これまでの人間達と変わらない、人間至上主義国のなかから亜人たる俺が生まれた事への疑念の事だった。


 ――と、思い込んでいた。


 だが、少女のその思考回路は、どうやら俺の純思考を軽く跳躍しているらしかった。






 「ところで、その“ポリュムニア”て、何処にある国でしたっけ?」


 ――はぁ?


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